第4話 見知らぬ、少年
「明日からゴールデンウイークかぁ」
4月最後の放課後、珍しくなく俺を呼び出した桜川は、部屋のパイプ椅子に力なく座っていた。というより、(見た目)女子のしかも生徒会長がそんなだらしなくて良いのだろうか。
「うー、暑いよぉ」
「しょうがないだろ、この部屋冷房ねえし」
暦の上でもまだ春なのに、今日はまるで夏のような天気だった。
「プール行きたいなぁ。それか海」
「海開きはまだ先の話だぞ」
「なんでもいいけど泳ぎたいよぉ」
小学生かよ。
奴が頬を膨らませている様子は、俺でも可愛いと思ってしまうほどだったし、その水着姿を見てみたいと心の片隅では思う。
……だが、男である。二次元と三次元は別物だ、幾らこいつが「かわいい女子」であろうと、本質は男だ。
「ねぇ」
「なんだ」
「デートしない?」
「悪いな、野郎同士でデートする趣味はないんだ」
「大丈夫。この前お姉ちゃんが帰って来たときにコーデ教わったから」
何が大丈夫なんだ。
「男物くらいあるだろう」
「無くもないけど、そっちのほうがいいじゃん?」
「俺がよくねぇよ。2人で出かけるのは別にいいが、せめて普通の服装にしてくれ」
「普通だよ」
「お前は男だろうが!!」
俺が声を荒らげると、急に桜川の表情が冷たくなった。
「……僕にとってはそれが普通だよ、それにたかだか服装くらい何だっていいじゃないか」
お互い、無言になる。
天井付近で扇風機の動く音だけがやけに大きく響いた。
「だけどな、」
俺の言葉を遮るように立ち上がると、やや斜め上で対面する。
「そこまで言うなら男の恰好で行くよ。それなら文句ないんでしょ」
「ああ」
半ば喧嘩別れに終わったが、かくして2人で出かけることと相成った。
翌日、駅の改札口。
休日のためか人の流れはいつもより細い。
ここ最近は女子の制服姿でしか奴を見る機会がなかったので、奴がどんな服で来るのかそれはそれで気になる。
「おーい」
人の流れの中に、1人手を振っているのを見つけた。
「おお、来たか……って、お前、それ……」
確かに約束通り男装(こういう表現はおかしいような気もするが)だが、あまりのギャップに声を失う。
センスが悪いとか地味すぎるとか、そういったものではない。
合わないのだ。
何というか、幼さを感じさせる服装だった。
いや、これは確かにメンズサイズだ。なのにどこかがおかしいとしか思えなかった。
「だから嫌だって言ったのに」
ぐうの音も出ない桜川の呟きに、俺は答えられなかった。
あまり衆目にさらすのもよくないだろうと思い、急遽行先をカラオケに変更した。
個室ならまぁ、大丈夫だろう。
「にしても……」
「分かったでしょ」
桜川の表情は相変わらず冷たい。
「男の子の恰好するの、昔からあまり好きじゃないんだ。どんな服着ても似合わないから。でも、女の子の服なら誰よりも着こなせる自信があるよ。それに……」
少しだけ明るい声で言う。
「それに、僕はかっこいいって言われるより可愛いって言われる方が好き。かわいいは正義! なんてね」
テーブルのドリンクを1口飲み、小さくため息をついた。
「でもまぁ、男子ばっかにモテてもしょうがないんだけどねー。女の子にモテたい」
「その言葉聞いたら学校の連中は何て思うんだろうな」
「知らない。そんなことどうでもいい」
不意に立ち上がると、壁に備え付けの端末を操作する。
「せっかく来てるから、憂さ晴らしにじゃんじゃん歌っちゃおうかな」
テレビ画面に映し出されたタイトルは、俺の好きな女性歌手の代表曲だった。
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