第3話 生徒総会

  4月某日の昼休み。

 俺たち生徒会役員は体育館に集められていたが、既に先客としてほかの委員会役員がいた。人数が多いので名前は列挙しない。


 総勢45名の部隊を指揮するのは、もちろん俺が上司に戴く生徒会長である。

 トラメガを持ってステージで仁王立ち……とまではいかずとも、それは実に堂々とした面持ちであった。


「えー、皆さん知っての通り時間もないので手短にいきます。まず、ここから椅子を、えーと、50脚出します」


 右足のつま先でステージの床を2度ほど踏み鳴らす。


「そのあと、長机を……ひゃっ!?」


 続きを言いかけた瞬間、よろめいてステージから転げ落ちる。


「まずい」


 空中で受け止めようとするが、タイミングが合わない。

 しょうがないと、俺は仰向けになり体全体で桜川を受け止める。

 背中に走る衝撃のあまり、昼に食べたものの中身が出てきそうだ。

 なんとか落下した本人は助けられたようだ。

「おい、だ、大丈夫か?」


 流石に無傷とはいえ、痛いので声も絶え絶えになってしまう。


「うん、カイトくんありがとう……って、えっ!?」


 今になって気づいたが、前がやけに暗い。というか顔全体に布のようなものが覆いかぶさっている気がする。

 頭上の障害物が取り除かれ、桜川が俺の体から降りる。

 上半身を持ち上げてみると、いわゆる「女の子座り」でスカートの前を押さえ、赤面している女子生徒が居た。

 ということはつまり、桜川のスカートが落下傘のようになり、たまたま下にいた俺に覆いかぶさる形になった、と。そういうことか。


「もしかして、み、見てないよね……?」


 俺はとにかく小刻みに首を縦に振る。

 男の下着なんぞ興味もないし、そもそもスパッツ穿いてたじゃねえか。

 桜川は立ち上がって1度咳払いをすると、そのまま声を張り上げながら話を再開した。


「お騒がせして失礼しました。長机の配置は中心に2脚、それぞれ左右に1脚当たり3人座れる感じで置いてください。質問はありますか?」


 そこで言葉わかり、反応を確かめる。


「ではどなたもないようなので、作業を始めてください」


 ぞろぞろと動き出す役員たちを見て、俺も椅子の運び出しなどを手伝う。

 仕事をしながら、ふとさっきの事故を思い出す。 

 ところでアイツは昼間どっちを穿いているのだろうか。




 ちょうど午後の予鈴が鳴ったころ、総会の設営が完了した。


「では、5限目終了後はリハ通りでお願いします。総会終了後は一旦教室に戻った後、再集合で。以上解散!」


 役員たちが出たあと、扉が開けっ放しになっているのを確認してから、それぞれの教室に戻った。


 午後の授業を順調にこなし、最後の授業が終わる。

 本来はもう1時限授業があるが、今日は生徒総会のため休講となっている。

 本番までしばらくあったので、相変わらず騒がしい教室ではあるもののうたた寝を敢行してみた。

 案外とこれが気持ちよく、すっと意識が飛んでいく。

 しばら管民を貪っていると、突然に後頭部をはたかれた。


「起きて、起きて!」


 昼間の事故とは別ベクトルの衝撃に目から火花を散らしつつ飛び起きる。

 頭の再起動が始まらないうちに、俺は教室から引っ張り出されていた。


「本番なんだから早く起きて!!」


 耳元で叫ぶな、うるさい。

 ゆっくりと頭のスイッチを入れながら返事をした。


「起きてるよ」

「急いで、もうみんな着いてるの」

「へいへい」


 体育館に入ると、航がプロジェクターの調整をしているのが見えた。

 その隣であたふたしているのは朝倉だろう。


「私はマイクチェックの方行くから、ここで誘導やって」

「了解」


 桜川が扉の中へ飛び込むのを確認はしない。

 俺はヌーの群れのように入ってくる生徒たちに、ここで靴を履き替えるな、中でやれなどと叫んでひたすらに捌いていった。




 6限目のチャイムが鳴り、やってくる生徒の数が減ってきたところで続けて中へ入り、生徒会役員の席に座った。

 隣では執行委員会の議長が静かにしろなどと呼びかけを続けている。

 それも収まると、議長は再びマイクを握った。


「これより、第1回生徒総会を開会します」


 その後は儀式の如く議事を進行し、今年度の予算案を可決して終わる。


「以上で総会は閉会とします。先生方から諸連絡はございますか?」


 というお決まりの文句のあと、またぞろぞろと生徒たちが各教室へ戻っていく。

 俺たち生徒会役員は教室に荷物を置きにいくだけで、再び体育館へ。

 PCは先に関口が戻しておいたらしい。

 陣頭指揮を執るまでもなく、残っていた総会メンバーたちがてきぱきと片付けを進めており、わずかに残った椅子や机をしまうだけでよかった。


「生徒総会、最後までお疲れ様でした。ご協力ありがとうございました!」


 桜川が締めに挨拶をし、お開きとなった。

 生徒会役員は生徒会室で反省会を開く。


「みんなお疲れ様。初めての2人はどうだった?」

「結構疲れますね」

「大変でした」


 三原と朝倉は緊張の糸が切れたのか、今にも突っ伏しそうな様子だった。


「反省会とは言ったけど、まぁ固いことやっても仕方ないし今日はこれで解散にします。土曜日の放課後に、駅前のレストランで打ち上げでもやりましょうか」

「予算の方はいくらのつもりなんだ?」

「ふっふ、それはね」


 もったいつけた後、謎の色気らしきものも含みつつ高らかに宣言する。


「私のおごりにしてあ・げ・る♪」

「おお!」


 中学生組がどよめく。特にリアクションが大きかったのは朝倉だっあ。

 こいつは食べるのがなにかと好きだとかなんとか、と聞いたな。


「というわけで、今日は解散」

『お疲れ様でした!』


 最後の挨拶でやけに元気な声を出していたのは誰か、言うまでもなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る