第2話 書類の山
生徒総会をあと5日に控えた金曜日。
俺たち役員は会長からランチミーティングに呼ばれていた。
司会は当然、呼び出し主の桜川である。
「それじゃあ、今週最後の打ち合わせを始めます。よろしくお願いします」
『よろしくお願いします』
ここは面倒でもきっちり返事をしておく。
でないと後で桜川会長の小言があるからだ。
「えーと、今回はそれぞれの分担を決めていきます」
するとホワイトボードをひっくり返す。
そこには男とは思えないような字で7人分の分掌が書かれていた。
「じゃあ、上から順番に決めちゃいましょうか」
どこから持ってきたのか、指示棒を右手に持ち赤色の細いフレームをかけていた。
こんな時にも関わらず、メガネを掛けていても可愛いと思ってしまうから奴のことは嫌いだったりもする。
「毎回のことだからもうわかってるとは思うけど、生徒会室から運び出す機材はノートとプロジェクターよ。これは……そうね、中学生にしましょうか」
「じゃあ、あたしが」
中学副会長の
積極的なのは大歓迎なのだが、ここぞというときに必ずと言っていいほど何かやらかすので、いつも周りのフォローが欠かせない。
「んー、水紀ちゃんで大丈夫かしら」
「えー! そんなにあたしの信用ないんですかぁ!?」
「そりゃそうだろ」
庶務の
確かこの2人はクラスメイトだったな。仲が良くて何よりである。
「じゃあ関口くん、代わりにやる?」
「あいつにやらせるくらいなら自分が」
「何それひどーい!」
そんなクラスメイト兼同僚(?)の抗議の声に、関口は淡々と反論していく。
「いや、お前の今までの行いを振り返ってみろよ」
その台詞で朝倉は更に顔をしかめるが、直後に力を無くしたようにしぼんだ。
「ごめんなさい」
少し前に、PCを落として踏んづける寸前だったところに、俺がいてなんとか回避したことがあったな。奇跡的に大きな損傷こそなかったが。
「水紀ちゃんには、代わりに私の補佐をお願いしたいんだけれど、いいかしら?」
「はいっ!」
代わりに会長直々のご指名ということで、ここは丸くおさまった。
こいつの振り分けさえ終わればあとは楽だ。
「あとは、全校に配布する資料を作るのと、各委員会への通達に、会計監査の招集ね」
「監査って、ハンコと署名貰って回るだけでいいんじゃないんですか?」
今年会計として加入したばかりの中2、
それに対して、桜川はやや脱力しながら答えた。
「アレ本当にちゃんと帳簿やら通帳やら出してここでやってるのよ。そうでないと資料も作れないし」
「そうなんですか」
中学2年生からすれば生徒会なんえ初めてのことづくしだ、知らなくとも当然である。
興味深げな目をした新人に、桜川はある提案をする。
「ここはせっかく会計になったことだし、勉強ってことで監査の対応やってみない?」
「わかりました」
二つ返事で承諾を受けると、最後は俺に目を向けた。
「というわけだから、フォローお願いね」
「了解」
俺の役職も会計なので、順当だろう。
続いて高1書記の
「とりあえず、お昼はここまで。放課後は六花ちゃんとあゆみちゃん、それから水紀ちゃんも来てね。もちろん、貴方もよ、カイト君?」
「はいはい」
まあ当然だ、俺も呼ばれるのは想定済みである。
そして放課後、再び俺は生徒会室に来た。
目の前のテーブルには帳簿と通帳が置かれている。
「あゆみちゃんとカイト君には、これの突き合わせをお願い。ちゃんと会計が合ってないと先生のところに持ち込まなきゃいけないから」
真剣なトーンだが目はどこか虚で、桜川も面倒事はやはり嫌なのだろう。
「すみませんが、チェックはお早めにお願いしますね」
俺が席に着くなり、川上が向かいのデスクトップで、こちらに振り返るそぶりを一切見せずに依頼を付け足す。
彼女は彼女でただひたすらワークシートと格闘しているのが見えた。
後輩の真面目なところを見ると、無意識に背筋が伸びる。
「よし、やるか」
「はい」
「まずは委員会の決算からやっていくぞ。えーと、役員会のがこれだ。電卓いいか?」
「はい」
三原が修羅のような顔で電卓を見据えている。
初めてのことだし、緊張するよな。
ならまず初めに教えることといえば。
「そんなに固くならなくていい。ある程度リラックスしていた方がパフォーマンスはいいぞ」
「そうですか」
「おう」
最初の指導はこんなものでよかろう。
そしてついに数字たちとの戦いが幕を開けた。
気がつけば時間もだいぶ過ぎて、夕陽が校舎のの屋根に沈もうとしていた。
桜川が時計を見上げる。
「もうこんな時間だけど、そっちはどう?」
「あと1枚だけだ! 三原、どうだ!?」
「ビンゴです!」
「よっしゃ! これで終わり!」
最後に署名を入れる。
印鑑は今日は持ってきていないので、それは来週に持ち越しとなった。
「オッケー。あとは川上の方はどうだ?」
「終わりました」
川上の短い返事が聞こえた。
「はい。それじゃあ帰りましょうか。みんな、お疲れ様」
『お疲れ様でした!』
今日は珍しく後輩たちと一緒の帰り道。
俺と桜川の3歩先を朝倉たちが歩いている。
通学路が別の川上とは、昇降口で別れた。
「そういえば、お前今日は着替えなくてよかったのかよ?」
耳元で後輩たちに聞かれないように囁く。
「今日は両親が北海道と福岡に出張だし、お姉ちゃんが久々に帰ってきてるからいいの」
いつの間にか持ってきていたトートバッグを軽くたたく。
「そうか」
短く言葉を返すと、前を歩いていた朝倉が振り向いた。
「そういえば桜川先輩って、お姉さんっていたりしますー?」
「うん、当たりー。ついでに言うけどここの卒業生だったの」
「へぇー」
よくわからないが、朝倉はどこか納得したようにうなずく。
「先輩のブレザーって、もしかしてお姉さんのですか?」
「サイズがちょうどいいからって、お母さんがね」
「やっぱり」
「どうしたの?」
どこか不思議そうに桜川が尋ねる。
「先輩のブレザー、なんか別の人の匂いがするなぁ、って」
「えっ!?」
思わず桜川と一緒に1歩後ずさった。
「え、いや、そうじゃなくってですね、先輩と廊下ですれ違ったときに」
「ああ、そう」
淡々と答えた桜川は、どこかほっとしたようにも、少しやつれているようにも見えた。
その夜、夕食を終え部屋に戻ると、携帯に桜川から写真が送られてきていた。
黒と白のチェックのスカートに、ボタンのついた青色のシャツを着ている。
『部屋着』
俺が何と返そうか逡巡していると、もう1枚来た。
2人が全く同じ色で、もこもこした感じのパジャマを着ている。
写真の右側で手を伸ばしているのは、撮影主であろう桜川真本人で間違いない。
もう1人は顔立ちがかなり似ていて、おまけにウィッグを外した桜川と同じくらい髪が短いので、思わず双子と錯覚してしまうほどだ。
『お姉ちゃんとおそろい』
『可愛いでしょ?』
アピールのためか、後ろにハートマークがついていた。
唇の端が少し緩む。
『似合ってるよ』
それだけ返して、風呂に入るために部屋を出た。
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