第4話 Doll

月夜視点



思い出した。

全部全部妾がなぜ体だけだったのか。

頭の中で誰かの叫び声が響く。


【大切な物】


この都市は、端から元々こんな霧の立ち込めた作り物ではなかった。

ここは、ぜんまいやカラクリのおもちゃが主に盛んで楽しまれ観光地としても少々名が知れていた。

昔は、人間も人外も生身の存在と人形やロボットたちの心を持った者達が暮らしていた。

互いの幸せを互いを受け入れる。

それが本当の姿だ。

妾は、東洋の和人形と西洋の人形の夫婦の間に生まれ家族が経営する小さな茶菓子の店の手伝いをしていた。


「そこで、一人の青年と恋に落ちた人形は、人種など考えさせない程にお似合いの二人『人と物』だった。

幸せな都市だった誰かの笑顔が生まれる度に輝きを増していくそんな風に思えていた。」


なのに……

この都市を『人と物』がわけ隔てなく共存する存在をつまらないと否定するかのように嘲笑い全てを霧で覆い隠し下記消しまった。


青年と出会ってから、もう3年程の月日がながれた初夏の風が吹く頃、手作りのアンティーク調のカラクリ時計を送られた。

その時計の仕掛けは、十二時を指す毎にクリーム色の表紙に白い線でガーベラの花が描かれた文字盤から星空の文字盤に二人の名が刻まれた物に変わる仕組みの時計だった。


「人形は幸せだった。

嬉しかった。

こんなにも愛され愛した人からの贈り物。

人形とって何よりも大切な物だった。」


妾の大切なもの

ーーーーーー

大切な時計


鳥を作り出す母鳥の公園の地面から突然蒸気が吹き上げ始めここ最近隣の都市からの工場が原因だと考えられる。

有害な排気ガスがここまで訪れ何かと問題視されていたのにも関わらずその不吉な連鎖は止まることなく続いていった。

その霧や吹き上がるガスには人体に影響をもたらすもので、幻覚幻聴作用など生身の者は、ガスマスクを着用を余儀なくされていた。

生身の人だけでなく一番影響損害が酷かったのは『物』である人形やロボットたちだった。

内側から徐々に侵食していき体を腐らせ鉄を錆び付かせ砂のように砕け散る。

その事に気づいた人間たちは我々と距離を置くようになった。

生身の者たちは、この都市から避難することになりその瞬間、この場所を隔離し我らと共に死滅させようとしたのだ。

満場一致状態で勝手に都市と外への境界線の壁が作られ生身の者たちは、我先にと逃げだし物である我らが行こうとすると追い返し唯一の出入口を閉めてしまった。

青年や本当に少人数の者たちは残ると言ってくれたがそれでも無理矢理引き裂かれ、もう二度とこの鉄の扉は開かない、そしてもう二度と会えない。

全員この都市から逃げられない。

本物の日差しを浴びることもない、この隔離された箱の中で共に朽ち果てるしかもう道は残されなかった。

「物」たちは、徐々に腐り砕けるのを待ち続け、砂時計のように手からこぼれ落ちる砂は、まるで自分の終わりを刻むようにゆっくりと地面に山を作り微かな風にも吹かれ崩れ去った。

割れたガラスの破片が目に止まると、白かった肌は黒ずみ穴が空きそれを錆び付いた針と切れかけた糸で縫い付け継ぎ接ぎの顔になっていた。

少しでも長く生きたいのか部品屋から使えそうな物を奪いまたは鳥を解体して生き逃れようとしていた物もいた。

互いの部品を奪い合う、そんな汚い光景もあった。

壁の近くに寄り添ったままいつしか意識を手離していた


また貴方に会いたかった。


そんな叶うことのない淡い夢を見ながら目を瞑った。


**

あれから一体どれ程の時間が過ぎただろう、目が覚めた瞬間辺りには、鉄屑の山で溢れていた。


何かを忘れている。

何かがない。

何を無くした。

なぜ体がないのだ。


中々思い出せなかった。


あぁ、そうか

もう、ここにはないのか。

全部腐って砂になったのか。

貴方に貰った【大切な物】


全部思い出した。

もうこの箱からは出られない……

でも、なぜだろうか。

何も思い出せないより、ずっと気が楽になった。


あやつらがあの境界線の壁の中から、動けなかったのは、霧が原因だったのかそう言うことか。

深く息を吸ってあの頃の記憶が次々と頭の中で鮮明に蘇る。

目から零れ落ちる大粒の涙もいつしか枯れ果て極め細かな砂となっていった。


記憶が元通りになり自分が最後に何がしたかったのか思い出しのだ。

もうあの人には会えない、それでもきっと今目が覚めたのは、ここでもう一度忘れかけていたものを思い出すためなんだ、そう思った。


砂時計が最後まで落ちる、それが今なんだ。


後ろから、人狼の子どもの声が聞こえた、ここまで妾を連れてきてくれた子、なぜ生身の子がここにいるか、今思うと不自然な事だ。

でももう妾がこの子になにもしてあげられない。


もしもこの霧がなかったら、もしかしたらそんな未来もあったかもしれない。


戯言を抜かしてもしょうがないな。

その子を呼びつけ幼く柔らかな暖かい頬に触れ最後に強く抱き締めた。

そういえば前争いが起きそうになった時子供をこうして抱き上げ逃げた事をふと思いだした。

その子はあれからどうしただろうか。


きっともう死んでしまったと思う。

この子はあの頃の子供によく似ている。

だから、何も思い出せなくても妙に安心感があった。


会えてよかった。

この子がいなかったら、妾は、今もあのゴミに埋まっていたと思うから


生きていたら、この都市がこんな風になっていなかったら、どんな子に育っていたのかな今更もうなにも出来ない、なにも変わらないのに……

駄目だな。

思い出せば思い出す程戯れ言ばかりタラレバの話がちらつく。



実に自分勝手な話だと思う。

まだ幼い子の目の前で、自己満足してこんな姿を見せるのだから


でも、もう自分には時間が残されていなかった……


初めから濃い毒素を吸っていたのだから、動ける事事態が奇跡的な話なのだから……


**

最後の砂が滑り落ちる頃、指先から何もかもが粉々に砕け散った……

**



その時

何処かで時計の針の音が聞こえた。





~ END ~


Hourglass dolls and precious things……









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