第31話

 おれが地下の祭壇へ行くと、ちょうど、神さまが魔王と睨みあっているところだった。

「まことが来たか」

 神さまが珍しく、おれの名を呼んだ。

「神さま、無理だと思ったらいつでも声をかけてくれ。おれなら一撃で魔王を倒せると思うから」

 おれは神さまに声をかけた。

 それを魔王が激怒した。

「雑魚は黙っておれ。これは世界の支配をかけた余と神との戦いじゃ」

 おれは魔王の手下たちを軽く一掃しながら、神さまと魔王の戦いを見ていた。

 神さまがいった。

「魔王、我輩は貴様のことを嫌いではない。こうなったのはひとつの縁だ。だが、生きるのも死ぬのも遊びにすぎん。儚く死ぬものを我輩は不幸だと思わない」

 神さまが剣をかまえた。

 魔王が戦闘態勢に入る。辺りの瘴気がいっそう濃くなり、常人なら、息をするだけで死にそうだ。

「この魔王が儚く死ぬというのか、神よ」

「そうじゃ」

 神さまは素早く動き、魔王の火炎魔法をかわした。

 勝てるわけがなかった。神さまが勝てるわけがなかった。

 神さまが剣で斬りかかると、魔王は素手で剣をつかみとった。その巨大な手は、剣の刃に傷つけられることを恐れていない。魔王は、悲願であった神との戦いに望んでいるつもりなのだ。

 本当に神の力をもっているのはおれなのだけれど、魔王は神さまを神と見抜く能力があり、なまじ、高い観察力があるがために、本当に神の力をもつおれを見逃している。

 魔王が今、戦っているのは、異世界からやってきた凡人の高校生の体、すなわち、おれの体をした、何のとりえもないはずの非力な若者だった。

「この魔王、五千年生きたが、これほど、嬉しい時はないぞ、神よ。貴様と戦うのが我が夢であった」

 魔王がうなる。

「神さま何歳だっけ」

 おれが聞くと、

「我輩は百三十億歳だったかのう」

 と答えた。魔王の顔に戦慄が走った。

 五千年と百三十億年では、桁がちがいすぎる。話にならない鍛錬の差だ。

「だが、この体ではまだ一歳にもなってないかな」

「なんだよ、神さま、ゼロ歳かよ」

 おれが魔王の手下を一掃しながら、笑いながら話していると、魔王が吠えた。

「この魔王、生まれてこの方、臆病者といわれたことだけはないわ」

 魔王は百三十億年を恐れなかった。その勇気は褒め称えられるものであろう。

 もともと、神さまに勝ち目はないのだ。

 神さまは魔王の極寒の腕で殴られて、体が凍りつくように冷やされながら、壁に叩きつけられた。

 いつ、神さまと変わろうか。

「神さま、まだ、がんばれる?」

 おれが聞くと、

「我輩が逃げる理由はどこにもない」

 と神さまは答えた。

 まだ、がんばる気だ、神さま。魔王相手に立っているだけでも精一杯のはずだ。

 神さまが、魔王に剣を斬りつける。魔王がそれをかわす。そして、また、神さまは殴られて、壁に叩きつけられた。

 少しずつ、少しずつ、神さまは魔王に傷を付けていく。

 神さまの剣術の修行は、今日の朝までずっと続いていた。今では、おれが相手をしている。おれには、訓練をしていても、神さまが強くなったようにはまるで思えないんだけど、神さまは、

「思うほど、剣術の極意がわかる」

 といっていた。

 まあ、神の力をもつおれ相手に戦っているのだから、その剣のやりとりは、世界創造の深淵につながる奥義を極めたものであろう。

 その神さまが、魔王に少しづつ傷を付けていく。だんだん、神さまは魔王の攻撃を見切っていく。

 魔王の攻撃が当たらなくなり、神さまの攻撃が魔王をとらえるようになる。

 おれはお伽話を見ているのかと思った。

 神としての力を奪われた神さまは、ただの凡人な人間の体になりながらも、努力し、作戦を練り、あきらめることなく訓練し、みずからの作った世界に住む人類の誰にも不可能であった魔王退治を、みずからの努力で、なしとげてみせるのだろうか。

「くそう、神よ、くらえ、我が最大の奥義、根源粒子破壊!」

 神さまは血を口から吐き出した。理屈のわからない原理で、魔王の攻撃は神さまに効いている。

「神さま、そろそろ、変わろうか」

「その必要はない」

 神さまは一人で魔王に立ち向かった。

 神さまの攻撃は、魔王に百回は当たった。魔王はまだ倒れない。

 神さまも倒れない。いったい、どのように人体を制御しているのだろう。もう、とっくに限界のはずだ。

「まことよ、何か我輩に教えることはあるか」

 神さまが魔王を見ながら、聞いてきた。

「そうだな。神さまが勝つには、おれと交替するしか手はないということかな」

 おれが正直に答えると、神さまはいった。

「まことよ、我輩のつくった世界ではな、努力して不可能なことはひとつもないのじゃ」

 神さまの攻撃が千回、魔王に当たった。

 魔王の足ががくっと崩れた。

 バカな。

 勝てるわけがないではないか。神さまは、元の世界のおれの体をしているんだぞ。

「この魔王、必ず、神を殺す。魔王の名にかけて、神には負けん。邪神封印」

「効かぬな、魔王。そんなものが、お主の最後の手とはな」

 神さまは、魔王に剣を刺した。それは、透き通るようにきれいに魔王の体に刺さった。

 神さまの剣術は、剣聖の域に達している。

 そして、神さまは魔王にとどめを刺した。

「ぐおおおお、なぜだ、なぜ勝てぬのだ。卑怯だぞ、神よ。もともと、魔王の我に勝ち目のないように世界をつくっておいて、そのまま、この魔王に勝つというのか。造物主が被造物で遊ぶというのか」

「だから、我輩の命もお主の命も遊びだといっておろう。儚く死ね、魔王よ」

 魔王は地下の祭壇に倒れ伏した。

「魔王、遺言を聞いてやるぞ」

 おれが聞くと、

「この魔王には、神への恨みしかないわ」

 と答えた。

 すると、神さまが答えた。

「だからな、我輩のつくった世界に努力して不可能なことは何ひとつないのじゃ。例え、神殺しでもな。お主の努力が足りなかったのじゃよ」

 そして、神さまは魔王に勝った。魔王は死んで動かなかった。

「すげえ、神さま」

 おれは目を丸くして驚いていた。

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