第18話

 おれたちは、西の州都の城の寝室を勝手に使って眠っていた。城の役人たちは、バッシュ帝国に再忠誠を誓うことになったので、従う者、逆らう者で、混乱していた。役人同士で争っているらしい。事態は一晩で収まりそうになかったため、おれたちは順番に眠ることにした。どんな緊急事態でも睡眠をしっかりとること、それがロザミアの作戦だった。毎日の体調管理を怠っては勝利はないことを知っているのだ。

 おれとリーゼと神さまが先に眠って(驚くことに神さまも眠るのだ)、六時間たって起きると、今度はロザミアとアイザが眠った。

 夜である。ロザミアはおれにしつこく警告した。

「魔族に注意せよ。まだこの城に潜んでいるはずじゃ」

 と。

 だが、広い城を探し歩くのも面倒くさい。役人たちに聞いても、魔族がどこにいるのかわからないという。だが、役人たちも、魔族がまだこの城にいることを隠さなかった。

 夜である。寝室の窓を、魔族が浮かんでいた。ラミアだ。窓の下を見ると、ラミアが十五匹いた。全部で十六匹。

 ラミアとは、蛇の下半身をした上半身は裸の女の魔族である。かなり、高度な魔族で、人を惑わす歌を歌い、呼び寄せて食べてしまうという。非常に高い魔力をもっているという。その視線を見ると石になることもあると、リーゼはいう。

 ロザミアとアイザは眠っている。正直、魔族の相手はあの二人には無理だ。おれが戦うしかない。

「ねえ、リーゼ。おれって、窓から飛び降りても大丈夫だと思う?」

「めかけが思うに大丈夫です」

 おれはちょっと迷った。リーゼをこの部屋に残すか、連れて行くかである。下手に離れた方が危ない。

「よし、リーゼ、捕まれ」

「えっ、救世主さま、なんです?」

 おれはリーゼを抱き寄せた。ちょっと顔を赤らめるリーゼ。

「飛び降りるぞ。リーゼ。敵は、中庭だ」

「はい、救世主さま」

 おれはリーゼを抱きしめたまま、窓を開けて、片手で剣を抜いて、宙に浮いている一匹のラミアを一撃で斬り殺しながら、飛び降りた。着地する。まるで、ふわっと浮いたようにおれは着地した。

「なんだ、今の着地は? リーゼの魔法?」

「めかけは何もしていません。救世主さまの力です」

 そうか。そうなのか。

 おれはリーゼを降ろして、立たせると、ラミアの群れをにらんだ。

「一匹、やられたぞい、皆の衆。あの男、相当な手練れじゃ。人間と思うて侮らぬ方がよさそうじゃ」

「この城を渡すわけにはいかんからのう。あの男、どれほどの腕じゃ」

「魔王様から聞いておるところによると、ロザミア姫の一行には神がついているらしい。あの男が神ではないのか」

「ならば、気をつけるのは、あの男、一人じゃな。まずは娘の方から殺してしまおう」

 さすが、魔族が十五匹、おれの正体がわかっても臆することがない。本気でおれに勝負を挑むつもりだ。勝てると思っているのか、このおれに。うぬぼれているのか、あの魔族たちは。

 最優先することはリーゼを守ること。急いで、ラミア十五匹を倒してしまわなければ。

 おれは走って突撃して、目の前のラミアを一撃で斬り殺した。世界が変わる。

「邪神封印」

 ラミアの一匹がいった。おれはびっくりした。おれの動きが一瞬、ほんの一瞬だが、止められたからだ。その一瞬で、リーゼを別の一匹が爪で引き裂こうとする。やばい。おれはリーゼを守れなかった。油断していた。ラミアをあまく見ていた。神の力を手にしたおれが負けるわけがないと思っていた。おれの隙をつくことなど、できないはずだった。

「燃えちゃえ」

 ぼうっ、とリーゼを襲ったラミアが炎に包まれた。リーゼが魔法を使い、ラミアを燃やした。炎はなぜか、おれの体から飛んでいった。

 動けるようになったおれは、リーゼのもとに走って帰り、リーゼを襲ったラミアを一匹、斬り殺した。世界が変わる。なんだか、すごく力が抜けた気がした。

「大丈夫か、リーゼ」

「危なかったです。でも、めかけはいざとなったら、救世主さまから魔力を借りて使うことができるのです」

 そうだったのか。今、力が抜けた感じがしたのは、リーゼがおれから力を借りたからか。

 危険だ。

 おれは自分の未熟さを反省しなければならない。

「危ない目にあわせて、ごめんな、リーゼ」

「めかけは大丈夫です。救世主さまが謝ることではないのです。救世主さまは世界を好きに作り変えていいのです。めかけなど、見捨てようが、殺そうが、自由にしてください」

「そんなわけにいくか」

 おれは怒鳴った。リーゼを殺させるわけにいくか。

「何を油断している。くらえ、神よ。邪神封印」

 残った十三体のラミアがいっせいにおれに邪神封印という魔法をかけた。

 おれは真っ白な空間の中に閉じこめられた。動けない。

 おれの目の前で、リーゼが殺されようとしている。その風景がおれには見えた。おれの体は動かない。リーゼは、十三体の魔族を前に一人っきりだ。一瞬で殺されるだろう。

 ラミアはすぐにリーゼを殺そうとしたのがわかった。

 おれは、力を封印されて、リーゼとのつながりが断たれたのがわかった。

 リーゼの召喚魔法が途切れるのがわかる。

 リーゼはおれを異世界から召喚するという魔法が途絶えたことを知った。

「ふふふふっ、神が、油断したな。我ら魔族が、神に対して無策だとでも思ったか。なあ、小娘。神に守られなければ、貴様など、一瞬で殺されるのじゃ。死んでもらおう」

 ラミアが笑って爪を引っかこうとした。

 その時、おれは気づいた。リーゼの魔力が解放されていることに。神さまをたぶらかすほどの天才魔道士の魔力が自由になったことに。

「めかけに手をかけるつもりかえ、お主ら」

 リーゼの声は低い怒声であった。おれとつながりを断たれたことで、明らかに怒っている。

「魔族ごときがめかけに適うとでも思ったのかえ」

「ひいっ」

 ラミアが後ず去った。リーゼの魔力の巨大さに恐れをなしている。

「燃えろ」

 十三匹のラミアが燃えた。

「溶けろ」

 十三匹のラミアが溶けた。

「消えちゃえ」

 十三匹のラミアが沸騰した。

 リーゼ一人で十三匹の魔族を倒していた。

「うおおおおおお」

 おれは力を入れて、邪神封印を解いた。

 再び、リーゼの魔力がおれをとり込むのがわかる。

 おれが邪神封印を破るまで一分くらいだっただろうか。その間に、リーゼの本当の姿を見た。

「大丈夫だったか、リーゼ」

 おれは必死に声をかけた。

「はい。よくぞ、お帰りくださいました、救世主さま」

 リーゼがいつもの笑顔で笑った。

 おれはリーゼを抱きしめた。自分が情けなくて、情けなくて、しかたなかった。神の力を与えられて、女の子一人守れない男がどこにいる。おれは最低だ。最低な大バカヤロウだ。

 あの邪神封印で封じられていた時間、いつリーゼが殺されてもおかしくなかった。

「ごめん。ごめん、リーゼ。こんな情けない救世主でごめん、リーゼ」

 おれは情けなくて涙が出てきた。

「泣いているのですか、救世主さま」

「うわあっ、うわあっ、ごめんよ、リーゼ」

 無力なおれは、どれだけ有利なゲームをリーゼに与えられていながら、どんな失敗をすれば気がすむのだろう。おれに神の代わりなど勤まるわけがない。おれにその資格はない。

 おれは地面に伏して泣いた。今のおれに、リーゼに触れる資格などあるわけがない。

 泣いた。泣いた。生まれて初めて嗚咽して泣いた。何時間もおれは嗚咽していた。

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