第15話

「なあ、リーゼ」

「なんでしょうか、救世主さま」

 ぐっ、かわいい。リーゼの顔を見ていると、なんか、癒されるなあ。いかん、いかん、今はそんな浮ついたことを考えている場合ではないのだ。

「リーゼ、おれを元の世界に戻すことのできる高位の魔道士は、見つかりそうかなあ」

 これだ。どうしても、確かめなければならない。高位の魔道士が見つからなければ、おれは元の世界に戻れない。つまり、ずっと、こっちの世界にいることになる。

 だが、平凡な高校生であったおれが向こうの世界でできることなど、たかが知れており、おれは別にこの世界に残ってもいいかなあと思い始めている。だから、あまり、真剣にリーゼを怒るつもりはない。

「ええと、それが、めかけにはさっぱり見つかりそうにないのです」

 明るい笑顔で答えられた。いや、怒ってはいけない。おれは、この世界に残っても別にかまわないのだ。問題は、それをリーゼに教えてしまってもいいかということだ。教えてしまったら、リーゼは頑張って高位の魔道士なんて探そうとしなくなる気がする。そういうものだろ、人って。必要もないのに努力したりなんかしないさ。

 おれが「帰れなくてもいい」とひとこといえば、リーゼはそこできっぱりと魔道士探しを辞めてしまうはずだ。

「めかけも、救世主さまのために、頑張っているのですが、どうにもならないのです。それを考えると、めかけの頭がパンクしそうです」

「いや、無理をしなくていい」

 おれはいった。

「何の話だ」

 ロザミアが近づいてきた。おれが異世界から来たことは、まだ、リーゼとおれだけの秘密だ。あえていえば、神さまも知っている。三人だけの秘密なのだ。

「それが、めかけたちは高位の魔道士を探しているのです。ロザミア様に心当たりはないでしょうか」

「そういえば、前にも、そんなことをいっていたな。試しに、帝国の魔道士協会に行ってみるか。この近くにあるはずだ。高位の魔道士などがいるとは、聞いたこともないが、わらわよりも事情に詳しい魔道士がいよう」

「本当ですか。とても、助かります。めかけから、心の底より感謝を申し上げます」

「気にせずともよい。ただし、そこは今では、スニーク帝国の支配下にある。わらわたちに協力してくれるとは限らないがな」

「それでも、充分です」

 おれは、帝国の魔道士協会と聞いて、ちょっと心が躍った。元の世界に帰れるなら、返れる手段を知っておいた方が絶対に得だ。

「なぜ、こんなところに寄るのですか」

 文句をいうアイザを放っておいて、おれたちは、帝国の魔道士協会に行ってみた。

 わりと大きな街の中にあった。大きな建物だった。

「わらわの顔を知っている者がおそらくおるであろう。展開しだいでは、もめるかもしれん。覚悟しておくのじゃ」

 初めて見るリーゼ以外の魔道士に心を躍らせて、おれは魔道士協会のドアを開けた。

「誰だ」

 最初の部屋は、かなりの大部屋だった。そこにいる男から声が飛んできた。身元を聞かれている。なんと答えようか。

 部屋の中にいる男たちは、黒いローブを着ていた。女も混じっているが。

「まことといいます。西の方から旅をして来た者ですが」

「何の用だ」

 困った。なんと説明したらいいだろうか。思い浮かばない。ここはリーゼに任せよう。

「リーゼ、説明を頼む」

 おれが促すと、リーゼがドアを通って、入ってきた。そのまま、ロザミアも、アイザも、神さまも、中に入る。

「では、めかけが説明します」

 大部屋の魔道士たちの視線がリーゼに集まった。

「誰か、神さまをたぶらかすほどの高位な魔道士をご存知ありませんか?」

 意外な質問だった。おれは絶句した。神さまを騙さないと、おれは元の世界に帰れないのか。というか、騙す相手である神さまなら、すぐそこにいて、この話を聞いているが。

 リーゼは平気なのだろうか。

「ははははっ、さすがにそんな高位の魔道士は存在しないよ」

 一人の魔道士が答える。

 しかし、様子がおかしい。魔道士たちの視線はリーゼに注目されたままだ。ロザミアを見ている者もいる。ここはスニーク帝国の支配下なのだという。ロザミアの正体がバレたら、戦闘になるかもしれない。

「おい、あそこにいるのは、ロザミア姫ではないか」

「ああ、わたしも気になっていた。それより、お付きのリーゼという少女を見ろ。リーゼとは、まさか、西の村の天才少女リザヴェリータのことではないだろうな」

「わたしも気になっていた。あの少女は、西の村の天才少女ではないのか?」

 魔道士たちの様子がおかしい。ロザミアに気づき始めているようだ。だが、魔道士たちの話題にのぼるのは、リーゼだった。

「めかけたちは、神さまをたぶらかせるほどの魔道士を探しているのですが」

 リーゼがいう。

 飛び跳ねるように、一人の魔道士が叫ぶ。

「まちがいない。あの少女は、天才魔道士リザヴェリータだ」

 魔道士の叫び声が遠くまで響いた。

「神さまをたぶらかせる魔道士が、きみを除いて他に誰がいるというんだ!」

 わけがわからなかった。ちょっと冷静に考えよう。おれを異世界から召喚したのはリーゼだ。そのリーゼは、神さまをたぶらかすことができるほどの天才魔道士だった。現に、神さまは、おれと入れ替わって、おれのいた世界に飛ばされていたのだ。

 こう考えることはできないだろうか。つまり、リーゼが魔道士なのにも関わらず、普段、ろくに魔法が使えないのは、おれを異世界から召喚するという魔法を全魔力を注いで実行中だからであり、リーゼは、この世界で、一、ニ、を争うほどの天才魔道士。

「殺せ。ロザミア姫と天才魔道士だ」

 魔道士協会の魔道士たちが魔法を使って襲ってきた。燃える。おれたちの周囲が、炎に包まれる。

 おれは平気だが、リーゼはどうだ?

 リーゼは魔道士協会の魔道士の魔法をくらっても、全然、平気だった。

「まずいな。やっぱり、戦いになったみたいだ、ロザミア」

 おれはロザミアの指示を聞こうとした。魔道士を探すのは、おれとリーゼのわがままだ。全体の作戦を決めるのはロザミアだ。

「反撃しろ。わらわをロザミア・バッシュと知って逆らう魔道士を生かして逃がすな」

 それを聞いて、アイザが魔道士に斬りかかる。

 しょうがない。おれも戦いに参加する。

「神さま、こういうのをなんていうんだっけ」

「我輩にとって、敵か味方かはその時に参加しているゲームのルールのようなものだ。成り行き任せ、勢い任せじゃよ」

 ああ、恨みはないが、死んでもらおう。

 神さまの剣は、例によって、一人にも当たることはなく、すべて空振りだった。

 おれは八人の魔道士を殺した。

 アイザとロザミアも、だいぶ、殺している。

 リーゼは、杖を振って、殴っているだけだ。おれを召喚中であるため、他の魔法が使えないんだ。

「どうやら、逆らう魔道士は全滅したようだな。残った魔道士は、わらわ、このロザミア・バッシュに忠誠を誓うと受けとってよいのか!」

 ロザミアが叱責した。

「ははあ。この通り、わたしたちに敵意はございません」

 残った二人の魔道士は平伏した。今、魔道士協会にいる魔道士は、残りはみんな死んだようだ。

「わらわがここに来たことは、他の街の魔道士には知らせるな」

 ロザミアが命令して、その場は収まった。

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