第2話
旅を始めて、すぐに気づいたことだが、この世界には怪物が多い。人は怪物に追い立てられ、食われ殺される運命にあるようだ。リーゼはおれにそれを救えといっているのだろうか。
「水も食料もない。それにできれば、おれは着替えたい」
おれはリーゼに頼んで、街で砂漠を旅する黒装束のようなマントに着替えさせてもらった。制服ではなんだか旅をする気になれない。服代を払ってもらったリーゼには本当に申し訳なく思っている。
リーゼのお金で水と食料を買い、旅支度を整えると、おれたち二人は当てもなく、魔道士を探す旅に出た。
「おれは元の世界に帰りたいし、おれを元の世界に帰すのは、きみの責任だ」
少々厳しいことをいったかもしれない。だが、リーゼは快く引き受けてくれた。
「めかけはあなたさまのものです」
そして、街を離れて、寂れた廃墟に差しかかったところだった。
一人の長身の金髪の女がいた。衣装が隠していてもわかるくらい丹念に作られた上等な衣服でできている。女の顔は傷だらけだった。寂しそうに一人にしている。
おれは、少し遠くから見ていた。
金髪の女は、死んだ騎士が横たわっている隣に座り、祈っていた。なんだか、すごく寂しそうに見えた。
「救世主さま、あの人、可哀相に見える」
リーゼがいった。
「そうだな。何だか、困っているようだ」
おれたちは、金髪の女に近づき、話しかけた。
「ねえ、どうしたんだい?」
金髪の女は無言だった。
「きみの知り合いが死んだのか?」
横たわる騎士の死体の話を出されて、ようやく、金髪の女はおれたちに関心をもったようだった。すごく、寂しそうに見えた。
「そうだ。死んだのだ。わらわのために」
一瞬、ことばに詰まった。人の死を前にして、かけてあげられることばは少ない。
「おれたちも祈ろう。その騎士の冥福を」
「ありがとう」
金髪の女はかすかに微笑んで頭を下げた。
おれとリーゼが祈りを捧げていると、というか、リーゼの祈りはなんだか、呪術師の祈祷のような呪文を唱えているのだけれど、おれは目を瞑って、南無阿弥陀仏と心の中で唱えた。死者の冥福の祈り方など、諸氏百派だ。
「大切な人だったのか」
と、おれが聞くと、女は困ったように答えた。
「わらわに仕えてくれた最後の騎士だった。わらわは、亡国の暗君じゃ」
金髪の女はそういって、こちらを見た。目には涙が流れていた。
「困ったな、リーゼ。おれにはどうしたらいいかわからないよ」
すると、リーゼがぱっと明るい笑顔になって答えた。
「困っていることがあるなら、何でも、救世主さまにお願いすればいいのです。このお方が必ず救ってくるでしょうから」
おいおい、リーゼのやつ、おれを買いかぶりすぎじゃないのか。
「救世主なのか、あなたは」
金髪の女に聞かれて、おれは困ってしまった。
「救世主のようでもあり、低級妖魔のようでもあり、だが、たぶん、おれはただのヒトだ」
「名前は何というのだ?」
「まこと」
「まことか。わらわはロザミア。わらわのことは、まだ、話せない。時がくれば、わらわが何者なのか打ち明けよう。それまで、わらわを守ってくれないか」
やれやれ。用心棒として、一人守るも、二人守るも、同じようなものだ。
「いいだろう。ロザミア。あなたの護衛をすることを誓おう」
「その剣にかけてか」
うん? こんな剣に誓いをかけて何の価値があるんだ? だが、かまわないだろう。
「ああ、この剣にかけて、誓うよ」
「ありがとう」
ロザミアは嬉しそうに微笑んだ。やっと、笑った。涙の跡はまだついている。
「ロザミア。きみの正体が何者であろうと、おれはきみを命をかけて守ることを誓うよ」
我ながら、口が軽いと思う。だが、おれは真剣だった。それくらいに、ロザミアが寂しそうに見えたのだ。
「救世主さまがいれば、なにもかも、大丈夫だよ」
リーゼはいう。
「五万人が死んだのだという。わらわは、最悪の無能ものじゃ。わらわほどの暗愚のものはおらぬ。わらわに仕える汝にも、苦労をかけるだろう。その時は、許せ。最後には、ちゃんと打ち明けるから」
ロザミアはそういっていた。
「ねえ、リザードマンが襲ってくるみたいだよ」
リーゼがいった。リーゼの指さす方向を見ると、確かにワニの上半身をした半獣が襲ってくる。
おれは剣を抜いた。
「待て。わらわも手伝おう。足手まといかもしれないが」
ロザミアは腰から剣を抜いた。
「へえ、ロザミア、剣が使えるんだ」
「まあ、剣術では師範代の免許をもっている」
そして、おれとロザミアで、リザードマンに斬りかかった。ロザミアは、剣で牽制などをする。高度な技なのだろうが、おれにはちんぷんかんぷんだ。ロザミアがリザードマンの槍を受け止め、しのいでいるうちに、おれが剣でリザードマンを斬りつけた。世界が変わったのだと思う。リザードマンは一撃で死んでいた。
あまりの簡単な勝利に、ロザミアの目が点になっていた。
しばらく声も出せないくらい、呆然としている。
「どうしたんだ」
おれが聞くと、
「おぬし、強いのだな」
と褒められた。怪物退治をする分には、ためらいはないのだが、おれは、おれが殺したベアウルフやリザードマンが必ずしも悪者であったとは思わない。この世界がどうなっているのかわからないが、これは人が生き残るための生存競争なのだろうか。ならば、仕方ない。
リーゼは無事だろうか。おれはふと後ろを見た。リーゼは杖を手にして、怖がっていた。
「めかけは救世主さまがいないと生きていけないのです」
リーゼはそんなことをいう。
おいおい、あまりおれに負担をかけるな。
「おれだって、万能じゃないんだよ」
おれがそういうと、リーゼは不思議そうに、
「あら、救世主さまにできないことはないはずです」
と答えた。
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