気づかれぬままに神性の交換が行われた
木島別弥(旧:へげぞぞ)
第1話
おれは平凡な高校生。何の目的もなく学校に通っていた。おれについて、特に詳しく説明するようなことは何もない。
家族構成は、父親、母親、おれ、妹だ。妹は中学三年生になる。
高校一年の六月のある日、おれは学校に向かってるところだった。部活はサッカー部に入っている。朝練をサボって、のんびり通学していた。
「あれ?」
いつもの日常、いつもの街並みのはずだった。家が建ち並び、道路を自動車が走り、空は青く晴れているはずだった。それなのに、いつの間にか、周りの風景が消えた。周りの風景が真っ白になったのだ。
おれはどうしたんだ。何が起こったんだ。こんなこと、普通であるはずがない。こんなことが日常のはずがない。絶対に何か異変が起きたんだ。そうでなければ、説明がつかない。
そう思って、おれが
「誰かあ。助けてくれえ」
と叫んだ時、世界は暗転した。
「助けてほしいのは、めかけの方なのです」
気がつくと、石造りの神殿の中にいた。真っ暗な中で、たいまつが周りを照らしている。神殿の中がなんとか見えるくらいだ。
そこは、二十一世紀の日本とはとても思えなかった。まるで、古代ローマの遺跡のような神殿だった。
そこに、透き通るような黒髪の女の子がいた。
「おまえが、おれを呼んだのか?」
おれが不思議そうに訪ねると、
「そうです。めかけがあなたさまを召喚しました」
と女の子は答えた。
「何のためにおれを。それにどうやって」
頭が混乱するおれに、女の子は説明する。
「めかけたちは今にも死にそうなのです。めかけたちの一族は滅ぼされてしまいそうなのです。それで、めかけが救世主を召喚しました」
救世主? それって、ひょっとして、おれのことじゃないか。この女の子、おれに救ってもらえるとでも思ってるんじゃないのか?
「はいはい、そこまでにしておきな。低級妖魔さんよ。こら、リーゼ、あなた、いい加減にしなさい。こんな低級妖魔が救世主なわけがないでしょう。あなたに世界を救う力なんてありません。早く、この低級妖魔を元の場所へ返しなさい。いつ、ベアウルフが襲ってくるかわからないのに」
三十歳くらいの女の人が、リーゼと呼ばれた女の子をたしなめた。なんだか、わからないが、おれは救世主と呼ばれた次の瞬間に、低級妖魔と呼ばれている。
「大丈夫なのです。このお方がめかけたちを救ってくれるのです」
「何が救世主を召喚するよ。そんな大魔術があなたに使えるわけがないでしょ。この男はどうせ低級妖魔よ。暴れだす前に、消し去りなさい。いいですか、これは命令です」
おれを低級妖魔呼ばわりする女がリーゼを叱っている。
「そうだ、そうだ。その男は低級妖魔に決まっている」
神殿の入口の方から大勢の男の声がした。この神殿に集まって何をしているんだろう。それより、立派な人類であるおれをつかまえて、低級妖魔呼ばわりするとはどういうことだ。
「リーゼといったな。きみがおれを魔法でここに召喚したのか」
おれが女の子に聞くと、
「そうです。めかけは救世主であるあなたさまを召喚したのです」
と答えた。
「召喚されてすぐに聞くのもなんだが、おれは元の世界にどうやったら帰れるんだ」
リーゼは悲しそうな顔をした。
「それが、めかけの力では、呼び寄せることはできても、返すことはできないのです」
うむ。それはすごくたいへんなことではないだろうか。
「おれは元の世界には戻れないのか」
「めかけの力では無理ですが、この世界のどこかに力のある魔道士がいるでしょうから、その人に頼めば帰れるかもしれないです」
なるほど。
「それで、きみはいったいおれに何をさせるために召喚したんだ? 何から誰をどうやって救ってほしいんだ」
リーゼは悲しい声で笑って答えた。
「もうすぐ、この神殿にベアウルフが襲ってきます。めかけたちはみんな食べられてしまうでしょう。ベアウルフを退治してほしいのです」
怪物退治か。そんなこと、おれにできるだろうか。
「これが剣です。この神殿でいちばん丈夫な剣です」
リーゼはおれに剣を渡した。
おれは剣を受けとり、神殿の外に出た。ちょうど、ベアウルフが襲ってきたところだった。おれの身長より大きな狼が大きな口でおれを食べようとしている。
「あの低級妖魔、殺されるぞ。やばい、早く逃げるんだ」
男たちが逆方向に走り始めた。
「ほら、リーゼ、あんたも逃げるんだよ」
「めかけは逃げられません。救世主さまが守ってくれるので大丈夫なのです」
おれは、このままベアウルフに食い殺されるかもしれない。どうする。逃げるか、戦うか。
リーゼがこっちに走ってくる。
「ガルルルルルル」
ベアウルフが吠える。
おれは、剣をベアウルフに向けて振り下ろした。世界がつくりかえられるところだった。おれの攻撃は、世界を全能につくりかえる力があるかのようだった。ベアウルフが、ベシャッと音を立てて、一撃で破裂した。
何だ? この感覚は。
おれは自分がベアウルフに勝ったのが信じられなかった。
「どういうことだ。なぜ、おれにこんな力がある?」
「めかけが思うに、あなたさまはこの世界の創造神と神性を交換されたのです」
何がなんだかわからなかった。
「おい、低級妖魔がベアウルフをやっつけたぞ」
「本当だ。信じられない」
「気をつけろ。低級妖魔はいつおれたちを襲ってくるかもわからない」
男たちが遠くからおれたちを見ていた。
おれはしばらく呆然としていたが、しばらくすると、男たちが石を投げてきた。なぜだ。低級妖魔のおれを追い払おうというのか。
「やめろ。なぜ、石を投げる」
「低級妖魔はあっちへ行け」
どうやら、ベアウルフを倒したのに嫌われたようだ。強い力を恐れているのだろうか。
「リーゼ。旅に出よう。おれはここでは望まれていない」
「はい。めかけはついていきます」
そして、おれとリーゼは神殿を離れた。
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