vol.2 冒険続行

お婆さんの足下で、僕らは必死だった。

鳴いて鳴いて、どうにもならない現実を諦める事なんて知らないから。


そんな時。誰かが近づいて来たんだ。


「可愛い~‼ ちょっと触ってもいいですか?」


女の人の声だった。お婆さんよりはずっと若いけど、人間の歳なんて解らない。見上げた僕は太陽の光の強さに思わず目をほそめる。影になっていたから顔は見えなくて、知らない人のにおいで恐くなって身を縮めたけれど。

その人はひょいと馴れた手つきで僕を抱き上げると同時に、お婆さんの前にしゃがんだ。


あれ?……なんだか……ちょっと安心するかも……。


お婆さんにやって貰いたかった、抱っこだったのに。僕は不思議と身を預けていた。


「お婆さんの猫ちゃんですか?」


女の人はそうお婆さんに話し掛けながら、近寄ってきた妹も一緒に、僕の隣になるように抱き上げる。


「棄てにきたのに、ついて来ちゃって……困ってるのよ……」


そう言って、苦笑。お婆さんの声はやっぱり少し疲れているようで。けれどその言葉の意味を、僕たちは理解出来ない。


「え……?」


女の人はその言葉の意味が解ったのか。僕たちを抱える腕が強ばった。


「棄てに……って……?」


確かめるような口調に、お婆さんは話始めた。


「4匹産まれちゃってね? 困っちゃって、仕方無く……。だけど、いくら遠くに置いても、戻って来ちゃうものだから……」

「うーんと……えーと……」


女の人は、本当に少しだけ何か考えるような顔で、僕らを見つめたかと思ったら。すぐに僕らを地面にそっと降ろすと、走り出す。その向かう先には、犬を連れた男の人がいるのが見えた。

何か話してる。女の人の背中はなんか一生懸命で、男の人は何度も頷いて。やがてまたこちらに戻って来た女の人は、再び僕らを抱き上げて、言った。


「解った。とりあえず私達がこのコ達、預かるよ」

「え……?」

「だってこんな所に放置したら死んじゃうよ? カラスだって沢山いるし‼」

「そうだけど……でも……いいの?」


お婆さんは驚きと安堵が混ざったような声をあげたが、女の人の声は怒っているみたい。


「増えたから、棄てるって……。増えないようにしないと。着いて来ちゃうって……当たり前だよ? このコ達、解ってないんだし。こんな所見つかったら、お婆さん怒られるんだからね? 罪なんだからさ……」


何の事か、よく解らないけど。とにかくとても怒っている。お婆さんは、しゅんと肩を落として、何度も何度も頭を下げた。

二人がいろいろ会話しているところに、あの男の人が犬と一緒にこっちにゆっくり近づいて来ると、僕らを見て、


「あぁ~……ちっちゃいな~……」


ボソッと呟くと。その声に振り向いたお婆さんは男の人にもペコペコと頭を下げた。


「ちゃんと僕達が、責任持ってお預かりしますから」


そう言った時。強い風が吹いた。思わず身を縮めた僕らを抱き上げた女の人は、


「あ、このコ達のご飯って何あげてます?」


そう訊ねる言葉は、慌てる事もなく、どこか馴れたような感じだった。でもやっぱり少し怒っているように聞こえて。僕と妹はちょっと恐くなった。


「あ……普通の餌よ? 安いやつでいいから」


お婆さんが、あの紙袋の中から手のひらに乗せたそれを見て、女の人の顔が歪む。もっと恐くなった。その顔に気付かないのか、お婆さんは、


「あっちにね、沢山あるから‼」


さっき僕らの為に地面に置いたものを取りに行こうとする。


「あー‼ 要らない‼ 大丈夫だから‼」


女の人はお婆さんの背中にハッキリと、きっぱりとそう言いながら、男の人が肩に掛けていたバックのファスナーを開けてもらう。


「ノアさん? ちょっとお散歩バック借りるからね~?」


足下から見上げる愛犬に断りを入れるその手によって。僕らの身体はそのバックの中に収まった。

なんかいろんなにおいがする。何のにおいかまでは区別出来ない。だって全部知らないモノだから。においを嗅いでいる僕らの頭上で、バックの蓋がそっと閉められた。暗くなるのかと思ったら、天井は網になっていて、高い空が見えてる。その手前に、男の人の顔があって。眉毛を目一杯真ん中に寄せたかと思ったら、


「壊れそうで怖いよ……。バックはおかーさんが持って? おとーさんがノアさんのリード持つから‼」

「解ったよ、壊れないから‼ 貸してみ?」


女の人が笑った。バックが少しだけ揺れたけど、すぐに安定する。見上げると、女の人の顔があって。僕が一度だけ鳴いたら、「はいはい、もう大丈夫だから」と言って微笑んだ。

あ……さっきの恐い顔じゃない。とっても優しい顔になってる。



同じリズムでバックが揺れ始めた。気付けばもう、お婆さんの声も匂いもしなくなっていて。見上げると景色がゆっくりと動いている。僕らの冒険の続きが始まった。ちょっと前までの紙袋とは違う。レベルが上がったようだ。まだまだ不安だけど、妹とも一緒だし。なんだかこの中……温かいし……。

僕らは、まだまだ冒険の途中なんだけど。とにかく眠くて眠くて。妹は僕の、僕は妹の、確かに安心出来る匂いと体温に身を委ねて、目を閉じた。














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る