蒼い空を 僕らはもう恐れない。

天川 和夜

vol.1 強制冒険

小さな紙袋が、一定の揺れと共に、微かな音を立てる。狭い空間から仰ぎ見れば、嗅ぎ覚えのある匂いの、しわがれた手があって。

けれど紙袋の取っ手の隙間から入ってくる風も匂いも音も流れる景色も、知らないものばかりだった。

僕と妹の足元で、たまにコロコロ転がるのは、お母さんが食べてたご飯。なんでご飯と一緒の紙袋に、僕らは今居るのだろう?

何が起こってるのか解らなくて、僕らは小さな身体を寄せ合った。妹は、少し具合が悪くて開けづらそうな左目だけを細めて僕を見つめた。僕だって不安だけど、一緒にいるよと伝える為に、妹の顔を舐めてあげた。

やがて、ふと揺れがおさまり、不安定だった足元は少し冷たく硬い感覚になる。と、僕らは、狭い紙袋から広すぎる「外」の世界へと出された。


空が青い事くらいは知ってた。だけど、今見えるそれは、蒼すぎて、高すぎて、広すぎて。照りつける日差しは目が痛いほどで、身体に吹きつける風はまだ少し冷たく感じる。

不安だから、ただただ怖いから、鳴きながらジタバタもがくけれど、お婆さんの手は冷たく、容赦無く。初めての匂いと感触だらけの地面へ、僕らは強制的に降ろされた。


「ほら、おいで……」


お婆さんの声。僕らのお母さんのお母さんみたいな人で。

だから。

後をついていく。必死でついていく。


「ほら、お食べ」


公園の端っこの植え込みの近くに、お婆さんは僕らのご飯を置いた。紙袋の中にあった、あのご飯。

紙袋に手を入れてガサガサとかき集めたそれを、僕と妹だけではとても食べきれそうもないくらい、目の前で山にしていく。それに少しだけ気をとられたけど。その場から立ち去ろうとするお婆さんの後を、そうするのが当たり前だと思うから、また必死に追いかける。


だって、怖いよ。

お母さんはどこ?

僕らはなんでここに来たの?

早く帰りたいよ。


何度か同じ事を、行ったり来たりを繰り返した。

お婆さんはとても深い溜め息を吐くと。なんだか疲れた面持ちで、無言のままベンチに腰をゆっくり下ろした。

そしてまた、深い溜め息。

僕らは必死に鳴いた。


お婆さん、こっち見て‼

抱っこしてよ‼


僕らを見つめるのに。お婆さんの手は降りては来ない。だから膝に登ろうと頑張って爪を立てた。けれど、力が足りなくて上手く登れない。妹も頑張るけど、すぐに地面に転がってしまう。

僕らに出来る事は。

とにかく必死に、精一杯、疲れたお婆さんの耳に届く事を願って、その手のひらの温もりを求めて、鳴き続けるしかなかったんだ。





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