第27話

 再びリザ。リザは目立たない人だった。わざと目立たなく生きているわけではなく、自然となぜか目立たないでいる人だったのだ。それはリザにとっては好都合なことだった。リザの正体がバレたら、大勢の人々、多種多様な異星種族がリザのもとへ殺到してくるはずだからだった。だが、リザのもとへ大急ぎで駆けつけてくるものなど、めったにいない。それくらい、リザは目立たないように慎重にことを運んだのだった。

「ミタノア」

「何?」

 リザの発言に一回目の宇宙から来たミタノアが答えた。

「あなた、宇宙を滅亡させて、ビッグバンの向こう側からやってきたにも関わらず、わたしに気づかなかったのね」

 リザのことばに、ミタノアの思考回路が最大加速でまわり始めた。リザの発言は、いったいどういう意味なのだ。いったい、何を根拠にそんなことをいいだしたのか。ミタノアが気づかなかったこの宇宙の重大事件とは何なのか。

「すっかり忘れていたわあ。リザ、あなたはこの宇宙の時間軸のどこかに、自分の拠点をつくって遊び暮らしている時間犯罪者だったということをね。確かに、そんなことをしても誰も処罰したりはしない。あらゆる人の欲求を満たすだけの器が暴走する機械群にはあるからね。だけど、とても好奇心をもってしまうわあ。いったいあなたが選んだ時間とはどこなの。一度、あなたの別荘を見てみたい。ひょっとして、それはわたしよりも贅沢な犯罪なのかな」

「そうよ。あなたよりも、ずっとずっと贅沢な時間犯罪。それがわたしの正体」

「神さまに会うために宇宙を一個滅ぼしてしまったわたしよりも贅沢な時間犯罪だというの。信じられない。わたしより上にいったい何があるというのよ」

「気づいていない」

 リザがいった。ミタノアはやはり気づいていない。

 ジェスタも気づいていない。ミヤウラも気づいていない。ジナも気づいていない。トチガミも気づいていない。ビーキンも気づいていない。ミタノアも気づいていない。サントロも気づいていない。誰も気づいていない。

「リザ、あなたが欲しがったのは愛? それとも、夢?」

 愛なら、妬ましかったし、夢ならば叶えばいいと思った。

 五分ほど、リザは沈黙していた。

「夢よ」

 リザが答えた。

「すべての生命種族が滅亡することなく終末を迎えること、それがわたしの夢だった。異星種族間の戦争が起こるたびにわたしは心を痛めていた。どんな戦争が起きても、勝った方も負けた方も、みんなどちらも幸せになれるようにすることがわたしの夢だった。その夢をわたしはもう叶えた。わたしの発明品以後に行われた戦争で苦しむものはあまりいないはず。勝っても負けても、最後には幸せがやってくるのだから」

「あなたの発明品は見たことがない。あなたは前の宇宙で八人で戦争をした時、発明品を持っていなかった。いったいあなたの発明品とは何なの」

 読者はもう知っている。リザの発明品。それは時の置き石。

「いうわけにはいかない。いったら、この宇宙の幸せが減ってしまうかもしれないから。でも、はっきりといえる。ビッグバンを起こそうと、わたしの発明品が壊れることはない。おそらく、あなたたちが起こした八人のなかの戦争に対しても、わたしの発明品が機能して、介入していたはず」

 そのとおりだった。サントロがビッグバンを起こそうと、ミタノアがビッグバンコピーを起こそうと、この宇宙の終末が変更されることはないのだった。あくまでも、勝つのはリザなのだ。

 再び説明しておこう。リザの時の置き石。それは宇宙最後の七日間をどんな異星種族にとっても幸せに暮らせるようにつくられた時間軸を守る道具だった。リザの時の置き石は宇宙の最後の日に置かれていて、その七日間を絶対に変更されないように歴史改変から守っていた。

 ビーキンという無のゆらめきが宇宙の最初を決めたというのなら、宇宙の最後を決めたのはリザという一人の女だった。途中でビッグバンが何度起ころうとも、定められた時間がやってこれば、リザの決めた時間点に因果律が集束していくのだった。過去のどこでどうしようと、それは変更されることはなかった。

 リザの正体とは、宇宙の終末の守護者。リザにとって、終末に至るまでの過程などどうでもよかった。最後に勝つものが、勝っているものであり、その過程でどれだけ負けていようとおかまいなしだった。というか、リザの力では、終末だけを守ってあげるので必死だった。

 宇宙の終末を自分の価値観で勝手に幸せな状態に変更してしまったこと。それがリザの時間犯罪だった。

 宇宙最後の七日間は何でもありの無礼講の大宴会だった。もうすぐ、この宇宙すべての被造物が消滅してしまうというのだ。宴会以外にすることがなかった。宴会の余興で戦争も行われたが、ただ戦争を楽しむためだけの戦争であり、何かが何かを征服するための戦争とは違っていた。戦争ごっこが行われただけなのだった。

 宇宙最後の七日間では、リザは有名人だった。知らないものがいないぐらいの有名人だった。この宇宙最後の大宴会の主催者だからだ。

 宇宙は最初の大爆発であるビッグバンに始まり、最後の大凝縮であるビッグクランチで終わる。そのビッグクランチが起こる直前は、究極にまで文明を進化させたいくつもの文明種族が集合し出会いつづけていた。本来なら、警戒し合い、観測しあうのが常であるのだが、この最後の七日間だけは違った。どうせ七日で滅んでしまうのだ。どんな悪党とも仲良く宴会を楽しむことにしていた。

 その七日間のなかに、人類もいた。それよりも遥かに巨大な建造物である暴走して成長する機械群もいた。リザはビッグバンコピーが行われたにも関わらず、この七日間が変わらずに保護されていることに満足感を覚えた。やはり、サントロやミタノアでは、リザの夢を壊すことなどできなかったのだ。リザの時の置き石は、サントロやミタノアの練った因果律などに優勢して介入して、この七日間をつくりあげるように因果律を集束できているのだ。

 宇宙最後の日に置いてある一個の時の置き石こそ、リザの秘密であり、全宇宙種族にとっての大秘宝であった。

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