第26話

 サントロの夢は神殺しになることだった。だから、神殺しであるジナが羨ましくてしかたがない。なぜ、神を殺したのが自分でないのか。なぜ、神を殺せるような機会が自分にはめぐってこなかったのか、それが悔やまれてしかたがない。

「おれの夢は神殺しになることだ。ジナ、あんたが神殺しだというのなら、おれと勝負しな」

 サントロがジナに喧嘩をふっかけた。

「冗談じゃない。嫌。わたしは神殺しになんかなりたくない。神を殺したのは、ずっと昔の、ビッグバンが起こるよりも昔のわたしなんでしょ。わたしには関係ないから。この宇宙が誕生する前にいったいこの八人のそっくりさんたちの間で何が起こったかなんて、まったくわたしには関係ないもの。わたしは勝負とか、殺し合いとかは嫌。ぜんぜん興味ない。神を殺したいというのなら、そこにいるビーキンや、遠い過去からやってきたミタノアのそっくりさんに勝負を挑んでよ。わたしじゃなくてさあ」

 ジナが喧嘩をさけた。

「よし、それなら、ビーキン、おれと勝負だ。おれは意地でも神殺しになりたい。そして、おれという因果律の束縛から解放されるんだ。おれは因果律にも負けない強いやつだってことを証明してみせる」

 そして、サントロとビーキンが睨み合ったのだった。


 サントロには、ビーキンと睨み合ってみて初めてわかったことがあった。それはビーキンの年齢だ。ビーキンの年齢は零歳だった。ビーキンとは何か、創造神とはどんなものなのか、それをあらためて、はっきりと認識できたのだった。

 ビーキンとは、単なる創造神ではない。そんな呼び方をすると、その本質を見落としかねない。ビーキンの正体、それは、ずばり、無のゆらめき。

 ビーキンとは宇宙を創造の一瞬に現われたという無のゆらめきに間違いない。無のゆらめきは、時空が誕生するよりも前に存在した混沌のなかにあった。そのため、無のゆらめきは、ビッグバンから始まる一直線の時空連続体などとは乖離した位置に存在していた。そのため、宇宙の始まりである無のゆらめきが、百七十億年未来に時空連続体と接触を持っても何の不思議もなかった。宇宙をつくった無のゆらめきは、宇宙の百七十億年後に存在していたのだ。

「やめだ。やめ。無のゆらめきは、本当にあったんだ。だったら、おれの出番じゃない。おれはミタノアのいうとおり、平凡な創造神にすぎないんだ。残念だ。ああ、残念だ」

 サントロはため息をついた。

 緊張でぴりぴりしていたミタノアが口を開いた。

「焦るじゃない。また殺し合いが始まるかと思った。神殺しをめぐっての殺し合いなんて、とんでもないくだらない戦いだよ。目の前に、本物の神様がいるのに殺しあうなんて。いい。ビーキンという神さまはとても脆弱な神さまなんだよ。わたしたちの何人かは、ビーキンより強い戦闘力をもっている。だから、ビーキンを殺そうとしては駄目。そっと優しくビーキンを包んであげないと駄目」

 ミタノアがいった。


「さあ、ビーキンへの文句が終わったら、次はミヤウラへの文句ね。ついでにトチガミにも文句がある。いったい、法律って何なの。法律をわたしに教えて」

 ミタノアがミヤウラに聞いた。

「うむ。別に隠しているわけではないので、教えるでござる。法律の第一条は拙者も知らない。おそらく、暴走する機械群を人類に従わせるためのプログラムそのものであるはず。残りの五条についても教えよう。法律は、今から教える六条しかない」


  人類の法律

 第一条 不明。

 第二条 暴走する機械群を一体は残しておくこと。

 第三条 地球を壊してはならない。

 第四条 宇宙鍛冶職人ドウナガタヌキが鍛えた刀を守ること。この刀を持つ者を軍隊と呼ぶ。

 第五条 人類は一人ひとつの発明品をつくり、それを所持すること。

 第六条 以上の五条を犯したものを、軍隊が処罰する。


「それだけわかれば、充分。でも、不思議ね。なぜ、暴走する機械群を人類が保護しなければならないの」

「暴走する機械群とは、三十億年前の人類の英知を結集させてつくった、人類の胎児でござる。我が子の成長を喜ばぬ親がおらぬのと同じように、暴走する機械群の成長を喜ばぬものはおらんでござる。我ら人類は、暴走する機械群の親であるがゆえに、その栄誉は機械群が暴走して成長していくにつれて、大きくなっていくのでござる。正直申して、子が親を越えていくが如く、弟子が師匠を越えていくが如く、被造物が創造主を殺してしまうが如く、暴走して成長する機械群が人類を殺していくことに何の不思議も感じないのが拙者でござる。暴走する機械群のデータを盗みとって、偉大な発明だなどとのたまう人類など、拙者から見れば、なんともいえぬ悪党なのでござる。人類の発明の九割を越えるものが暴走する機械群のデータを特権的に使っている粗暴な行いでござる」

「ふうん。そうなの。でも、これでなんとなくわかった。なぜ、わたしたち八人が『失格者』に認定されたのかが」

「なぜでござる。拙者には何の当ても浮かばぬ」

「無のゆらめきよ。暴走する機械群が、法律を改正しなければならない可能性に衝突して、何らかのシミュレーションを行った。無のゆらめきを発見してしまった暴走する機械群が、それへの対応を人類にゆだねたのよ。結論は、無のゆらめきは人類によって抹殺されるだったわけ。つまり、それが、ジナの神殺しね」

 八人がみんなジナを見た。

 ジナの顔に汗が流れた。まずい。今、ジナは人類史上最高の悪人だと告発されてしまっているようだ。本物の神殺しだなど、まずすぎる。なぜなら、この時代を楽しんで生きたジナにとって、神さまはやはり偉大な存在に思えたからだ。この無のゆらめきは、偉大な宇宙をつくりだすことに成功した存在なのだ。

 ジナは星空を見た。美しい星空が光っていた。宝石のような星々、それすべてが神さまの創造物なのだ。

「わたしが神殺しだとして、いったいみんなはわたしをどうするの」

 ジナがおとなしく質問した。

「どうもしない。あなたは神殺しの複製だけど、わたしとサントロなんて、もっと罪が重いんだから。わたしたちは宇宙滅亡の実行犯だから。宇宙を滅亡させて、この時間にやってきているんだよ。神殺しぐらいが何よ。小さな問題だわあ。気にしなくていいのよ」

 ミタノアが答えた。

「じゃあ、おれたちはこれからどうしたらいいんだ」

 ジェスタが聞いた。

「暴走する機械群の外側、つまり辺境区へ行って暮らすことになりそうね。貧乏でみすぼらしい生活になるだろうけど、我慢するしかない。だって、ビーキンも暴走する機械群も殺してしまうわけにはいかないから。どちらも、わたしの敵だけど、それでも守ってあげたいぐらい感激する存在だから」

 ミタノアがいった。

「これでこの宇宙は救われたはず。無限にわたしがビッグバンをコピーしつづけるような馬鹿げた宇宙にならずにすむ。それだけで、わたしは満足よ」

 その発言を聞いて、リザが気づいた。

 この場にいる八人は誰もリザに気づいていないことに。

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