第24話

 八人は、突然、現われたミタノアにびっくりした。そっくりさんだ。いちばん、びっくりしたのは、二回目の宇宙のミタノアだった。

「そっくりさんか」

 トチガミが聞いた。

「ええ、知らないよお。ひょっとして、未来のわたし?」

 二回目の宇宙のミタノアが聞いてきた。

「ちがう。未来じゃない。過去から来たわたし。ずっとずっと遥かな過去、この宇宙ができるよりも過去からやってきたわたし」

 一回目の宇宙のミタノアが答えた。

「ええっ、そんなに過去から」

 二回目の宇宙のミタノアは激しく驚いた。呆然とした目で、自分のそっくりさんを見つめた。似ている。そっくりだ。

「この宇宙は、わたしがもとのビッグバンをコピーしたビッグバンによってできているコピーの宇宙なのよ。ここは二回目の宇宙なわけ」

 一回目の宇宙のミタノアが説明した。

 八人が八人とも、そのことばを理解するのにしばらく時間がかかった。ここが、二回目の宇宙だというのだ。突然には信じられない。

「時間旅行者のようだな」

 ジェスタがいった。

「二回目だという証拠はあるのか。なぜ、三回目でないといえるんだ」

 ジェスタが深く突っこんだ。

「ぞっとするようなこといわないでよ。もし、ここが三回目の宇宙だとしたら、それはわたしが二回目の殺し合いを止めることに失敗したことを意味するのよ。いい。あなたたちはこれから殺し合いをしようとしてしまう。それをやめなさい。殺し合いで解決してはいけないのよ」

 一回目の宇宙から来たミタノアがいった。

「確かに殺し合いは望むところではない。だが、暴走する機械群をなんとかしなければならない。そこで、おれにいい考えがあるんだ。実はおれは、暴走する機械群を倒せるぐらいの力を持っているかもしれない」

 ジェスタがいった。

「ちょっと待った。あなたのいい考えは、決していい考えではない。一回目の宇宙を見てきたわたしにはわかる」

「そ、そうなのか」

 ジェスタはうろたえた。

「あなたのいい考えは、八人が殺し合いをする考えなの。絶対に賛成できない」

 一回目の宇宙から来たミタノアは強く断言した。

「おおっとお。本気で殺し合いをしたら、勝つのは誰かな」

 トチガミが茶々をいれた。

「わたしよ、わたし。本気で殺し合いをして、勝ったからここにいるのよ。勝ったからここに来てるの。トチガミ、あなたの正体もわかっているんだから、おとなしくしていなさい」

「おれの正体を知っているのか。そいつはすげえ」

 トチガミは本気で賞賛した。

 ここが二回目の宇宙だという真実に八人はうすうす気づきつつあった。それぞれの持つ拡張感覚器が、この宇宙がコピーされた宇宙であることをそれとなく示しているからだ。

 だが、そう簡単には自分の意思を変えるほど、やわな感情を持っているわけではなかった。ジェスタはミタノアのことばを聞いた後でも、なお、天体反動銃を使おうとした。

「おれはここが二回目の宇宙だとしても、おれの確信する道を進む。人類を滅ぼしてでも、暴走する機械群をすべて滅ぼしてでも、おれが生き残ってやる。暴走する機械群からの一方的な、人類の権利剥奪を甘んじて受けるほど、おれは甘くはない。見てろ。おれの天体反動銃の威力を」

 そういって、ジェスタは天体反動銃を作動させ、アルファ・ケンタウルスを指定した。アルファ・ケンタウルスの自転と公転が止まり、天体反動銃に、回転するはずだったエネルギーが溜まっていく。

「時間旅行者のミタノア、あんたは八人の殺し合いにたった一人で生き残ったといったな。はたして、この銃を作動させたおれに勝てるのかな」

 ジェスタは試しに一回目のミタノアに聞いてみた。

「当たり前でしょう。前の宇宙でも、あなたはわたしにいいように転がされて、それは無残なものだったわあ。今度はいきなり種明かしをしてあげる。わたしの発明品は複写機なの。何でも、そっくり同じものを作り出すことができるの」

 そういって、一回目のミタノアは天体反動銃の複製を一個作った。

 ジェスタは面食らった。ミタノアが自分の生涯をかけて完成させたに等しい発明品を一瞬で作り出したからだ。

「これで、少なくとも、ジェスタとわたしは互角。でも、それだけじゃ、終わらない。わたしは複製を二つも三つもつくることができる。さあ、三台の天体反動銃に勝てるかなあ、ジェスタ」

 ミタノアは話したとおりに、三つの天体反動銃を複製で創出して、ジェスタの前に並べた。ジェスタは降参せざるをえなかった。三倍の速さで天体の自転を止めていくミタノアの天体反動銃たちに勝つ見込みはほとんどなかったからだ。

「まいった。まいったよ、本当に。そうか、複写機の持ち主がこの宇宙でいちばん強いものだったのか」

 ジェスタはかなりの失望を感じて、落ちこんでしまった。

 ミタノアはそれでも焦っていた。ここでジェスタを説得しきれば、歴史が変わるからだ。八人が殺しあうという忌まわしい歴史を変更して、この複製された宇宙では、もっと仲良く遊べる歴史にしたかった。

「ジェスタ、天体反動銃で暴走する機械群と戦うのをやめるんだね。はっきりといって。戦わないって、はっきりといって」

 詰め寄るミタノアにジェスタは力なく答えた。

「ああ、あきらめるよ。おれは暴走する機械群と戦ったりはしない。おれの発明品はどこかだれも気づかないようなところに封印しておくことにするよ。放り投げるには危険すぎる力を持った道具だからね」

「やった。本当ね。これで、一回目の宇宙とは歴史が変わる。もう、ジェスタの天体反動銃のエネルギーを取り合って殺しあう必要はなくなった。最高にいい気分。勝ったのは、わたしね」

 ミタノアがいった。

 それから、ミタノアにはぜひしておかなければならないことが残っていた。これだけは譲れない確認しなければならないことが残っていた。それはビーキンの弾丸だ。今いる宇宙を作ったのはミタノアの複写機だが、その複製の原型をつくったのは、ビーキンの弾丸だからだ。ミタノアたちはみな、ビーキンの弾丸のつくりだした因果律に従って生きているのだから。決定論を持ち出すなら、ミタノアたちはすべてビーキンの弾丸の傀儡にすぎないのだから。

 ミタノアはその場で話を聞いていたビーキンに詰め寄った。

「ビーキン、質問してもいい? あなたの弾丸を鋳造したのは誰なの?」

 聞かれたビーキンは急に変なことを聞かれたので、首をかしげた。

「おれの弾丸はおれが鋳造したに決まってるじゃないか。この五秒前砲はおれの発明品だからなあ」

「どんなふうに鋳造したの? だれか他の人物の力を借りたりとかはしていないの? 完全な手製だと自信を持っていえるの?」

「いえるね。おれは全身全霊をこめて一発一発の弾丸を鋳造している。なぜなら、おれの銃は撃つたびに時空連続体に穴を開け、新しい因果律をつくりだすからだ。いつ、どの瞬間に着弾しても時空連続体を作り出すことのできるように、念入りに弾丸を鋳造している」

 それを聞いて、ミタノアは涙を流しそうになった。

「じゃあ、ひょっとして、あなたはわかっていて、そんな銃と弾丸をつくったの。本当の本当なの。なんて、ことなの。わたしは愚かで傲慢な女だった。あなたは、知っているのね。自分がこの宇宙の創造神であることを。なんてことなの。わたしは、この宇宙はただの偶然できたんだと思っていた。それなのに、ちゃんとビーキンという意思が因果律を組み立てていてくれたんだね。ごめんなさい。本当にごめんなさい。わたしはあなたの宇宙をめちゃくちゃにしてしまったわあ」

「当然、わかっているさ。おれが宇宙をつくった創造神なんだとね。この宇宙のことなら、おれはなんでもわかるんだ。なぜなら、おれが全知全能な創造神なんだからね。もし、おれが死ぬことがあるとしたら、それは死んだんじゃなくて、形を変えたにすぎないんだ。おれはこの宇宙のあらゆるところに偏在している」

 ビーキンはどうどうといった。

 ミタノアは涙が止まらなかった。

「どうしてなの。なぜなの。このくだらない宇宙に、それでも、大好きなこの宇宙に、わたしがもたらしたのは、破壊とくだらない複製された宇宙の模型だった。ひょっとしたら、無限につづくかもしれない被造物による創造の複製の連続を、わたしがつくりだしたのかもしれない。ごめんなさい。わたしは本当に、ちょっとだけ、自分がこの宇宙の創造神なんじゃないかと考えてしまっていた。そんなに傲慢な女、めったにいないよね。ごめんなさい。サントロに何の文句もいえないわあ。わたしも平凡な創造神にすぎないんだもの。他人の宇宙を複製しただけだなんて、最も平凡な創造神じゃないかなあ」

 八人は、一回目の宇宙から来たというミタノアの涙を呆然と眺めているしかなかった。八人は八人とも、自分たちが目の前の人物のつくりだした複製にすぎないことに、とても魂の虚ろになる感覚を抱いていたし、宇宙をひとつ丸ごと複製したという女の話の壮大さになかなかついていくことができなかった。

 ミタノアはしゃべりつづけた。

「でも、うれしい。やっと夢が叶った。わたしの夢は、この宇宙の創造神に会って、この宇宙のくだらなさに文句をつけてやることだった。ビーキン、いわしてもらうけど、この宇宙もまだいまいちよ。前の宇宙や、その前の宇宙はもっとくだらない宇宙だったけど、わたしはこの宇宙でもまだ不満なの。なぜ、夢をもった若者が挫折していかなければならないのかなあ。なぜ、愛し合った二人が別れ別れにならなければならないのかなあ。なぜ、この宇宙がもっと笑いに満ちていないのかなあ。それは、ぜんぶ、この宇宙の因果律を練ったビーキン、あなたの責任なのよ。あなたのつくった宇宙は本当に、まだまだ。わたしが満足する宇宙になるには、まだまだよ。どうなの。なぜ、こんな宇宙にしちゃったの。答えてよ、ビーキン」

 その問いに、ビーキンは答えた。

「すべてはおれが満足する瞬間が一瞬でも存在するかにかかっていた。それ以外のことを考える余裕なんてなかったんだ」

 それから数十分の間、うきうきとうれしそうにミタノアはビーキンにこの宇宙のどこがくだらないかをとうとうと語りつづけた。ミタノアの夢が叶った時間であり、この宇宙が幸せであるべき時間だった。

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