第20話

「もうすぐ、すべての星の回転が止まる。宇宙が死ぬんだ」

 サントロがいった。

 天体反動銃はあと少しで、この宇宙すべての星の回転を止めてしまうところだった。あと少しだ。二十秒もかからない。

「宇宙が死ぬのではござらん。ただ、そのあり方を変えて変化するにすぎん。焦りすぎであるぞ、サントロ殿」

 ミヤウラがたしなめた。

「いいや、死ぬんだ。少なくとも、宇宙がその根源的な本質の一部を失って、解きほぐれるはずだ。その時、まだ未解明の宇宙の本質を垣間見るのかもしれない」

 サントロがいった。

「拙者の刀を見よ。これは遥か昔に宇宙鍛冶職人ドウナガタヌキが鍛えた一本の刀でござる。これが存在するということは、かつて一度はすでに、人類がこの宇宙の形を変えてしまったという証拠でござる。あまり心配なされるな。宇宙工学というものは、確かに人類のどこかに継承されておる。お主もその一人でござろう」

 ミヤウラが指摘した。確かに当たっていた。サントロは未熟な宇宙工学者の一人だ。そして、本人にその自覚はなくとも、死んでしまったジェスタも、もうすぐ宇宙工学者といえる存在に変わるだろう。サントロがビッグバンを起こすために握っている道具は確かにジェスタがつくったものなのだから。いや、正確には、ジェスタがつくったものをミタノアがコピーしたものだが。

 すべての星の回転が止まればエネルギーは最大になる。その時、サントロはスイッチを押そうと考えていた。ビッグバンのスイッチを。

 平凡な創造神か。かつて、ミタノアがいったことばが頭をよぎる。サントロのつくる宇宙が、今のこの宇宙より面白い宇宙になる可能性は低かった。サントロは平凡な創造神になるのかもしれない。だが、思い止まるわけにはいかない。異端の研究者といわれ、異端の異端を歩いてきたサントロには、ここで決してしまう決意があった。

 一方、目の前にいるのはミヤウラだ。たった一人で軍隊と呼ばれ、人類の正統の正統を継承するものだ。負けるわけにはいかない。

 時間が来た。この宇宙のあらゆる天体の回転が止まった。この宇宙のあらゆる位置エネルギーが一箇所に集まったのだ。


  終末を伝えるべき預言者に言語障害があった。

  世界はとうとつに終末を迎える。

  血が。

  すべての星に、血の雨が降った。

  べっとりとした血が空から大量に流れ落ちてきた。

  死んだのだ。

  神が死んだ。

  この神は脆弱だ。

  ああ、なぜ、かくも神は弱いものなのか。

  そして、すべての星の天に、階段が現われる。

  空から地上へと降りる階段を、大勢の喪服の葬列が降りてくる。

  喪服の使者は、神の死を伝えるために。

  その空までとどく階段は、あまりにも長く。

  使者はゆっくりゆっくりと降りてくる。

  どこまでもつづく喪服の行列よ。


 サントロはビッグバンのスイッチを押した。起爆する。

 ここで、サントロの名前の由来について説明しておこう。ニトロという薬物がある。酸素がなくても爆発するため、その爆発の速さは音速を超え、衝撃波を発生させる。サントロとは、ニトロの一段階、上だ。質量がなくても爆発を起こし、その爆発の速さは光速を超え、インフレーションを発生させる。

 爆発が起きた。ビッグバンという爆発が。ついにサントロの実験は成功して、空間をもつ宇宙空間が誕生した。

 と同時に、閃く一閃の刃があった。ミヤウラの宇宙鍛錬刀だ。

 切っていた。サントロの発生させたビッグバンを、真っ二つに両断していた。直撃だ。ミヤウラの刀は正確無比にサントロの発生させたビッグバンを切りつけていたのだ。

 ビッグバンはかき消された。

 返す刀で、サントロの胴体を真っ二つに切断する。上半身と下半身が二つに分かれて飛ぶサントロの死体。ミヤウラが宇宙鍛錬刀を振るたびに、その通過線上のものが切れていく。大地が切断され、また、ミヤウラたちの立っている足元の床も切れていく。

「そんな」

 サントロの最後のことばだった。

 強かった。たった一人の軍隊と呼ばれる男は、ビッグバンより強かった。

 サントロ対ミヤウラ。ミヤウラの勝ちだ。

 どうでもいいことではあるが、これで、最初の四対四の争いは、一対一となったのだった。

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