第16話

 その頃、トチガミは大量の監視装置を派遣して、残りの三人の様子を追っていた。ミタノアは時間移動してしばらく消えていたし、探索は困難を極めた。だが、なんとかサントロの位置をつかんだ。次はミヤウラだった。だが、ミヤウラを探すのは難しかった。

「あの野郎、辺境区へ逃げやがったな」

 トチガミは面倒くさがった。辺境区とは、まだ暴走する機械群が居住区を完成させていない宙域のことだ。およそ、そんなところへ行く人類はほとんどいない。天の川銀河のなかには、そんな場所はほとんどないのだが、それでも、なぜか建設が進まない謎の穴のような宙域がいくつか存在した。そのうちのひとつに、ミヤウラは移動したようなのだった。

 ミヤウラの発明品が一枚の無料パスポートだったのも、常日頃から辺境区に移動するため、どうしても必要なものだった。

 だが、トチガミの監視装置は辺境区だからといってかまわずに侵入していった。辺境区に入れば、ミヤウラはすぐに見つかった。辺境の小惑星にひとり、ぽつんとミヤウラは座っていた。

 ミヤウラは動かない。ぴくりとも動かない。座禅を組んだまま、呼吸をする以外の行動をいっさい行っていなかった。その動かないさまはまるで不動明王の様でもあった。

 まず始末をつけるべきは、ミタノアとサントロの方だな。と、そうトチガミは判断した。それで、二人のいる時間旅行者の公園の隣に向かって、高速で移動を開始したのだった。同時に、余分なところに派遣した監視装置を回収し始めた。

 ちょっと見当違いな所をうろうろしてしまったためか、二人のところにたどりつくのに、数時間かかってしまった。

 出会ったばかりのところであろうか。

 ガンッ。

 トチガミの頭部がふっとばされた。

 見ると、ミタノアの左手には、銃を内蔵した心臓のような構造物があり、その心臓から無数の配線が血管のように張りめぐらされて、垂れ落ちていた。ミタノアがトチガミの武器をコピーして撃ったのだ。早撃ち勝負に、ミタノアが勝ったといえた。

「あなたの銃って、心臓にあるのね。格好いいわあ」

 ミタノアは冷静な声でしゃべった。

「まさか、負けたのか、このおれが」

「あら、急所に当てたのにまだ話せるのね。危険かなあ」

 トチガミの頭部はなくなり、機械の喉だけが動いて発声していた。

「このおれは地球なんだぞ。おれこそが、地球の正統継承者なんだぞ。法律上の地球の所有権も、ちゃんと、このおれにあるんだ。それをわかっていて、撃っているのか」

「法律なんて見たことないわあ」

「確かに、暴走する機械群のなかで暮らしていれば、法律なんていっさい関わることがないのかもしれない。だが、ありえねえ。おれが死ぬのかあ。すまねえ、みんな、すまねえ」

 トチガミはかすれた悲鳴をあげて、ふらふらと重心を崩して、ばたりと倒れた。こうして、トチガミは死んだ。

 だが、二十六億年を生き、何千万回の死を経験してきたサイボーグであるトチガミは、これくらいのことで完全に死を迎えたりはしなかった。地球が自転を止め、その核の流動が止まってしまい、ダウンロードされていた人格がほぼ消滅してしまったとはいえ、トチガミを再構成させる機能はまだ生きていた。

 木の葉が舞い、生ぬるい風が吹きつけるなか、ミタノアとサントロはこれから行うビッグバンの前にやりのこしたことがないか、慎重に相談していた。その相談は数時間に及んだ。その数時間の間に、再び、トチガミが二人の前に姿を現したのだった。

 ただし、その人格は、ほぼ消えていた。

「……おれは……だれ……おまえは……だれ……」

 新しく現われたトチガミはそういった。記憶喪失になったようなものだ。完全に何もかもを忘れているのだ。

「……ここはどこ……緊急事態……」

 トチガミは二人に目の焦点を合わせることもなく、ふらふらしていた。

 どう対応していいのかわからずに、ミタノアとサントロは顔を合わせた。困ってしまった。何も知らない赤ん坊を拾ったようなものだ。育てる気にはまるでならない。

「あなたはおバカさん、わたしたちは宇宙の支配者よ」

 ミタノアがそういった。

 トチガミがそれを認識する。

「……おれはおバカさん……わたしは……宇宙の支配者……」

 ふらふら、ふらふらとトチガミが揺れた。

「そういえば、試験がまだだったじゃない。トチガミって」

「試験?」

「ブラックホールに勝てるかの試験よ。勝てるかなあ。ちょっと待って」

 そういって、ミタノアはトチガミの心臓のコピーを置き、天体反動銃を持ち出した。

「この道具、うまく動かすとブラックホールの位置、動かせるのよね」

 そういって、苦労して天体反動銃を操作した。ジナの極小ブラックホールを動かして、目の前まで持ってきて、トチガミにぶつけた。

「……おれ……だれ……知らない……教えれない……」

 バシューンッ、と極小ブラックホールが当たり、トチガミはまたふっとんで消えた。

「やっぱり勝てないみたいね」

 そう、ミタノアがいった。もう、思いついたことは何でもやってみる、そんな気分だった。

 それから、しばらくすると、またトチガミがやってきた。

「……おれ……だれ……なにをすればいいの……」

 記憶喪失状態のトチガミがいった。このまま、記憶喪失のトチガミが際限なく繰り返されて再構成されつづけるのだろうか。

「あなたがしたいことをすればいいのよ」

 ミタノアがいった。

「……ことば……わからない……おれのしたいこと……守る……」

 サントロが凍りついた一点を投げた。バシュウンッ、とトチガミが消えた。

「余分な知恵をつけさせるな。やはりトチガミは危険だ。このまま学習をつづければ、また、おれたちを襲ってきかねない。トチガミを完全に抹消するべきだ」

 ミタノアは無言でうなずいた。了承したのだ。サントロが何をする気なのかはわかっていた。

 サントロは凍りついた一点をぽいっと地球に向かって投げた。凍りついた一点はそのまま地球に当たり、地球を丸ごと呑みこんで消してしまった。

 地球が消滅したのだ。これでトチガミはもう生き返らない。人類の故郷である惑星は、サントロにとっては他の惑星と同じ、一惑星にすぎなかった。地球に特に何の思い入れもないサントロによって、地球という惑星は破壊されてしまったのだ。もう二度と生き返ることもないだろう。地球に住んでいた何兆人かの人々も一緒に行き絶えてしまった。この時点でサントロは大量虐殺者になったのであり、さまざまな監視の目がそれを許したりはしなかった。

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