第12話

 リザ。八人のなかで最もおとなしかった女だ。リザにはリザの発明品があった。それはとある特定の場所に置いてあり、ずっと機能していた。

 リザは血や争いごとを見ると、血の気が引くほどに緊張する性格だ。人類が、そして異星種族が、争いごとを起こすたびに嘆き悲しんできた。争いごとなど、この世界から消えてなくなればいいのに、と思っていた。争うことは嫌なことであり、リザは徹底して非暴力をつらぬいていた。争うことをやめ、お互いに手をとり合って協力しあえれば、どれだけ楽しく世界を動かしていけることか。それをもっと多くの人にわかってもらいたかった。

 リザからしてみれば、今度の四対四の争いごとも実に愚かな企みごとだった。自分もいつの間にか、反対派、穏健派という勢力に分類されてしまって、片方の仲間の一員に数えられているのが不思議だった。リザからすれば、争いごとを起こす連中とは、どちらの仲間にも入りたくないのだった。

 そんなリザではあったが、決して、この争いにまったく無関係だったわけではない。ちゃんと観戦していた。人類の滅亡などという大袈裟なお題目を掲げるジェスタたち四人を放っておくわけにはいかなかった。無関心を装うというのも、リザの嫌いなことのひとつだった。争いごとを見て、まったく何の助けにも出ないのであれば、それはリザの嫌う残酷な連中と大差ない良くない生き方をする輩であった。だから、リザは見ていた。四対四の争いを、ちょっと離れたところからではあるが、ちゃんと見ていた。見て、考えていた。決して部外者ではないつもりだった。

 ビーキンが死んだことをちゃんと知っていた。ジナが死んだこともちゃんと知っていた。トチガミが何度も死んでいることをちゃんと知っていた。遠く距離をとってではあるが、ジェスタたちをちゃんと追いかけていたのだ。

 そして、昨日から星の回転が止まり始めた。犯人がジェスタなのは明白だった。なぜ人は争い苦しむのだろう。リザの悩みだった。

 リザはジェスタたちのもとから逃げてきたサントロに出会った。

「おおい、やばいぞ。たいへんだぞ。あいつらは本当の性悪な悪党どもだ。このまま、本当に人類は滅亡するかもしれないぞ」

 そう、サントロはいった。人類が滅亡する? ジェスタが暴れたぐらいで? それはありえなかった。

 気づいてない。リザは思った。

 サントロはまだ気づいていない。

 リザにはリザの戦い方があった。その戦い方に、まだサントロは気づいていない。リザに気づいていないのだ。

 リザは無言だった。おとなしい女だ、そうサントロは思った。

 五分ぐらい黙っていた。ずっとずっと黙っていた。

「人類が滅亡するなんてことがあると思う?」

 リザがサントロにたずねた。

 やっとしゃべったと、サントロは思った。

「人類の滅亡? そりゃ、あるさ。例えば、ある時、突然、おれがビッグバンを起こしたとしたらどうする。人類は滅亡しちまうぞ」

 ビッグバンか。それはたいへんだ。でも、大丈夫。今ここでビッグバンが起こっても、あれは壊れたりしない。あれさえ壊れなければ、大丈夫。

 また五分ぐらい沈黙があった。

 リザは五分ぐらい黙っていた。

 リザはあまりしゃべらない女だった。

「ビッグバンは起きない。あるいは、起こっても人類は滅亡しない」

 リザはそういった。

「根拠は、根拠はなんだ。何の根拠があって、そんなことがいえるんだ。おれはいつでも実験してるぞ。ビッグバンを起こす実験をな。そいつが成功したら、もう終わりなんだ。何もかもが消し飛んで、それで、みんな、いっかんの終わりなんだ」

 サントロがいった。

「気をつけろよお。もし、ビッグバンが起きたらなあ、そいつはおれが起こしたんだと思ってもいいぞ。まず、まちがいないからな。ビッグバンが起きたら、そいつはおれなんだ」

 サントロがつづけていった。

 リザはまた五分くらい黙っていた。

 根拠か。根拠に気づかれたらやばい。少し、しゃべりすぎたかもしれない。

 五分間の沈黙ののち、リザがまた口を開いた。

「ねえ、サントロ、神さまっていると思う?」

 その質問にサントロはすぐさま答えた。

「ああ、いるさ。おれが神さまだ」

 その答えに満足して、リザは五分後に、にっと笑ったのだった。

 リザはサントロが好きになった。だけど、サントロは別の用事があるらしくって、いろいろなことをしゃべったあと、走ってどこかへ行ってしまった。

 まあ、本当のところ、サントロは逃げていったのだ。トチガミたち三人のだれに会っても殺される気がして、三人が少しでも近づいた気配を見せたら、走って逃げていたのだ。

 サントロがいってしまうと、あとからミタノアがやってきた。

 気づいていない。

 ミタノアはまだ気づいていないと、リザはすぐに思った。

「ねえ、聞いた? トチガミって、地球なんだって。トチガミって、地球の人格そのものらしいよ。びっくりだよねえ。ジェスタの死なんかより、遥かにびっくりだわあ」

 ミタノアがいった。

 リザは黙っていた。

「それに、ジェスタの道具はやっぱりすごいものだった。本当に人類は支配される。少なくとも、人類はとんでもない大損をこうむることになる。ジェスタの道具は、みんなから、あるいは、存在するものすべてから、位置エネルギーを奪っているのよ。位置エネルギーを原理に動く動力はすべてが故障するか停止することになると思う。考えられない量のエネルギーよ。ジェスタはやっぱり一個の天才だったのね」

 そう、ミタノアがいっても、やはりリザは黙っていた。関係がない。重要ではない。やはり、ミタノアはまだ気づいていない。

 それよりも、リザには他に気になることがあった。

 五分ぐらいたってから、リザの方から話しかけた。

「あなた、時間旅行するでしょう、ミタノア」

 リザはいった。

 そういわれたミタノアは、ちょっとびっくりした。三十億年後の未来、時間旅行をする人は決して珍しいものではない。しかし、それをずばり言い当てられると、少しどきっとするものがあった。

「するわあ。ははあん。あなたも時間旅行するのね、リザ」

 ミタノアが答えた。

 リザは黙った。気づいていない。時間旅行をするのに、わたしを知らない。

 ミタノアはうきうきと急に喜びだした。とても楽しそうだ。

「興味深いなあ。ひょっとしたら、とんでもなく口をすべらせたのかもしれないんじゃない。あなたがどこかの時間に自分の拠点を築いていたなんて、ぜんぜん気づかなかった」

 ミタノアがいった。

 気づかれた。リザは思った。でも、いいの。あれを見て、彼女はいったいなにを思うかなあ。あれを見ても、まだ、わたしの邪魔をするというのなら、それならそれでいいの。

 リザは黙っていた。

「あなた、過去のどこかの時代を征服しているのね。あなたのことが歴史に登場していたかもしれないなんて、とても嬉しいことね」

 やっぱり気づかない。ひょっとして、ミタノアは最後までリザに気づかないかもしれない。

 五分がたった。

 リザがしゃべった。

「わたしの勝ちよ」

 リザはそういった。

 いわれたミタノアはきょとんとした。

「あはははははははっ、あなた、この状況で自分が勝てると思っているの? まあ、いいわ。許してあげる。それくらいに、今、とても面白い状況なの」

 ミタノアが笑った。

「勝手に自分が勝ったと思ってればいいんじゃない。じゃあねえ」

 ミタノアはそういい残して、余裕の笑みでリザの前から去っていった。

 ミタノアは行ってしまった。

 ミタノアが行ってしまうと、辺りは静かになった。

 希望とは何なんだろう。リザはそう思う。希望とは、最後が幸せで終わることなのだと思う。だから、最後が幸せなら、それでいいのじゃないかと、そう思ったのだった。リザは時間旅行をして、宇宙の最後に行ってみたのだった。宇宙は最後、ビッグクランチを起こして、宇宙大凝縮によって一点に収縮して無に返る。その最後の七日間を見てきたのだった。最後が幸せに終わることが希望だと思うリザは、宇宙の最後の七日間を特大に幸せにして帰ってきたのだ。すべての宇宙種族にとって幸せな楽園をつくって帰ってきたのだ。それだけで、この宇宙には希望があると、リザには感じられたのだった。

 そして、リザのつくった幸せな七日間を崩すことができないように、宇宙最後の日に、時の置き石を置いてきたのだ。時の置き石は、どんな時間変更にも負けずに、宇宙最後の七日間をリザのつくったとおりになるように因果律を集束させてしまう。この時の置き石こそが、リザの発明品なのだった。

 あの時の置き石に気づかれさえしなければ、リザは満足なのだった。現在の時間で何が起こっても、リザの決めた終末を迎えて宇宙は終わるのだ。そして、それは誰にとっても幸せな終末なのだから。

 リザは服を編むことにした。暴走する機械群の内側にいる以上、自分でつくらなければ、誰もそれを与えてくれないからだ。服を編むのは初めてだったが、頑張ってるつくるしかなかった。リザが一生懸命服を編もうと、糸をよりわけていると、そこに来訪者があった。トチガミだ。

「なんだあ、服を編んでやがるのかあ。びっくりだぜえ」

 トチガミは来るなり、わめいた。

「とにかく今は冗談じゃねえ状況だ。本当に冗談じゃねえ。いいかあ、地球が死にかけてるんだ。こんなことは本当に冗談じゃねえ。ジェスタの装置は確かにいかれてやがったぜえ。ぶっ壊してやったがなあ。だが、冗談じゃねえ。ぶっ壊しても、解決しねえなんてのは想定の範囲外なんでなあ。こいつは今、ちょっと複雑な状況に遭遇したと考えるほかねえ」

 そういうと、トチガミは一呼吸おいた。そして、ぐいっと顔をリザの前に近づけた。

「いいかあ、絶対に誰かが何かを企んでるんだ。そうでなければ、こんなことが起こるわけがねえ。くりかえすぜえ。絶対に誰かが何かを企んでるんだ。まちがいねえ。そこでだあ。ひょっとして、企んでいるそいつはおまえじゃねえのか」

 トチガミの声はあいかわらずかすれていた。

「企むって何を」

 リザが答えた。

「当然、天体の回転をだ。なぜ、天体の回転を止めたままにするのかをだ」

 気づいてない。リザは思った。トチガミは、リザの時の置き石に気づいていない。気づいていれば、そんなことはどうでもいい些細なことのはずだ。

 五分間、リザは黙っていた。

 そして、五分たってからいった。

「わたしから見れば、あなたもジェスタも短命のものよ。短い寿命を終えて死んでしまうのよ」

「おれが短命? この二十六億年生きてきたおれが短命? いいか、おれの年齢を教えてやる。二十六億歳だ。その間に何千万回と死んだがな。わかったか」

 リザはまた五分黙った。

「わたしの勝ちよ」

 リザがいった。

 げはははははははっとトチガミが笑った。

「そうかもな。そうかもしれねえ。おれにはもう何が何やら、本当にわからねえんだ」

 ガンッ。

 トチガミの銃が撃たれて、リザの頭をふっとばした。リザが死んだ。この宇宙の最後の七日間に幸せをもたらした女は、自分の延命を考えるサイボーグによって殺されてしまった。短い人生だったといえるが、本人は満足していた。

「悪いが、疑わしいやつは、みんな、殺させてもらうぜえ。もう、一個の余裕もないんでな」

 トチガミが死体に向かって呟いた。

「くそっ、天体の回転の停止がまだ止まらねえ。いったいどうすればいいんだ」

 トチガミは焦った。

 ついでにいっておくと、もはや敵味方入り乱れてきてしまったが、最初の四対四の戦いは、これで二対二になったのである。

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