第11話

「まったく、とんでもないことをしてくれたぜえ、ジェスタよお。まさか、こうなるとは思ってなかったぜえ。正直、おまえはやりすぎたぜえ、ジェスタよお」

 トチガミが低い声で怒鳴った。しゃべりすぎで声がかすれていた。

「ははははははははっ、トチガミかあ。おまえのようなやつでも来てくれて嬉しいぞ。一人で退屈していたところだ。よく来てくれた。これがおれの予定していた人類支配だ。びびっただろう、トチガミ。おれはおまえの正体に気づきはじめているぞ」

 ジェスタが満面の笑みで答えた。

「おれの正体に気づいただと。ありえねえ、ありえねえ。何のことだか、さっぱりわからねえ」

「おまえの人格バックアップがどこにあるのか、わかりはじめたっていうことだよ」

 トチガミがざっと壁いっぱいまで後ろに跳びはねた。それを気づかれるということは、トチガミの死を意味しかねない。トチガミは自分の体より大事な人格バックアップを何があっても守らなければならない。トチガミの三十七ある感覚器が最大稼動して周囲の状況を探った。

 気づいたのかもしれない。ジェスタならそれはありえた。なぜなら、今、その人格バックアップはジェスタによって攻撃を受けているからだ。ジェスタがその手ごたえを感じとったということは、充分にありえるかもしれない。

「気づいたのか。いったいどのミスでだ。おれはいったいどんなミスをした。考えられねえ。気づいててやってるのか、おまえは」

 トチガミがうめく。

「ああ、前におまえが死んだ時にな。この宇宙のどこが反応するのか、一応、探知してみたわけだ。そして、それを刺激してみた手ごたえでは、まずまちがいなくね」

 ジェスタが詰め寄った。

「ああ、まあいい。おれの人格バックアップの話は置いておこう。どうせ、当たっちゃ、いねえ。おれはそんな用事ではここに来ちゃあ、いねえんだ。おれの話はそうじゃねえ。地球のことだ。地球の自転を止めちゃあ、いけねえぜえ、ジェスタよお。そいつは、やりすぎだぜ、ジェスタ。いったい何人の人が地球に住んでると思ってるんだ。億じゃきかねえんだぜえ。兆だぜえ、兆。おれはそのことで話し合いに来たんだ。おまえさんに地球の自転を止めるのだけはやめさせようと思ってなあ」

 ジェスタはさらに満面の笑みを浮かべた。

「その地球だろう。わかってるよ、トチガミ。おまえが何を隠したがっているのかもな。おまえの正体をいってやろうか、トチガミ」

 トチガミは沈黙した。

 もう、完全にばれているのは明白だった。どうしていいのかわからずに、じっとしていた。

 トチガミは、ジェスタが自分からそれをいうのを待った。

「おまえは、地球の地磁気に人格をバックアップしたサイボーグなんだ」

 ジェスタがいった。

 たしかに、そのとおりだった。トチガミは地球の地磁気を書きかえて、人格データにして誕生したサイボーグなのだ。地球の地磁気の人格データをもとに、人の神経細胞を組み上げてトチガミという人格をつくる。トチガミとは、二十数億年前に生まれた幸運なひとりの少年にすぎないのだ。全人類のなかから抽選で選ばれたのだと、トチガミを作った技術者たちはいっていた。一度、サイボーグになったあとは、何千万回の死を経験して、今に至っていた。

 地球という惑星の寿命がトチガミの寿命だった。人の一生より、遥かに長く生きることができる。永遠ではないが、久遠であるとトチガミはその寿命について考えていた。地球こそがトチガミの体、地球の寿命こそがトチガミの寿命。だから、限りなく不死に近いとトチガミは吹聴して生きていたのだ。

 それが、今はちょっと具合の悪いことになっていた。地球の自転が止まってしまったのだ。これはたいへんに困ったことだった。地球の地磁気は、地球の核である鉄が流動することによって生まれる。その地球の鉄の流動を人工的に操作することによって、トチガミという人格をつくりだしている。そのため、ジェスタによって自転を止められた地球からは、トチガミという人格データが劣化しつつあったのだ。

 トチガミはもう死ぬことができなくなっていた。トチガミが死んでも、もうトチガミを再構成することができなかった。このままでは、これが最後の一生になってしまうのだ。トチガミは非常に焦っていた。

「いいか、ジェスタ。早く、地球の自転をもとに戻すんだ。そうしないと、とんでもないことになるぞ。地球は人類の故郷だぞ。それを殺すなんてことはおおよそ考えられねえ。いいか。おれこそが地球、おれこそが人類なんだ。おれは何千万回も死をくりかえしながら、ずっと地球を守ってきたんだ。それをここで終わらせるわけにはいかねえ」

 トチガミがいった。

「おまえにとって、地球に住む人々とは何なんだ、トチガミ」

「ああ? そんなやつらは地表を這いずりまわる虫けらにすぎん。重要じゃねえ。だが、地球は別だぜえ。地球は大切なみんなの故郷だからな。暴走する機械群がずっと三十億年間、人類を守ってきたように、おれはずっと二十六億年間、地球を守ってきたんだ。おれこそが地球の守護者だ。このまま、地球の自転を止めさせるわけにはいかねえ」

 ジェスタは黙ってしまった。

「取り引きといこうぜえ、ジェスタ。地球の自転さえ元に戻せば、おれはあんたに絶対な忠誠を誓うぜえ。地球の自転さえ元に戻ればそれでいいんだ」

 ジェスタは黙ったままだ。

「最初にビーキンと戦ってやったのもおれだぜえ。あんたは、おれがどんなに働き者かをもう一度、見直すべきだぜえ。なあ、おれを手下にして損はないぜえ」

 ジェスタはまだ黙っていた。

「最後の警告だ。ジェスタ、地球の自転を元に戻せ」

 ジェスタは意を決し、天体反動銃を使おうとした。

 ガンッ。

 トチガミの撃った弾丸が、ジェスタをふっとばした。目にもとまらぬ早業だった。

 ジェスタが死んだ。人類を支配し、暴走する機械群と戦おうとした首謀者が死んでしまった。

「いっただろう。生身のおまえらがおれより速く撃つなんてことはまず考えられないんだよ」

 死んだジェスタの死体に話しかけたトチガミは、そのまま歩いてジェスタの天体反動銃を手にとった。

 そして、地球を指定して、自転を元に戻そうとした。だが、戻らない。地球の自転は止まったままだ。

「どういうことだ。冗談じゃないぜえ」

 試しに、他の天体の回転を元に戻そうとしてみたが、やはりうまくいかなかった。

 それどころか、新しく回転を止める星が少しづつ増えていっているのだ。ジェスタが死んだ今も、この宇宙の星すべての星の回転を止めてしまおうと、観測できる星が次々と回転を止めていっているのだ。

「暴走してるのか、この道具はあ」

 トチガミが叫んだ。

 たしかに、暴走しているかのように思えた。天体反動銃は、その持ち主を失った今も、その機能を拡張しつづけているのだ。もう、暴走と呼んでもいい状態だった。

「冗談じゃねえぞお」

 トチガミは怒りに任せて、天体反動銃を破壊してみた。天体反動銃を粉々になるまで破壊しつづけてみた。だが、地球の自転は止まったままだ。太陽の自転も、月の公転も、何ひとつ復旧しなかった。

 それどころか、まだ、新しい天体が回転を止めつづけているのだ。不思議だ。理解できない状況だ。天体反動銃はもう壊れてしまったというのに、なぜだ。

「冗談じゃねえぞお」

 トチガミは再び叫んだ。

 死んでしまうのだ。あと一回、次に死んでしまえば、それっきり、もう自分は再構成されることなく死んでしまうのだ。

 死の恐怖がトチガミを覆い包んだ。まだ何億年と生きられると思っていたトチガミを、とうとつに死の恐怖が巻き起こって、覆い包んだ。自分を作った科学者たちに申し訳がたたねえ。二十六億年前、トチガミの人格を地球にダウンロードした科学者たちがトチガミに出した使命とは、地球を守ることと、トチガミ自身を守ることだった。

「冗談じゃねえぞお」

 トチガミはただ叫ぶしかなかった。

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