第7話

 サントロは異端の研究者だった。文明の終焉といわれる三十億年後の未来においてさえ、まだ人類に未解明なものはたくさんあった。だが、表立った科学ならまだよかった。本当に危険な科学は、研究することさえ禁止され、暴走する機械群によって検閲されていた。重力ウィルス、対極時間転移、情報感染など、手を出せば人類を滅ぼしかねないといわれる禁断の科学がいくつも存在した。それらは危険だと認定されるたびに、暴走する機械群によって危険項目に送られていき、危険項目を閲覧した人物が誰なのか、簡単に検索できるように印が打ってあった。サントロはその危険項目を閲覧した人物のひとりとして、暴走する機械群に常に厳重監視される立場にあった。つまり、まだサントロが人類に認定されていた頃から、サントロは暴走する機械群とかけ引きをし合う、黒色一覧にのる人物だったのだ。もし、だれかがサントロという人物を検索したのなら、危険項目の閲覧回数の多さにぎょっとしたにちがいないのだ。

 そんなサントロが行う研究は、新しい宇宙をつくる研究だった。簡単にいえば、ビッグバンを自分の手で起こそうという研究なのだった。サントロの部屋には、空間を捻じ曲げて圧縮させるための道具がいくつも転がっていた。何時間も、何十日も、時には数年もかけて宇宙の材料を組み上げるのだった。組み上がった宇宙の材料を起動するスイッチを押す瞬間が、サントロのいちばんの緊張する瞬間だった。なぜなら、もし実験が成功してしまったら、ビッグバンが起こり、サントロも、サントロの住む惑星も含めて、周囲の諸星系世界はすべて一瞬でふっとばして消えてしまうからだった。実験が成功した時は死ぬのだ。そんな異端の緊張感がサントロの日常のすべてだった。

「えいやっ」

 と何度も、宇宙を造りだすためのスイッチを押してきた。そのたびに、バキンッと鈍い音がして、空間の膨らまない一点がつくられるのだった。それは、膨らむことも爆発することもなく、凍りついた一点となって転がったのだった。

「ありゃりゃ、こんな宇宙はいらんがな」

 サントロはそういって、新しくできた凍りついた一点を袋のなかに投げ捨てていた。失敗だ。何度やっても失敗してしまう。サントロの袋のなかには、そうやってできた凍りついた一点が何百個と入っているのだった。

 凍りついた一点は、ビッグバンを起こさなかった宇宙だ。ビッグバンを起こさなかったゼロ次元の宇宙なのだ。その質量はゼロにして、宇宙と同等なぐらい無限にあった。サントロは、そうやってできた凍りついた一点を売って生活していたのであり、異端の研究者にして、商売までする変わり者だった。

 もし、仮に、このゼロ次元の宇宙にゼロ次元の生物がいるのだとしたら、その生物にとって、サントロは神さまだった。サントロはそんなゼロ次元の宇宙を売って生きているのだった。

 そのサントロも、今度の事件で人類の認定を外されてしまい、途方にくれてはいた。人類の支配などよりも、新宇宙の創造こそがサントロの望みだったからだ。人類を滅亡させる人物など、自分のことではないのかとサントロは思っていた。旧宇宙の破壊者にして、新世界の創造者、それがサントロの望みだった。だから、サントロはジェスタをめぐる騒動は見当外れなものに思えていた。おれこそ、逃げなければ、とサントロは思っていた。

 だから、サントロは逃げたのだ。人類を支配しようとする連中からも、それに抵抗する連中からも、逃げたのだ。ビーキンなど見捨てて逃げ出したのだ。

「あとから行くよ、あとから」

 などといったのは、嘘もいいところだった。あとから行く気などぜんぜんなかった。ジェスタやビーキンとは正反対の方向へ向かって、逃げ出したのだ。正反対側にある輸送船にのって、ジェスタたちからできるだけ遠ざかろうとしていた。そんなサントロにも異変が起きた。死んだはずのトチガミが目の前に姿を現したからだった。

「一緒に仲良くやろうぜえ。おれたちはまだ友だちだぜえ」

 とトチガミはいってきた。信用できない相手なのは、明白だった。

「ビーキンの野郎はよくないぜえ。なぜなら、このおれをぶっ殺しやがったんだからなあ。まったくもって予想外だぜえ。ビーキンの野郎は本当に怖えぜえ。おまえも気をつけないとやばいぜえ」

 トチガミはよくしゃべった。しゃべりつづけた。

「なあ、一緒にジェスタのやつをたぶらかそうぜえ。ジェスタを野放しにしたら危険だぜえ。だったら、ジェスタの仲間になったふりをして、ジェスタを監視しようぜえ」

 それはいい考えだとサントロは思った。そうだ、その手があったのだ。いちばん楽なのは、ジェスタのそばにいて、ビーキン側のスパイをやることだ。

「ジェスタの好きにさせちゃあ、いけないぜえ。おれたち仲間でちゃんと見張ってなけりゃあなあ。それには、おれと手を組むと楽だぜえ。ビーキンなんかより、おれと手を組もうぜえ。そいつがいちばん賢い選択だぜえ。たのへぼあげえっ」

 しゃべっている間にトチガミは消し飛んだ。サントロが凍りついた一点をそっと投げたのだ。凍りついた一点は目には見えないので、トチガミには攻撃されていることがわからなかったのだ。

 トチガミ対サントロ。サントロの勝ちだ。奇襲の勝利といえた。

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