第6話

 ビーキンは走った。一区画も走れば、ジェスタたち三人に追いついた。速くジェスタを殺し、天体反動銃を封印しなければならない。

 ビーキンが追ってくるのを見て、ジェスタは少し焦った。ジェスタもまた、サイボーグのトチガミが負けるなどとは考えていなかったからだ。

「ジナ。ここは頼む」

 ジェスタは次のしんがり役にジナを任命した。

「わたし? まあ、いいけど」

 と、しぶしぶ、ジナが引き受けた。

 ジェスタとミタノアが先に行き、ジナが残って、ビーキンの前に立ちふさがる。

 ジナ。十二個の極小ブラックホールを従えて宙に浮かぶ奇妙な女だ。極小ブラックホールの位置を変えることによって、自分の位置を高速で動かすことができた。その気になれば、自由自在に宇宙を飛びまわることも、天体の配置を変えてしまうこともできた。ただ、今はそれをせずに、周囲の重力を崩さないように、重力を安定させたまま移動をしていた。それは、中央拠点サーバーを壊してしまえば、ジナにとっても都合が悪いからだ。ジナは自分が暴れれば、すぐに周囲の諸世界が壊れてしまうことを熟知しており、そう簡単には戦闘行動に出ることはなかった。しかし、どうやら、今はその時のようだ。周囲の諸世界のことなどおかまいなしに、暴れてやろうと企んでいた。

「どうして、トチガミが負けたのか、とっても興味があるんだけど」

 ジナがいった。

「おまえも負けてみればわかる」

 ビーキンが答えた。そして、五秒前砲をかまえた。

 世界最速の早撃ちビーキンに、はたしてジナは勝つことができるのだろうか。

 ジナは、

「えいっ」

 と、極小ブラックホールを一個、ビーキンに向かって飛ばした。迫り狂うブラックホール。とてつもない恐怖だ。もちろん、ジナが星を重力崩壊させて作り出した本物のブラックホールで、重力が強すぎて空間をもたない特異点となっているものだった。ブラックホールはその重力圏に物体を捕えたら、光であろうと、何であろうと、決して脱出させることはない。当たれば死ぬ。まちがいない。当たれば、人だろうと、星だろうと、一瞬で消し飛んでしまう。

 ビーキンは五秒前砲を撃とうとした。

 べちゃっ、とビーキンの頭に極小ブラックホールが当たり、ビーキンが死んだ。トチガミの時と同じだ。ビーキンの頭部は、飛んできた極小ブラックホールに吸いこまれて、圧縮されてつぶれて消えてしまった。ビーキンの体は頭部を失い、よろよろとよろけながら、立っていられなくなって倒れた。

 あっという間の決着だった。

 それから五秒間がたった。ビーキンは、ビーキンが死ななかった五秒後の未来から、五秒前に向かって五秒前砲を撃った。これで再び、ビーキンの勝ちか?

 だが、ビーキンの額に汗が流れた。

 常に十二個の極小ブラックホールに囲まれているジナの周囲は、重力が強く捻じ曲がっているらしく、ビーキンの弾丸がとどかないでそれてしまうのだ。一個の極小ブラックホールを攻撃に使っている今でもそれは同じで、残った十一個の極小ブラックホールのつくりだす重力によって、ビーキンの弾丸が当たらずにそれてしまったのだ。これでは歴史は変わっても、ビーキンは助からない。

 ビーキンの五秒前砲は、見当違いの壁に着弾した。歴史が変わる。ビーキンは死んだままで、中央拠点サーバーの壁に穴があく。だが、それだけだ。ビーキンが死んだという事実は変更されることなく、ビーキンの死体はそのまま、そこに倒れつづけた。

 ジナの勝ちだ。ビーキンは負けた。負けて死んでしまった。

「なあに、あっけない」

 ジナがいった。

「きゃはははははははっ、ひょっとして、ブラックホールを使いこなすわたしが人類で二番目に強いんじゃない。みんな、弱すぎる」

 ジナが笑い転げた。

 そして、ジナは手を伸ばしてミタノアを押しのけた。

「どきなさいよ。人類一強いジェスタと、二番目に強いわたしで人類を支配するんだから。あなたは三番目よ、ミタノア」

 ジナがジェスタのすぐ隣で宙に浮いた。ジナはとめどなく幸せな気分だった。暴走する機械群に『失格者』に認定されるという悲劇のなか、人類でもっとも優秀かもしれない男と一緒になれたのだ。これ以上の幸せは考えられなかった。

「あはははははっ、面白い。面白すぎる」

 ジナは笑いつづけた。

 ジナの幸福がこの通りにつづけばよかった。ジェスタもジナを伴侶とすることにそれほど抵抗はなかった。ミタノアにはどこか深く考えこむ性質のところがあるから、素直なジナの方が本当に自分を好きなんだと思えた。ジェスタにとっては、ジナにミタノア、両手に花で人類を支配するという最高の状況だった。あとは、暴走する機械群に認定を外されたという悲劇を建前にとって、それをいいわけに、人類から奪いたいだけ物を奪えばいい。それだけのエネルギーがジェスタにはあった。

 だが、ことはそう簡単には運ばなかった。あとから行く、といっていたサントロが本当にあとからやってきたからだった。

 人類支配をめぐる殺し合いは、まだ三対三。軍配はどちらに上がるわけでもなく、まだ引き分けなのだから。

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