第5話

 しかたがなく、ビーキンは走った。ビーキンは武器を持っている。ビーキンの発明品はあからさまにそのままの武器だ。子供の頃に、子供心に憧れてつくった最強の銃だ。名前を五秒前砲という。おそらく、世界最速で弾丸の飛ぶ最強の銃だ。負けるわけがない。

 許さない。ちょっと異変事が起こったからって、人類の滅亡だとか、人類の支配だとかいいだすやつらをビーキンは許さない。そんな危険思想の持ち主は、即刻、対処しなければならない。ましてや、今回は、暴走する機械群にその実力を認められたものの人類支配なのだ。放っておくわけにはいかない。ビーキンの力で何とかする。ビーキンは例え、四対一の戦いになったからといって、ひるんだりはしない。

 ジェスタを殺そう。おそらく、可能だ。ジェスタはいま、暴走する機械群の保護下にはない。暴走する機械群が直接、手を出して殺すことはできなくとも、人類が人類を殺そうとすることを止めるほどの保護にはおかれていないだろう。ビーキンにはできる。暴走する機械群を出し抜いて、ジェスタを殺すことが。

 中央拠点サーバーの通路を二区画ほど走れば、ジェスタたち四人はいた。意外にも、緊張感のあるおももちで四人は歩いていた。天体反動銃を持つジェスタを中心に、三人がやや後ろで囲んでいた。ビーキンに最初に気づいたのはミタノアのようだった。ミタノアの顔の向いた先を他の三人ものぞいた。ビーキンはあっという間に四人すべてに見つかってしまった。

 かまうものか。ビーキンの作戦は正面突撃だ。ただ、突っ走って、ジェスタを撃つつもりだ。

「がはははははっ、おもしれえ。まずは、おれが相手をしてやるよ。ビーキン」

 そういって、ぐいっと一歩前に出たのは、トチガミだった。大声を出しすぎたのか、声がかすれるほどに濁っただみ声になっていた。

 トチガミ。身体を極限にまで可能なかぎり機械化したサイボーグだ。脳細胞以外の細胞はすべて機械に置きかえてある。骨があるはずのところに空洞があり、筋肉があるはずのところを配線の束が走っている。血管であるはずのそれは、増殖と死滅をくりかえす進化型電算回路であり、感覚器の種類は三十七を数えた。三十七の受信機によって外界を受信するトチガミには、X線や赤外線が見え、低周波や超音波が聞こえた。磁力線を見ることもできたし、部屋のなかのわずかな風の動きを感じとることもできた。

 トチガミの体のなかにリズム感というリズムを感じる感覚器があり、トチガミはそのリズムを戦闘用のリズムに変えた。ゼロコンマ一秒を遥かに細かく刻んだ、高速度の反射リズムだ。一秒間の間に何千回の判断をすることができるようになり、行動が速くて精度も高い。ただし、脳神経の疲労が激しくなるので、長時間は危険だ。

「がはははははっ、銃か。銃を持っているのかビーキン。だが、銃ならおれにもあるぞ、ビーキン。おれよりも速く銃を撃つことができるのか、ビーキン。運動神経を機械化してあるおれに、生身のおまえが勝つことなんて、絶対にできねえ」

 トチガミがいった。その通りだった。トチガミの運動神経は現在考えられる最高速回線を採用しているのだ。それは人の神経の伝達より、何千万倍は伝達速度が速い。早撃ち勝負で、生身のビーキンがサイボーグのトチガミに勝つ確率はゼロに近い。

 ビーキンはトチガミの前に立ち止まった。それを見て、ジェスタたち三人はその場を立ち去ろうとした。トチガミはビーキンの前に立ちふさがったまま動かなかった。このままでは、ジェスタに逃げられてしまう。だが、トチガミを無視しての突撃はムリだ。まず、倒すべきはこいつか、とビーキンはトチガミとにらみ合った。

 ビーキン対トチガミ。

 しばらくは、お互いに動きもしない静寂があった。ビーキンの顔を汗が一滴流れ落ちた。非常に焦っていた。だが、呼吸を乱すわけにはいかない。勝負は一瞬で決まる。どう動くべきか、いろんな思いがビーキンの頭の中を錯綜する。

 一方、トチガミはというと、いつでも勝てるという絶対な自信があった。ビーキンが引き金に指を当ててから撃っても勝てるという自信があった。ビーキンの指を五つはある目でじっくりと観察していた。ビーキンが撃とうとしてから撃ってもいい。それくらいの余裕がトチガミにはあった。

 いつまで見合っていても意味はない。ムダな時間を過ごすだけだ。動くなら、速い方がいい。相手が油断していれば、不意討ちで勝てるかもしれない。

 お互いに勝ちに対してはそれなりの目算があった。実はビーキンは、生身のなかでは世界最速の早撃ちなのだ。早撃ち勝負で負けることはないと絶対に自負していた。

 先に動いたのは、ビーキンだった。トチガミに向け、銃を構え、引き金を引こうとする。

 ガンッ。

 体に穴が開き、弾丸の威力で後ろにふっとぶ。血液のような汁が穴からにじみ、赤くなる。

 撃たれたのはビーキンの方だった。ビーキンの動きは遅かった。それは常人以下の速さだといえた。一秒の何千分の一の速さで銃を撃てるトチガミにとって、ビーキンが標準以下の速さで銃を構えるのが、逆に驚きなぐらいであった。遅い。遅すぎるのだ、ビーキンは。のんびりとした遅回しの映像を見ているかのように遅い。

 倒れたビーキンの体から血液が流れはじめる。心臓を一撃で撃たれている。即死といってもよかった。

「これが当たり前の結果だ、ビーキンよお。生身がサイボーグに勝てるわけねえんだよ。当たり前だろう」

 トチガミが勝ち誇った。

 もはや死体と呼んでもいいようなビーキンの体が倒れていた。

 五秒間がたった。

 ビーキン対トチガミ、この勝負はトチガミの勝ちなのだろうか。いや、ことはそう簡単ではない。なぜなら、ビーキンは世界最速の早撃ちだからだ。その速さは速すぎて、光速とか、瞬間移動とか、そういったものすら超越していた。ビーキンの五秒前砲は五秒前を撃つことができるぐらいに速いのだ。

 具体的には、ビーキンが五秒前を撃ったという五秒後の未来の時空から現在に対して着弾するのだ。すなわち、ビーキンが撃たれずに、トチガミが撃たれたという未来の時空から弾丸が飛んできて、今、五秒前に着弾しているところだった。

 ビーキンが五秒前を撃っている。トチガミは五秒前に撃たれている。歴史が変わる。ビーキンが撃たれたという歴史が変更され、トチガミが撃たれてふっとんだという歴史に書き変わる。これがビーキンの五秒前砲の威力だった。速い。速すぎるビーキン。さすが、世界最速の早撃ちである。

 トチガミの体は、一撃で脳細胞を破壊され、ぴくりとも動かないで倒れていた。ごぼごぼごぼっと、謎の液体が体から流れ出ている。トチガミの死亡信号がその体からすでに発信されていた。トチガミは死んだのだ。ビーキンの勝ちだ。

「これが当たり前の結果だ、トチガミ。サイボーグだってだけで勝てるほど、世の中あまくはないんだよ」

 ビーキンが勝ち誇った。

 次はジェスタだ。ビーキンは急いで三人を追った。

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