夜の風 ショートストーリー

@yukiiiiiii

第1話 夜の風

今日もやっと、バイトが終わった。

朝よりもずっと重くなった足を感じながら、明るい月に照らされた夜道を一人寂しく歩く。

冬もようやく終わりに近づいてきて、日も大分のびたけれど、まだやっぱり夜は、風が冷たい。

ふと、向こうからこっちにやってくる若い男女のカップルの笑い声が聞こえてきて、私はなんとなく目を伏せる。


『えー、もうこんなに買ったんだよ?絶対食べきれないよ』

『大丈夫だって。お腹すいてるから余裕。』


薄暗い歩道に、彼らの伸びやかな声がすうっととけ込んでゆく。

すれ違う瞬間だけ顔を上げて、ちらっと顔を盗み見た。

愛おしそうに見つめる二人。幸せそうな顔。

そんな二人を見て、胸がちくりと痛む。

…あーあ、見なきゃ良かった。


「…お腹すいたな…。」


ため息と共に無意識に口から出た言葉に自分で驚きながら、ふと、あの日食べたカレーを思い出してしまった。





「奈々、最近何してたの?」


新宿駅近にあるチェーン店のカレー屋。

私より一回り大きいカレーにがっつきながら、彼が私に問う。


「んー、特に何も。あ、でも友達と次の休みの旅行の計画してたよ。」


試験勉強で忙しい、そう連絡してきた裕太。一ヶ月ぶりにようやく会えて嬉しいはずなのに、なぜか私は顔がこわばるのを悟られないように笑顔を作る。


「へえ!マジで?どこ行くの?」

「韓国!まあ近いから、国内旅行みたいなもんだけどね。」

「いや、っていっても海外じゃん、羨ましいよ。」

「へへ、楽しんでくる〜。」


なんて事のない普通の会話。

たわいない、カップルの会話。

けれど私は、なんとなく彼がこちらをあまり見ようとしないことに気づいていた。

嫌な予感がする。どうしてなのかは自分が一番分かっているのだけれど。


「よし、今からバッティングセンター行くか!」

「え、今から!?食べた直後だよ」

「いいじゃん、奈々も好きでしょ?」

「そうだけど…。よし、じゃいっちょかっとばしますか!」

「こええ〜!」


そう二人でけらけら笑いながら、食べた直後だっていうのに、バッティングセンターに直行して久しぶりの運動をめいっぱい楽しむ。


あ、やっぱり、裕太といると楽しい。

さっきの顔のこわばりが嘘みたい。

好きだ、楽しい、ずっとここにいて、こうやって笑っていたい。

いったん気持ちがほぐれると、こんなにも彼のことを愛おしく思ってしまう。

そう実感しているうちに、あっという間に30分がたってしまった。


「じゃ、今日はもう行くわ。」


駅のホームでさよならをいう裕太の手を、私は小さくぎゅっと握る。


「うん、また会おうね!…春休み、どっか行きたいねえ。」

「そうだね、車運転していく?奈々の運転は怖いから勘弁だけど。」


そんな風におどける裕太にどこかほっとして、なんでよーって腕を叩いてみたりする。

なんだ、大丈夫じゃん。

本当に忙しかっただけなんだ、私の思い過ごしだったんだ。

旅行、乗り気かな。どうしよ、こっそり帰りに本屋寄って行くか。


いつもと全然変わらない裕太に安心して、笑顔でばいばいをして、電車を待つ。





その日から三週間後、会いたい、となんの疑いも無く甘えた私に、彼は突然私たちの関係に終止符を打った。


「会いたいと思えなくなった。冷めた。」


会おうともせず、メールだけであっさりこの一年に終わりを告げた裕太。

私に対する不満や要求や感情を一切ぶつけず、そして最後ですらぶつけなかった裕太。

ただ一言、冷めた、で終わらせた裕太。


実は、なんとなく連絡の頻度が減ってきていたことに気づいてはいた。

裕太から会おうっていってくれることがほとんどなくなってきていたことも。

けれど、私はわざと見ないふりをして、今まで通りおはようからおやすみまで、彼とつながっていたかったんだ。


そんな彼に最初こそ、みかえしてやる、なんてひどい人、って思い出さないようにしてたけど、最近では何気ない時に裕太の顔が浮かんでしまうようになった。

いやだな、忘れたいのに。消えてくれない。


そんなことを考えていたら、いつの間にか家の前に着いてしまっていた。


ねえ、あなたもちょっとは傷ついてた?

私の言葉に一喜一憂してた?

私はこの一年間すっごく楽しかったよ。君はどう思っていたのかな。

いつから気持ちが冷めてたの。

あの日くれた、タイ土産の不細工なゾウのストラップ、あなたらしくて実はすっごい気に入ってたんだ。

ねえ、今までどんな気持ちで横で笑ってた?


様々な感情が一気に混ざり合って、全部全部ぶつけたかったけど、なにもぶつけてこない彼になんだか悲しくなって、結局全部を押し込んで、幸せになってね、の言葉だけを絞り出した。


私だけ、こんなに今でもあなたにとらわれているんだよ。

今日、この瞬間も、声聞きたいな、って思っちゃうんだよ。

今日のご飯、何だった?今日はどんなことして過ごしたの?って。

きっと君は、私のことなんかもうとっくに頭になくて、違う誰かと笑ってるんだろうけど。


…もう考えるのはやめよう、前に進もう。

小さく深呼吸をして、私は玄関のドアを開ける。

一歩歩いたら、もう、彼のことは忘れることにする。

あの笑顔も、声も、仕草も、癖も、匂いも、ちょっと人を小馬鹿にする話し方も、全部。

きっともう、会う事は二度とないのだから。


「…ただいま。」


Fin

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