第14話

「まずは小手調べといこうゼ?」

 G骨の初撃は、その背中で背負う大鎌ではなく、懐から取り出した八つのナイフ。ノーモーションにも見えるほど素早い動きで放られたにも関わらず、それらは一本残らず太一を捉えていた。

「くっそっ」

 対して太一の反応は鈍い。一拍遅れて動き出せば、回避するという選択肢はとっくに消えていて、急所を狙うナイフだけを刀で弾くのが精々だ。

 結果、両腕と両足にそれぞれ一本ずつナイフの投擲を喰らってしまう。

 しかしG骨の攻めはそれで終わらない。むしろ四肢を鈍らせたここからが本番。

 太一がナイフを弾こうとしている間に距離を詰めていたG骨は、ここに来て漸く背中から大鎌を抜いた。

「Hey Hey、まだ小手調べだゼ。こいつで死んでくれるなヨ」

 突き上げられたその鎌は、天を突かんとするために作られたかのように長く、赤黒く輝くその刃は、夜空から三日月を奪ってきたのかと思うほど巨大。

 それをG骨は、軽々と片腕で一閃する。

「あらヨ~」

 気の抜けた声とは裏腹に、放たれた威力は絶大。

 鎌を振り抜くという動作だけで室内に旋風を巻き起こし、空気を叩く音だけで爆音を響かせる。

 一撃必殺。

 受け止めてはいけない。躱すしか最適解はないとは分かってはいても、初動で一拍遅れてしまってはその間合いにしてもタイミングにしても、取れる選択肢は受け止める一択。

「ッ‼」

 一瞬、そのあまりに強い衝撃で意識すらも吹っ飛ばされた。真っ白になった視界と頭の中は、次に訪れた衝撃――壁に体を打ちつけられて漸く色合いを取り戻す。

「オイ、大丈夫か大将‼」

 辛うじて、と言おうとして、太一が吐き出したのは血が混じった胃液だった。さっきの衝撃で内臓がどこか傷んでしまったのかもしれない。

 全身を苛む痛みに呻きながらも、太一は改めて、ゆっくりと言葉を発する。

「取りあえず、タバコ吸っておいて、良かったぜ。普通の人間のままだったら、今の一撃で、確実に死んでいた」 

 喫魔師は、タバコを吸っている間は煙魔の力を使うことができる。

 太一の使い魔は、最強と名高い銀九狼だ。より正確に言えばその力の一部なのだが、それでも並大抵の煙魔とは一線を画す。

 しかしそれを以てしても、G骨は異常だった。

 かつての敵、愚道丸と比べても、その動きは圧倒的に速く、その一撃は比肩できないほど重い。

 銀九狼も同じことを思ったのか、背後霊のように太一の後ろへと憑いてこんなことを言う。

「腹を括った方がいいぞ大将。儂から見ても、奴はかなり手ごわい」

「『煙の王』の舎弟って肩書は、伊達じゃねぇってわけか」

 と、そこまで言いかけて、太一は自分の発言に眉を顰めた。

「おい待て。G骨、お前は赤丸銀次の舎弟であって、使い魔じゃないのか?」

「Why? どうしてMeが兄貴の使い魔なワケ?」

 大鎌を肩で担いで、太一が立ち上がるのを律儀に待っていたG骨は、素っ頓狂な声を上げる。

「喫魔師が喫むことができる煙魔は一体のみ。Meが兄貴と出会った時には既に、兄貴には銀九狼っつーvery very最強な煙魔が使い魔になってたのヨ。それでも兄貴の強さに惚れたMeは、使い魔としてではなく舎弟として忠義を尽くすことにしたってワケ」

(こいつは銀九狼を知っている……?)

 しかしG骨は、現に今銀九狼を見ても知っているような素振りは見せていない。

 そうなると、G骨はただ赤丸銀次の噂を聞きかじって勝手に信奉してるだけのおかしな輩か、それとも銀次の喫んだ銀九狼と太一が喫んだ銀九狼は、全くの別物なのか。

 仮に前者だったとすると、ここまでの太一の道のりが全くの無駄足になってしまう。

「お前、赤丸銀次には会ったことがあるのか?」

「モチロン。テメェと同じ赤毛の髪をした、マジカッケーオトコサ」

 しまった、と太一は自分の問いに舌打ちをした。これだけでは本当にG骨が銀次と面識があるのか分からない。彼の答えでは、遠巻きから見ただけという可能性もある。

「しっかし不思議だよナー。兄貴もお前も同じ髪色してんのに、その強さは全く比べ物にならネー」

「――あ?」

 G骨は銀次のことをどれだけ知っているのかと品定めしていた太一の頭の中で、その発言は妙に印象に残った。

「それ、どういう意味だよ」

 言葉の通りさ、とG骨は人差し指と小指を同時に立て、太一を煽る。

「似てんのは見てくれダケ。その実力は何も伴ってねぇってことだヨ。見た目似せる前に銀次の兄貴と同じくらい強くなってみろヨ‼」

 これ以上G骨と戦って何か意味があるのかとか、そもそも自分が奴と戦って勝算はあるのかとかあれこれ考えていた頭の中が、ここでスッと、まっさらになる。

「ったく、またそれかよ……」

 ずっと思っていたこと。

 でも、言っても仕方がないと心の中だけでとどめていたことが、ほんの少し口にしただけで、まるで堰を切ったかのように溢れ出す。

「俺の顔見る度にどいつもこいつも赤丸銀次赤丸銀次ってぎゃーぎゃー騒ぎやがってふざけんじゃねぇ。ここにいるのは兄貴じゃなくて俺だ。テメェの目の前に立つのも俺だ。テメェと話してんのもテメェと戦ってんのも、赤丸銀次じゃなくて赤丸太一だっつーのがどうして分からねぇ‼」

 言って、太一は思いっきりタバコから煙を吸い込んだ。むせ返るほどの量の煙が肺の中に流れ込むが、吐き出さずに全て中に止める。

「たらふく喰えよ、銀九狼。んでもって俺に力を貸せ。どうやら本格的に、テメェの目の前にいるのは赤丸太一だって教えてやらねぇといけねぇ奴がいるみたいだからな」

 タバコの吸い過ぎで喉も頭も痛いが、それでもこんな現状にはもう限界だった。

 どこに行っても赤丸銀次赤丸銀次と、自分の名前よりもその場にいない兄の名前だけがやけに声高く響くこの現状には。

「赤丸、太一……? その髪色といい名前といい、もしやお前、兄貴の弟?」

「だからそういう扱いが嫌だって言ってんだよ」

 その言葉がG骨に届いて、一瞬後—―太一は既に刀の射程圏内まで距離を詰めていて。

「何度も言わせるな。俺の名前は、赤丸太一だ」

 その言葉が届くより速く、太一は刀を振り抜いていた。

 

 

 

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