第40話 夜伽
「私はね、王女暗殺計画の実行委員だった。彼女は私が実行委員の中にいたってことを知らないみたいだけど。知ってたら、こんな風に会話もできていなかったでしょうしね」
まぁ、王女の名前を知っていて、シャルロットさんが実行犯であるということを知っているんだから、そりゃあそうだよなぁ。
「それで、実際に王女を殺すヒットマンとして連れてこられた彼女を見たとき、自分たちが本当に正しいことをしているのか不安になった。あんな小さな子供に、同い年の子供を殺させるなんて、大人がしていいことなのかってね」
俺は、黙って話を聞くことしかできない。
紅茶を一口だけすすり、続きを促した。
「でも、命令は命令。作戦は遂行され、彼女はアクアス王女を殺害。無事ルーニエスに帰還した。だけど、帰ってきた彼女は不気味なくらい、人を殺したということについての感情が無かった。罪悪感とか、悲しさとか」
「なるほど。ノエルも、両親を失ったというのに感情を表に出さない。シャルロットさんも、感情を抑え込んでいるんじゃないかって思ったんですね」
「そういうこと。だって、十二歳の女の子よ? 私たちが無理をさせたから、感情を殺してしまったんじゃないかって。本当は、笑って泣いて怒って悲しんで、いろんな感情を表に出していく年頃なのに」
確かに、常識的に考えれば何か抱え込んでいるのではないかと思うだろう。
十二歳で、同年代の女の子。初めての人殺し。
感情を吐露しないとなると、誰もが『きっと無理をしているんだろう。無理をさせてしまったんだろう』と考えるはずだ。
きっと俺もその場にいたら、そう考えていた。
だけど俺は、たった一週間の付き合いではあるけれど、シャルロット・ハルトマンという人間の結構深い部分まで触れることができたと思う。
そんな俺だから、応えることができる。
「えぇと、実はですね」
俺は、つい最近までシャルロットさんがアクアス殺害について何も感じていなかったこと。けどつい昨日、ある出来事でそれをふと思い返し、罪悪感にさいなまれ始めたことを、なんとなくぼかしながら彼女へと伝えた。
いくら元情報部でも、フレイアのことは言わない方が良いと思ったからだ。
「シャルロットさんは、きちんと自分の悩みを相談できる人です。抑え込んできた感情が、昨日の出来事であらわになったってことを考えると、今まで無自覚に無理をしてきたっていうのも確かにあるのかもしれません」
そこで一度区切り、居を正す。
「でも少なくとも俺には、女の子らしい表情も、抑えていた感情も、しっかり見せてくれます。だから、彼女に関しては大丈夫だと思います」
でも、シャルロットさんはきっと、今後も俺に悩みを打ち明けてくれるはずだ。
そう、約束してくれたから。
マリーさんはしばらくの間ポカンとしていたけど、なぜか少しだけ頬を赤らめながら、
「本当に、あなたたちはいい関係なのね……。わかったわ。おばさんの余計な心配はもうやめておく。きっと今はあなたが彼女に一番近い存在。そのあなたが大丈夫っていうんだから、きっと大丈夫なんでしょう」
そう言いつつ、微笑んだ。
「はい。彼女の力になるって、決めたんです」
ノエルの両親の件で萎えかけていた心に、喝を入れる。
そうだ。ナヨナヨしてちゃあ、シャルロットさんの力になることができない。
それに、これからノエルと俺たちがかかわっていけば、きっと彼女の問題も解決することができるはずだ。
焦る必要なんて、何もない。何度も何度も自分に言い聞かせた言葉を、再び心の中で口にする。
「それじゃあ、お願い。これからもシャルロット・ハルトマンをよろしくね。昔彼女に重荷を背負わせた大人の一人からの、自分勝手な頼みだけれど」
「大丈夫です。彼女の重荷は、俺も背負います。俺の重荷も、彼女は背負ってくれているので」
「それなら安心ね! じゃあそのついでに、ノエルのことも、よろしくね」
「頑張ってみます」
きっと、五分も喋っていないはずだ。
それなのに、最初ノエルの両親がアーネストリアで死んだということを聞かされたときに感じていたマイナスな感情は、すっかりなくなっていたような気がする。
もしかしたら、これが目的でマリーさんは俺にこの話をしたのかもしれないけど。まぁ、それは考えすぎかなぁ。
「じゃあ、俺もノエルに挨拶してきます」
「行ってらっしゃい。とってもいい子だから、あなたたちならもっと仲良くなれると思うわ」
ティーカップの中に、もう紅茶は残っていない。
俺はマリーさんに頭を下げつつ、ノエルとシャルロットさんのもとへと足を進めた。
※
「それで、どうするんですか? しばらく預かるって言っても、寝床とか……」
「私が何とかする。軍の施設に空き部屋なんていくらでもある。私も明日退院だし、そしたら私の部屋で過ごせばいい」
「今日は……」
「私の病室に泊まらせる。それで問題ないだろう」
「了解です。じゃあとりあえず、もう時間も時間だし病院に戻りますか」
「ったく。もう大丈夫だってのに規則だ規則だ言いやがって。頭の固い連中どもめ」
「大事を取ってのことですよ。しっかり指示に従ってください」
「へいへーい」
俺たちはマリーさんの屋敷を辞し、グルージアの中心街へと戻ってきていた。
俺たちの少し先には、楽しそうにスキップで進むノエルの姿。
「……お前はどう思う? ノエルのこと」
突然、シリアスな表情になってシャルロットさんがそう問うてきた。
「何がですか?」
「お前、結構ショック受けてただろ?」
参ったなこりゃ、やっぱり彼女には筒抜けになってしまうようだ。
ここで隠しても仕方ないか……。
「正直、結構キツかったですね。目の前で、ご両親がなくなってたなんて」
「私もな、ちょっとくるものがあったよ。今回ばかりは。もう他人じゃないし、私とノエル、なんだか少し似ている気がするし」
そんな風には見えなかった。
やっぱり他人は他人だからまったく堪えてないのかななんて思ってた自分が恥ずかしくなってくる。
さておきシャルロットさん本人も、ノエルに何か通ずるものを感じていたのか……。
まぁ他人がそう感じるくらいなんだから、本人がそう思っていてもなんら不思議ではないけれど。
「だから、力になってやりたいと思った。それにはやっぱり、私達がナヨナヨしてちゃあだめだと思うんだ」
俺の目をまっすぐ見据え、シャルロットさんが微笑んだ。
説得力のある言葉だった。
確かに、こっちがネガティブな感情を抱きながらノエルに接して行って、彼女をポジティブになどできるはずもない。
今ノエルはおそらく無理に明るくふるまっている。そこに、俺たちがナヨナヨした雰囲気で接しても、なんのメリットもない。
「だからな、あの子の前だけでもいい。しっかりおにーさんを演じてくれよ」
そして、おどけたように彼女は続けた。
「なんですかその普段は頼りないみたいなの! まったく!」
彼女が俺を和ませるために言ったのだとわかる。
ノエルの件で結構きてたなんて言う割にはそんな様子を見せなかったりするけれど、こういう時のシャルロットさんは本当にわかりやすい。
やっぱり、他人に対してはあんまり弱みを見せないんだなぁなんて。
「ルーキーはルーキーだからな! さぁ、早く帰ろう。そろそろ寒くなってきた。おーいノエル! そっちじゃない! こっちだ!」
「はーい!」
そうこうしているうちに病院前までたどり着いていた俺たち。
入り口近くのコンビニで夜ご飯を買い込み、シャルロットさんの病室へ。
受付のおねーさんにいったいこんな時間までどこをほっつき歩いてたんだと少し叱られはしたけれど、それ以外はなんのお咎めもなく物事が進む。
ノエルについては、親戚の子ということにしてのりきった。
これも、別段怪しまれるということは無かった。
「リョースケ、お前はどうする? 部屋は割り振られてるんだろ?」
「こっちに来てデブリをしてすぐ病院に来たので、実際部屋は見てませんが確か部屋は割り振られてたと思います。基地の仮眠室とかなんとか」
病室に入るなり、ベッドに腰を下ろすシャルロットさん。
ノエルは病院だからだろうか、先ほどから静かに俺たちの後をついてきていた。
だが病室に入った途端今までのうっぷんが爆発したようで、
「うわーいたっかーい!!!!」
シャルロットさんが座るベッドへとダイブ。そのまま窓に張り付き、無邪気な笑みを浮かべながら下界を見下ろし始めた。
この部屋は結構高い階にあって、それこそ摩天楼に浮かんでいるような景色を拝むことができる。
病院にしちゃあ高層ビルが過ぎるけど、まぁここ異世界だし。こういうものなんだろうということで特に何も感想は抱かなかった。いい景色だなとは思ったけどね。
そんな無邪気なノエルに、俺とシャルロットさんの口角が無意識に吊り上がる。
「なんか、どうでもよくなってくるな。大人のしがらみというかなんというか」
「ですね。というか、そろそろご飯食べませんか? 腹減っちゃいました」
「だなぁ。おいノエル。ごはん食うぞ。手ェ洗って来い」
「はーい!」
この部屋は特別室で、はっきり言ってそんじょそこらのホテルより設備がいい。
さすがにお風呂は無いけれど、シャワールームに簡易キッチン。テレビに冷蔵庫と、とりあえず一通りのものがそろっている。
ノエルは部屋の入り口近くに設えられている洗面台へと駆けていった。
その背中を見送りながら、シャルロットさんが口を開く。
「それでなんだがな、もしよければ、お前もこの部屋に泊まらないか? いや、断じて変な意味ではない。でもやっぱり、ノエルの話を聞くのには二人いた方が良いと思うんだ。上官には私が後で話をつけておく」
「シャルロットさんが良いのなら、断る理由はありません。ここでなら、他の誰にも聞かれずにノエルと話ができますし」
「そう言ってくれると助かる。ノエルのこと、しっかり支えてやらなきゃな」
「当然です」
正直、俺もこの部屋に泊まりたいと思っていた。今から基地に帰って仮眠室で一晩過ごすというのも嫌だし、そもそも部屋を割り振られたことは覚えているんだけど、詳細は全く頭に入ってきていなかった。
シャルロットさんが撃墜されて、それどころじゃなかったから。
だから、実はあの時しっかり話を聞いてなくて、俺はどこに寝ればいいですかってもう一度聞くのが嫌だってのもあった。
魔ぁ何よりも、ノエルと話がしたいっていうのが一番の理由だったんだけど。
「洗ってきた!」
「よしよし。じゃあ食うか。リョースケ、すまないがレンジでこいつらあっためてもらっていいか?」
「了解です」
ノエルが手を洗い終わり、全員分の弁当を順にレンジで温める。
「なぁノエル。お前、これからどうしようと思ってる?」
その中で、シャルロットさんが極めて自然な装いで話を切り出した。
「どうしようって?」
「そうだなぁ、夢。お前、将来は何になりたい?」
「うーん、まだ決まってないかなぁ。ちょっと前までケーキ屋さんになりたかったんだけど、そこまで甘い仕事じゃないって聞いたからやめた。もうちょっと現実的な、それで安定してお給料が入る仕事がしたい」
「ぐ、具体的なのかそうじゃないのかわからん奴だな……」
この年でそんな現実的な意見を口にするとは……。
やっぱりノエルとシャルロットさんはどこか似ているような気がする。
「ねぇねぇ、二人は軍人さんなんだよね? どうなの? お給料いいの!?」
「私はな、お前より若い時に軍に入隊した。それでいて、お前くらいの年の時にはもう車を買えるくらいの貯蓄があった。つまりそういうことだ」
「そうなの!? すごくない!? っていうか、私より年下って……。いくつの時に軍に入ったの?」
「十歳の時だ」
そこまで言って、シャルロットさんは少しだけためらった。
あぁ、この後のセリフ、予想ができる。
ここから一気に、彼女のタブーかもしれない領域に踏み込むことになる。
もしかしたら、目の前で両親を失ったショックで、その記憶を心の奥底に封じ込めているのかもしれない。
思い出したくない過去に、知り合って間もない俺たちが触れてはいけないのかもしれない。
だけど、この問題に触れることができるのは、きっと俺たちだけ。
あの時同じ場所にいて、それに、両親がいないもの同士のシャルロットさんだからこそ、触れることができる問題。
早急すぎる気もする。
もっと仲良くなってからこの話題を持ち出した方が、ノエルもしっかりと受け答えをしてくれるかもしれない。
だけどシャルロットさんは、今話そうと判断した。だったら、俺はそれを見守るだけだ。
彼女は一度大きく息を吐くと、もう迷いを捨てきったかのように、ノエルを真正面から見据えた。
「私もな、ノエル。私も両親がいなくて、それで自分で自分の食い扶持を稼ぐために軍に入った。私も、お前が今いるスラムの出身なんだ」
言い切った。
さらに彼女は続ける。
「ノエル、私も両親がいないんだ。だからきっと、もっと仲良くなれると思うんだ」
ひとつめのお弁当を温めていた電子レンジが、かわいらしいブザーで仕事を終えたことを知らせてくる。
だけど俺は、それを取り出すことができなかった。
そんなこと、できる雰囲気じゃなかった。
しばらくの沈黙。
ノエルは、シャルロットさんの目をまっすぐ見つめたままピクリとも動かない。
まったくの無音。
高所であるが故に街の喧噪もここまでは届かず、廊下に人の気配もない。
たっぷりと、三十秒ほど時間がたったころだろうか?
「そうだったの……。おねーちゃんも、お父さんとお母さん、いなかったんだね……」
「あぁ、だから、親がいない同士、これから仲良くしような」
「うん……!」
特に悲しみをあらわにするでもなく、ノエルはシャルロットさんに微笑みかけた。
……やっぱり、まだ俺たちには心の内を見せてはくれないんだろうか?
そんなことを考えているうちに、ノエルがトツトツと語り出した。
「おねーちゃんは、お父さんとお母さんがいなくなってどうだった?」
「ん? あ、あぁ。私はあんまり悲しくなかったかな。悲しんでる暇がなかったというか」
「私もね、おんなじなんだ。普通、悲しくなるよね? 涙がでるよね? 昔飼ってた犬が死んじゃった時は、一日中泣いたのに。でもなんでかなぁ、今回は全く悲しくないんだよね。当然涙も出ないし。私、おかしくなっちゃったのかなぁ」
そう呟きながら、力ない笑みを浮かべるノエル。
シャルロットさんは、そんな彼女の肩をやさしく抱き留めた。
「別に、おかしくないさ。私だって泣かなかったぞ? 悲しくもなかったってさっき言っただろ?」
そうか……。きっと彼女は、悲しむ余裕もないんだ。
両親が亡くなって天涯孤独の身になって、運よくマリーさんに拾われたからよかったものの……。
悲しみに暮れる余裕をこんな小さな子供に与えないほど、この世界は残酷なんだ。
ひとりぼっちになっても、生きていかなきゃいけないんだから。
「そう? ちょっと安心できたかなぁ」
「あぁそうとも。なんにもおかしくない。悲しくないならそれでいい。悲しくなったら、泣けばいい。ただそれだけのことさ」
やっぱり、長い時間が必要なんだろう。
心が悲しみを感じる余裕が生まれたときに、きっと彼女は現実と向き合うことができるはずだ。
だったら、それまでしっかり支えて、その時になっても、しっかり支えてやらなきゃな。
「じゃあ、この話はおしまいだ。とりあえずごはんにしよう。明日はどこに行きたい? 好きなところに連れてってやるぞ?」
これ以上、現段階では彼女の心に触れることはできないと判断したのだろう。
努めて明るい表情で彼女がそう言った、瞬間の出来事だった。
聞いていて不安になるような音色の、大きなサイレンがあたりに響き渡ったのだ。
このサイレン、聞いたことがある。
にわかに騒がしくなる院内。
この病室の中からでも、あわただしく廊下を行き来する人間の気配が感じ取れた。
「シャルロットさん……! これ!」
「あぁ、ったく。ほんとに空気読まねぇクソ野郎どもだ!」
このサイレンは、基地で聞いたものと同じ。
すなわち、空襲警報。
それが首都に鳴り響くということが何を意味するのか?
答えは、考えるまでもない。
四一話に続く。
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