第39話 お茶会の中で
「えっ……」
「それで、戦争孤児になったあの子はこの街に飛ばされてきて、私が面倒みてるのよ。私、戦争孤児を保護して一緒に生活してるの。ほかの子は今学校に行ってるから今はいないけどね」
想像以上に、きつかった。俺たちの目の前で両親を失っているなんて……。
彼女がこの街にいる時点で、戦争孤児なんじゃないかってことは予想できていた。
両親がいるなら、あんな上等な服を着た子がこんなところにいるはずがないから。
「……実は、そのアーネストリア城塞市が攻撃された日、私達もその場にいたんです。そして、攻撃の直前まで、あの子と話をしていた」
俯くことしかできない俺を見やりながらも、シャルロットさんが口を開いた。
「そうだったの……。ごめんなさい。よく知りもせず……」
「こちらが喋っていないのだから、あなたが謝ることはありません。それで、続きを」
まったく動じていないかのように、淡々と話の続きを促すシャルロットさん。
マルタの街で、彼女は『もしあの女の子が死んでいたとしても、私はまったく悲しくない』と言っていた。他人でしかないのだから。
でも、こうして名前を知って、再会して、それでも赤の他人の不幸だからと割り切ることができているのだろうか?
マリーさんは続きを促されたものの、顔を伏せつつ、しばらくの沈黙。
空になったカップに紅茶を注いでから、彼女はようやく口を開いた。
「じゃあ、順を追って話そうかしら。あの子、ノエルね。泣かないのよ。両親を失ったっていうのに、ずっと笑ってる。ここじゃああの子が一番年上っていうのもあると思うんだけど、絶対に弱いところを見せないの。それに、私はどんなに歩み寄ろうとしても、他人は他人だもの。だから……」
「ノエルの知人である私たちなら、彼女が本当の気持ちをさらけ出してくれるかもしれないと思った、と……」
「そういうこと。ほかにも理由はあるけれど、それが良く知りもしないあなたたちを私がここに招き入れた理由。知り合いなら、弱いところも見せてくれるんじゃないかって……」
そういう彼女の眼は、真剣だった。
どうしてもノエルのために何かをしてあげたい。けど、自分にはできない。そういうもどかしさも、少しだけ見えたような気がする。
「だからお願い。突然あった人に頼むことじゃないことくらいわかってるの。でも、他に考え付かない。あの子と話をしてみてくれないかしら。私はほかの子たちの面倒も見なきゃいけない。だから、ここから動くことができない。ノエルの知り合いであうあなたたちにしか、頼めないの」
それはすなわち、もう彼女は完全に天涯孤独の身になってしまったということを明確に物語っているようなものだった。
きっとマリーさんもノエルの親族を探して回ったはずだ。それでも誰もいないから、ここで暮らしているんだろう。
血のつながりはないけれど、俺たちはノエルのために何かをしてあげられる唯一の人間というわけだ。
そりゃあ、ノエルにも友達はいただろう。その子たちの親御さんも、知人と言えば知人だ。だけど、他人の子供の世話を見れる両親が、この見かけは豊かだが中身は寂れた国に残っているだろうか?
多分、それがないから彼女たちはここにいる。
「……わかりました。私達もしばらくこの街に滞在する予定です。ノエルをお借りして行ってもよろしいですか?」
「ありがとう……! 本当にありがとう……!」
何のためらいもなくOKを出したシャルロットさんに、マリーさんは大きな涙をこぼしながら何度も何度も頭を下げる。
俺はまだ迷いに迷っていたけれど、決まったからには全力で彼女の力になろうと思う。
マリーさんが落ち着くのを待ち、シャルロットさんが尋ねた。
「ひとつ良いですか? 私たちが、ノエルになにか良からぬことをするとは考えないんですか? なぜ、ここまで私たちを信頼していただけるのですか?」
「悪い言い方になるけど、ノエルをさらったところでなんのメリットもないわ。それに、あなたたちは正規の軍人。なにか問題を起こしたらすぐさましっぽを掴まれる」
「なるほど……。元情報部ですしね……。それじゃあ、ちょっくら挨拶でもしてくるかな。これからしばらく一緒なんだし」
「あっ、じゃあ俺も……」
立ち上がったシャルロットさんに続き、俺もノエルのもとへ向かおうとする。
だけど、マリーさんの笑顔に止められた。
「あ、リョースケ君だったかしら? あなたにはお話があるの。少しだけ時間をいただけないかしら。なぁに、大したことじゃないわ」
「私は外した方がいい内容か?」
「そうね、そうしていただけるとありがたいわ。神に誓って、あなたをディスる内容じゃないってことは宣言しておくわ」
「わかった。じゃあ、先にノエルと話してくるよ」
俺だけに?
まさか、イカロス・プロジェクトの話だろうか?
彼女、情報部だって言ってたし、知っててもおかしくないもんなぁ。
何も言えずに頷くことしかできない俺とマリーさんを残し、シャルロットさんは花と戯れていたノエルのもとへと歩いていく。
その背中を見送りながら、マリーさんが口を開いた。
シャルロットさんに頼ることもできない。きちんと自分で判断して受け答えせねばな……。
なんでも、来い……!
「さて、早速本題なのだけれど……。リョースケ君、あなたシャルロットちゃんのことどう思ってるの?」
なんて意気込んでいた俺に向けられたのは、そんなイロモノっぽい問だった。
ノエルの話を聞いて、すごくナーバスになっていたところのこの質問だ。意味が分からないというより、はっきり言ってイラッとした。
それ、今聞くことか? と。
「あぁ、違うの。男女の関係っていうか、もちろんそれならそれでいいんだけど。人間としてどう思っているの?」
そんな俺のオーラが伝わってしまったのか。慌てて訂正するマリーさん。
少し心を落ち着けつつ、答える。
「素敵な人だと思っています。いつも俺のために全力になってくれて、彼女のために俺も全力でなにかをしてあげたいなと、思ってます」
心はまだざわついていたけど、思っている通りのことをそのまま口にした。
これは、揺るぎのない事実だから。
「そう! よかった。じゃあここからが本題なんだけど、少しだけ昔話に付き合ってもらってもいいかしら?」
「え、えぇ……」
いよいよ意味がわからない。
彼女は紅茶を口に含みながらも、続けた。
「私は元情報部、所謂スパイみたいなお仕事をしていたの。それである日、私たちにある任務を遂行するようにと命令が下った。とある王族の、暗殺任務なんだけどね」
「ちょいちょいちょいちょい待ってください。なんかその話、つい最近聞いた覚えがあります」
「あら、そうなの? その任務を実行するために選ばれた少年兵の名前が……」
「シャルロット・ハルトマン、一二歳で、メデュラド王国のアクアス王女殺害を行った。ですよね……?」
「あらあら、本人から聞いたの? フフフ、思った以上に、あなたとシャルロットちゃんの関係は深そうね」
微笑みながら紅茶をすするマリーさん。
こんなところでシャルロットさんの初めての人殺しのことが出てくるとは思わなかった。
この話を情報部の彼女が知っているということは、なんとなくだけど理解できる。
だけど、なぜ俺にこの話をしたのかは、まったくわからない。
でもすぐに、マリーさんは答えを持ってきた。
「それでね、この話をあなたに持ち出した理由なんだけど……。シャルロットちゃんとノエル、似ているのよ。少しだけ。だから、あなたにシャルロットちゃんの過去、しっかり知っておいてほしい。そのうえで、彼女の力になってあげてほしい。あの時私は、彼女に何もしてあげることができなかったから」
そうさみし気な表情でシャルロットさんの方を見やるマリーさんからは、なぜか出発前のリュートさんと同じような匂いが漂っているような気がした。
四十話に続く。
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