第35話 罪悪感
「任務、ご苦労だった。しっかり休んでくれたまえ」
事務的な口調でそうとだけ言われ、ルーチンである敬礼をお互いに。
それだけを伝えたグルージア防空隊の司令官は、何の感情も抱いていないような目のまま部屋を辞していった。
ここは首都グルージアの軍病院。その特別病室。
立ち尽くす俺の隣には、ベッドに横たえられたシャルロットさんの姿があった。
飛行服のままではなんなので、病院の売店で買った洋服に着替えさせられている。
もちろん着替えを行ったのは女性の看護師だ。
普段のシャルロットさんらしい、青を基調にしたシャツとパンツ。
彼女の呼吸に合わせ、掛布団と洋服がゆっくりと上下する。
ついでに俺も、そこで無難な洋服を買って着替えを済ませていた。
飛行服のまま病院の中を歩き回るのは、なんだか気が引けたから。
レイダーの特攻から身を挺して輸送機を守ったシャルロットさん。機体は大破したけれど、彼女はベイルアウト(脱出)して一命をとりとめた。
首都から近かったこともあり、彼女はすぐに回収。
着地時に頭を打って意識を失っていたらしく、大事を取ってこの巨大な複合病院へと担ぎ込まれたのだ。
医者が言うには、体には全く問題がないらしい。
本当に、念のための処置、ということらしかった。
シャルロットさんの活躍もあり、任務は成功。
フレイアは今お偉いさんとの会合に行っていて、ここにはいない。
「任務を完遂したならば、兵士はどうなってもいいのか……」
確かに、領空の奥深くに突然メデュラドの戦闘機が出現したという事実に、早く対応しなければと焦っているのはわかる。
でも、もう少し彼女をいたわるような言葉があってもいいんじゃないか?
グルージア司令官のあの冷たいまなざしは、そうとしか捉えようのないものだった。
でも、俺には何もできない。立ち尽くして、彼女が目を覚ますのをただ待つことしかできなかった。
それに……。あの景色。突然キャノピーが真っ赤に染まった光景を思い出し、また吐き気がこみ上げてきた。
トイレに駆け込む。
ここについてから何度目かわからない、胸の奥からこみ上げる酸味のある液体が喉を焼く感触。
足の力が抜けた。体を支えることができない。
でも、彼女のそばにいなければ。俺はよろける足に鞭をうち、トイレを後にする。
その時、シャルロットさんが軽いうめき声をあげながら、ベッドから起き上がった。
焦点の合わない目を俺に向け、一言。
「任務は……どうなった?」
俺は、なにも返すことができなかった。
シャルロットさんも目を伏せ、小さな声で呟いた。
「……そうか、そういや墜ちたんだったな。私。すまん、心配をかけたな……」
「いえ、無事で何よりです」
たったそれだけの会話。
俺たちは顔を見合わせることもできず、ただ俯く。
秒針の音が、やけに大きく聞こえる。
「フレイアは、無事か?」
「えぇ。シャルロットさんのこと、心配してました」
それでも、フレイアは涙を流していなかった。
心から心配しているということは伝わってきたけれど。
再びの沈黙。
彼女が落ちたのは、俺の責任だ。
あの時、残った敵を撃墜できなかったから。
そのせいで、彼女は身を挺してフレイアをかばうはめになった。
俺はあの時、トリガーを引くことすらできなかった。
罪悪感と、無力感と、煮えたぎるような怒り。
ごちゃ混ぜになったどす黒い感情が、心の中を埋め尽くしていく。
やっぱり、きちんと謝ろう。
俺が未熟なせいで、彼女を危険な目に合わせたんだ。
意を決し、口を開く。
「「あのっ!」」
二人の声が、重なった。
何度か視線だけで先を促しあい、結局シャルロットさんが口を開いた。
「リョウスケ。すまなかった。今回の失態は私の責任だ」
そして深々と頭を下げながら、そんなことを言い放った。
ぎゅっと目をつむり、拳を震わせながら。
「そ、そんな! こっちこそシャルロットさんには謝らないとって思って……!」
「聞いてくれリョウスケ。いや、そうだな……。ちょっと、付き合ってくれるか?」
俺の言葉を遮り、シャルロットさんが立ち上がる。少し足元がふらついている。俺は駆け寄って、彼女に肩を貸した。
……こんなに、小さかったのか……。
抱き留めた彼女の肩は、力を入れれば折れてしまうのではないかというほどに華奢だった。
シャルロットさんに頼りすぎて、先を歩く彼女の背中の大きさだけで、俺はシャルロット・ハルトマンという人間を決めつけていたのかもしれない。
実際触れてみたらこんなにも頼りないのに、俺は彼女に大きな荷物を負わせてしまっていたんじゃないだろうか?
出発前にリュートさんが俺に言った言葉を、ふと思い出した。
数時間前の情景を思い返す俺の傍らで、シャルロットさんが微笑む。
「なぁリョウスケ。外の空気が吸いたいんだ。付き合ってくれないか?」
「大丈夫なんですか? 安静にしてなくて」
「体に管が一つもついてない時点で察しろ。でもまぁ、肩は貸してくれるとありがたい」
「わかりました。辛かったら、すぐに言ってください」
――彼女のことを、頼む。――
リュートさんの顔は、本気だった。
俺はよろよろと歩き出した彼女に歩幅を合わせ、ゆっくりと部屋を後にした。
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