第34話 盾

「スパロウツー! エンゲイジ!」

『スパロウワン! エンゲイジ!』


 首都まであと十分の距離。突然発生した積乱雲を回避しようかと思いきや、積乱雲と同じく突然『出現』した謎の敵性航空機の攻撃を受けた俺たち。


 すでに先手を打たれ、俺たちに向かって大量のミサイルが飛来しているという最悪な状況だ。


 けど、ミサイルの回避くらい造作もない。問題は……。


『こちらギフトボックス! グルージアコントロール! 聞こえるか! グルージアコントロール! 現在我々は国籍不明機の攻撃を受けている! 繰り返す……!』


 こっちには、守らなきゃいけない『お姫様』がいるってことだ。



 敵の数は、ざっと見ただけでも四機。


 こっちは護衛についている俺たち二機のエイルアンジェと、非武装の輸送機が一機。


 輸送機を守りつつ敵を撃墜するには、あまりにも不利だ。




 しかも最悪なことに――

『レイダー!? くそっ! メデュラドの有人機かよ! なんでこんなところに!』


 簡単に相手できる無人機じゃなくて、敵はやっかいな有人機が四機。これはかなり厳しい状況。

 でも、やるしかない。敵がどこから現れたのかとか、そういうことは後回しだ。とにかく今は、敵を撃墜してフレイアの乗る輸送機を守らなくちゃいけない。


「いくぞアンジェ! 二分で片す!」

『了解ですマスター』


 正面から接近していたミサイルを回避するため、まずは左旋回。ミサイルに機体の右真横を向けた形になる。

 立体映像として表示されるミサイルとの距離を睨み付けつつ、スロットルを絞った。この距離なら、到達までに十分エンジンをクールダウンすることができるはずだ。


 そして、ミサイルが命中するまで三秒となったところで――

「いまだ!」

 ――フレアを全力で散布しつつ、急上昇しつつ右急旋回。

 ミサイルを振り切りにかかった。


 ミサイルの数は全部で五発。

 最初の二発は、フレアに惑わされ明後日の方向へ。


 しかし残り三発はフレアを見向きもせず、こちらめがけて突進してくる。


「こなくそっ!」


 フレアを散布し続けながら、さらに急上昇。

 ロケットモーターの燃焼はとっくに終わっているうえ、ここまで相当長い距離を飛行してきた対空ミサイルを、文字通り『置き去りに』する。



 普通の戦闘機ならエンジン出力を上げなければどんどん速度が低下して、やがてはミサイルに追いつかれてしまう。

 けどそうならないのが、このブルスト世界の戦闘機だ。


『マスター、ミサイルすべて回避しました』

「オーライ! じゃあ、反撃開始だな!」


 やばい、どうしよう。やっぱり、空中戦は楽しい。

 自然と口角が吊り上がってきてしまう。

 でももう、戦闘狂とかどうでもいい。とにかく、この最高にハイな時間を目いっぱい楽しむだけだ!

 

「アンジェ! エウリュアレー全てのシーカー冷却! 前を飛んでる二機にありったけお見舞いする!」

『既に冷却しておきました』

「さすがだ! 隊長! 前の二機をやります!」


 敵もミサイルが当たるとは思っていなかったのだろう。ツーマンセルになり、お手本通りの散開。

 前を飛ぶ二機が高度を取り、後ろを飛ぶ二機は大きく旋回しながらこちらの背後を取るべく動き始めていた。



「隊長!?」


 なぜか、シャルロットさんからの返信はない。でも彼女の機体は健在だ。被弾している様子もない。


 おそらく無線の調子でも悪いんだろうと勝手に片づけ、目の前の敵に意識を集中する。



「スパロウツー! FOX2! FOX2!!」

 対空兵装フルパッケージ。すなわち全一八発のエウリュアレーを一斉発射する。

 それを二機に集中して発射したため、一機につき九発のエウリュアレーが群がることになる。避けれるものなら避けてみやがれというものだ。



 一気に九発のミサイルに追われたことなど無かったのだろう。

 レイダーたちは目に見えて焦り始め、ろくな回避機動すらとる暇もなくミサイルの餌食となる。


 いくら無人機より耐久性が高い有人機とはいえ、一度に九発の対空ミサイルを受けて無事でいられるはずもない。



 二機のレイダーは跡形もなく消し飛び、空には真っ黒な煙の塊と、重力に従って落下する破片が描く放物線だけが残された。


「スパロウツー! スプラッシュ・バンディット!」 


 これで数は対等! さぁ、一気にカタをつけてやる!


「隊長! 二機撃墜しました! 早くケリを……!」


 けど、味方二機を一瞬で撃墜された残りのレイダーたちは、急激に方向転換。バーナーをはいて急加速し始めた。

 最初は、俺たち二機を落としてからゆっくり輸送機を落とす手筈だったんだろう。それが、一瞬にして数の優位が消え失せた。おそらく、油断していたんだろう。



 でもその油断と怠慢が、通用しない相手だとわかった。

 となると、敵が次に狙い始めるのは……!


「俺らをスルーして輸送機か!!」



 当然のことだった。敵の狙いが輸送機であることなんて考えなくてもわかる。

 それでも、敵はまず俺たちに攻撃を仕掛けた。そこは相手の判断ミスだ。


 でもそれがミスだとわかったら、最優先攻撃目標である輸送機の撃墜をなによりも重んじ始めるはず。


 実際、敵戦闘機は逃げる輸送機に向けミサイルを発射した。


 距離はだいぶ離れている。

 この距離なら輸送機でもフレアを用いて回避が可能なはずだ。


 でも接近されてビーム機銃で攻撃されたら、守り切れない。


 これ以上の接近を許すことはできない。


 けどなぜか、シャルロットさんの機体からミサイルが放たれることはなかった。

 

「くそったれ!!」


 スロットルをバーナー位置に叩き込み、輸送機へと急接近するレイダーの後を追う。

 けどこれじゃあ、間に合わない!


 

「ギフトボックス! 後方からレイダー二機が接近中! 急降下して退避を!」

『その前にミサイル避けなきゃ話になんねぇ! 出力しぼれ! 着弾五秒前にフレア射出する! スタンバイ! おいお姫様! 危ないからキャビンに戻ってろ!!』


 そして、輸送機がフレアを大量に吐き出しながら急降下に移る。

 機体の左右、そして下方から大量に吐き出されたフレアの白煙が、機体の巻き起こす乱気流によって美しい円を描いた。



 ミサイルはフレアに惑わされ、明後日の方向へ。

 けどこれで終わりじゃない。




『ビーム機銃撃ってくるぞ! 対ショック!!!』

 

 レイダーの機首から、緑色の光線が伸びる。輸送機の胴体を捉えたそれはまばゆい火花をまき散らしながら、着弾個所を赤く変色させた。

 よかった。なんとか初激には耐えてくれたみたいだ……!



『TT装甲蓄熱率四十三パーセント! エンジン出力ラジエーターに回せ!』

『こちらギフトボックス! すぐには落ちないがそう何発も喰らえない! なるべく早く片付けてくれ!』

「了解! すぐ片付けます!」


 輸送機をフライパスしたレイダーは、綺麗な編隊を保ったまま急上昇。はるか上空で反転し、再びフレイアたちへと襲い掛かった。


 それでも、なぜかシャルロットさんからの返信や指示は一切ない。

 それどころか、攻撃しようとする気配すら、彼女から感じられなかった。



 彼女になにかトラブルがあったのは明白だ。

 俺がやるしかない。


「させるかよ!!」


 その鼻先、レイダーと輸送機の中間あたりに、ビーム機銃を撃ちこんだ。

 当てる目的じゃない。けん制だ。


 なんとか効果を発揮してくれたようで、レイダーたちは攻撃を中断して再び上昇。輸送機の上空で大きく円を描き始めた。

 まるで、獲物を狙う猛禽類のように。


「くそっ……狩りのつもりか? だがなぁ、狩られるのはお前らの方なんだよ!」


 相手の死角へと回り込み、急上昇。輸送機とシャルロットさんの機体に気を取られていた敵機は、俺が後ろに着こうとしていることにも気づいていないようだ。

 敵の真後ろ後方を陣取り、高度を上げながらLCOSの表示と緑色のロックカーソルを合わせていく。そして、トリガーを押し込んだ。




 俺の機体から放たれた光の束は、後ろを飛んでいたレイダーのエンジンノズルを直撃。一瞬のうちに火だるまへと変貌させ、巨大な火の玉を空へと作り出す。


「あと一機……!」


 僚機を失い、後がなくなった敵は、こちらなど気にもせずがむしゃらに輸送機をヘッドオンしようと、機首を巡らせ始めた。

 だが、そんなことをしたら今後の軌道を読んでくれと言っているようなもの。俺はLCOSが輸送機とレイダーの中間ほどに移動するよう機首を調整し、待ち伏せの態勢を取った。のだが。



 突然、視界が真っ赤に染まった。


「うわっ! なんだ!?」


 いや、視界がというよりも、キャノピーが真っ赤に染まったという方が正しいのだろうか?

 コックピットの中は今まで通りの色彩だし、体のあちこちを見回しても異常なし。当然、エイルアンジェからなんの警報も発せられてはいない。



 この赤、見覚えがある。



「こ、これ……血、か……?」



 風圧に吹き飛ばされ、徐々に薄くなっていくその深紅の液体。


 そうだ、これ、血……だ……!


「うっ……!」




 突然、吐き気がこみ上げてきた。

 どうしようもないほど、すさまじい勢いで。



『マスター、敵戦闘機、輸送機に突入を敢行する模様。早急な撃墜を進言します』


 


 何が、もう人を殺す事を迷わない。だ。


 何が戦闘を楽しんでもいい、だ。



 操縦桿とスロットルレバーを握る手が、勝手に震えだす。


 視界が狭まり、胸が締め付けられる。



 耳に入ってくる音のすべてが輪郭をなくし、すり抜けていく。



『マスター、コントロールをいただきます』



 突然、機体が大きく傾いた。




 何が何だかわからない。




 トリガーも引いていないのに、ビーム機銃が放たれている。






「ア、アンジェ……」




 ぼやける視界のその向こう。輸送機に向け突撃を敢行しようと急降下する敵機。



「フレ、イア……!」



 手を、伸ばそうとする。だけど、力が入らない。




 輸送機にレイダーが突っ込もうとするまさにその瞬間。両者の間に何かが割り込んだ。



 爆発。離れていてもわかる凄まじい衝撃波が、あたり一帯を薙ぎ払っていく。





 黒煙の中から飛び出してきたのは、満身創痍の輸送機。



 そして機体の後ろ半分を失って力なく落下する、エイルアンジェの姿があった。





三十五話へ続く。













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