第33話 魔手

『スパロウワン、こちらギフトボックス。航路上に異常はないか?』

『こちらスパロウワン。周辺に不審飛行物体確認できず。地上スキャンにも反応なし』

『了解した』



 アーネストリア基地を飛び立ち、首都グルージアに向かう空路を飛ぶこと早二十分。

 俺たちの編隊は、風もなく、雲もない絶好のフライト日和であることに加え、まったくと言ってもいいほど問題が発生しない順調なフライトの真っ最中だった。



『わかってちゃいたけど暇だなァこりゃあ』


 輸送機のパイロット、今回のコールサインはギフトボックスが、そう呟きながらあくびを漏らした。

 確かに、何もなさ過ぎて正直飽きてきていた。


 やっぱり俺は、戦闘機で戦うことが好きなのかもしれないなぁなんて思いつつも、コンソールの広域戦況モニターに目を落とす。

 当然のことながら、俺たち以外になんの反応もない。いやまぁ、ここで敵の航空機の反応があったらそれこそ大問題なんだけどね。



 引退した戦闘機パイロットが民間航空のパイロットになって、物足りなさ過ぎてやめてしまうっていう話は聞いたことがある。

 もしかしたら俺も、すでにそうなっちゃってるのかもしれないな……。



 それが良いことなのか悪いことなのかはわからないけれど。



 俺も、こみ上げてくるあくびをこらえることなく大きく口を開けた。


 そんな俺を見かねたのか、アンジェが口を開く。




『マスター。暇そうですね。なにか音楽でもかけましょうか?』

「うっそマジでそんな機能あるの!? カーステレオじゃあるまいし……!」

『もちろんです。なめてもらっては困ります』


 別になめてはいないんだけど……。戦闘機にそんな機能があっていいのだろうか……?

 でも、こんな退屈な空じゃあ音楽を聴きながらじゃないとやってられない。




「じゃあなんか、眠気が吹き飛びそうなやつを頼んでいいかな?」

『了解。デスメタルから選曲します』



 やがてヘルメットのなかのスピーカーから流れ出してきたのは、思わずヘドバンしてしまうほどギャリギャリなデスメタル。

 デスボイスとシャウトが超絶ギターの上に乗っかり、騒がしいことこの上ない。でも退屈すぎて眠ってしまいそうな現状には、ぴったりのチョイスだった。




「デスメタル聞きながら遊覧飛行ってのも、なんかシュールだよな」

『お気に召しませんでしたら、クラシック等もご用意できますが』

「わざわざ眠くなるような曲用意せんでもいい。それより、周辺に異常は?」

『動体、および熱源センサーともに反応なし。グルージア国際空港までの航路上にも、異常が発生したという情報は入っていません』

「順調だな」

『順調です』



 アーネストリア空軍基地からルーニエスの首都グルーシアへは、空路でおよそ三十分の距離だ。

 メデュラドとルーニエスの国境を北に見るアーネストリア基地を基準に考えると、グルージアは南へかなり下ることになる。


 そういえばこの国全体の地図をまだ見せてもらったことが無かった気がする。まぁ、帰ったらリュートさんあたりにでも頼んで世界地図を見せてもらうとするか……。


「アンジェ、すまないがオートパイロットを頼めるか? センサー類に反応があったら俺がコントロールを持つ」

『了解しました。アイハブコントロール』



 HUDの隅っこに『AUTO』の文字が表示されたことを確認してから、俺は操縦桿とスロットルレバーから手を放した。

 そして、持ち込んでいたチョコレートバーの封を切って開ける。


 朝ごはんを食べていなかったのだ。

 なんたって五時からブリーフィングで、そのまま休む暇もなく離陸だったんだから。


「んま、んま」


 チョコレートバーを頬張りながら、さかさまになっても水がこぼれない構造の水筒から水をすする。

 朝ごはんとしては質素だけど、空の上で食べる食事は別格だった。




『ナーナーリョースケー。暇だヨー! なんかお話しシヨーヨー!』


 突然、無線からフレイアのねだるような声。

 きっと輸送機のコックピットに進入してパイロットたちから無線機をひったくったのだろう。


 それか、面白がったパイロットたちがわざと無線機を渡したか。



「話しって、何するんだよ」

『ソーだナー……。ここで話すことは何モ無いカナー……』

「じゃあ大人しく座ってろ! パイロットに迷惑かけるな!」

「ウーイ……」



 俺の左斜め下を飛ぶ輸送機を見下ろしながら、苦笑する。

 すねているフレイアの顔が目に浮かぶようだ。


 グルージアに着いたら、俺が異世界の人間であるっていうことを、しっかり彼女に伝えよう。


 それが、過去を語ってくれた彼女へのお返しになるはずだ。


 食べ終わったチョコレートバーのゴミをフライトスーツのポケットにねじ込みながら、視線を進行方向へと戻す。


「おぉ……?」


 はるか向こうに、巨大な積乱雲が見えた。

 雲の合間合間には稲光も走り、少し下目をやると真っ暗な影が広がっている。きっとあの雲の下は土砂降りだろう。


 ありゃあ、突っ込むにはちょっと勇気がいるぞ……?


 少し遠回りになってしまうけど、迂回した方が良いんじゃないだろうか?


「スパロウツーより各機、正面の積乱雲は視認していますか?」

『こちらギフトボックス。当然だ。出発前の気象データに積乱雲なんて無かったよな。急激に発達したのか?』

『こちらスパロウワン。ここらは海が近い上に亜熱帯地域だ。そうであっても不思議じゃない。少し予定航路を外れるが、雲を迂回していくべきだと思う』

『こちらギフトボックス。異議なし。どちら側に回避する?』


 やはり、積乱雲に突っ込むのは無謀が過ぎる。

 ジャンボジェットでさえ、積乱雲の中に突っ込むのは無謀なんだから。


『積乱雲周辺の気流は……北北東から南南西。風速三十三ノット。ちょっとした嵐だなこりゃ……。風上側に抜けよう。積乱雲の右側に抜ける』


 風速三十三ノットというと、風力階級では『七』。秒速で表すと約一七メートル。強風と呼ばれる強さだ。

 回避できるなら回避するに越したことはない。

 

『了解だ。先導を頼めるか?』

『了解』


 俺たちの少し先を飛行していたシャルロットさんの機体が、緩やかに右旋回を開始した。

 旋回とはいっても、進路がほんの少しだけ変わるようなささいなもの。


 それに続き、俺たちも進路を積乱雲の右側に取った。



「なにも問題が起きなきゃいいけどな……」


 実際こうして問題が発生すると、何事もない平和な空がどれだけありがたいものなのかを再認識させられる。やっぱり、退屈が一番なんだなぁって。



 けど、そんな希望も、容易く打ち砕かれることになった。



『マスター、緊急事態です。積乱雲周辺に熱源反応多数出現。こちらに接近してきます』

「はぁ!? 出現!? いきなり現れたってことか!?」

『肯定です。アンノウンとの距離、およそ二十。接触まであと一分』


「シャルロットさん!」

『わかってる! ギフトボックス。高度を取りながら南西へ飛べ。それと首都防空隊に緊急支援要請!急げ!』

『りょ、了解!!』


 シャルロットさんの指示を受け、輸送機が空域の離脱を開始した。


 にしても、こんな領空の奥深くにいきなり熱源反応?

 いや、ありえないはずだ。敵だってことは。じゃあ、味方航空機か? 民間航空機か?


 そんな考えを吹き飛ばすかのように、コックピット内にけたたましいアラームが鳴り響いた。


『アンノウン、当機をセンサーロック。IFF反応なし。敵機と認定します』

「て、敵だと……!? そんな馬鹿な……!」


『敵機、ミサイル射出を確認。到達まで三十秒』


 考えている暇は無かった。

『ルーキー! とにかく敵を落とす! マスターアーム点火! オールウエポンズフリー! ブレイク!』

「りょ、了解!」


 エンジン出力をミリタリーへ押し上げ、フレア射出準備を整える。



 領空奥地に突如出現した正体不明の敵性航空機。


 ただ一つわかっていることは、やらなきゃやられるっていうことだけだった。




 三十四話へ続く。




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