第32話 心のモヤ

「それでは、これにてブリーフィングは終了。と言っても、本当にただフレイア殿下の乗った輸送機に付き添い飛行をすればいいだけだから、空を楽しんできてよ!」


 フレイア護送の日の朝、ブリーフィングルームにはスパロウスコードロンの二人とリュートさん。そして輸送機のパイロットたち。

 敵に襲われることなどまずありえない領空奥地での飛行。誰しもがリラックスムードで、ブリーフィングも飛行予定航路と時刻の確認だけで終わった。



「では、すぐ出立の準備にかかってくれ。スパロウスコードロンは、念のため対空戦闘パッケージをフルでね」

「わかってるさ。行くぞルーキー」

「行きましょう!」



 立ち上がり、部屋を辞したシャルロットさんの背中を追い、俺も足を動かす。


 さぁ、空だ! この世界に来て初めての平和な空。存分に楽しんでやろうじゃないの!



 と、その前に……。


「シャルロットさん、すいませんが先に行っててください。ちょっとリュートさんに相談することがあって……」



 昨日の夜感じたモヤモヤを、この場で解決しておきたかった。モヤモヤした気分のまま空に上がるのは、なんとなく嫌だったのだ。

 あの初めてのスクランブルの日。リュートさんとシャルロットさんの会話を盗み聞きしていたってことがバレてしまうけど、それでも確かめておきたかった。


 それと、フレイアにイカロス・プロジェクトの件を話してもいいのかということも、確認しておきたかった。




 昨日彼女が打ち明けてくれた過去の話。

 それに、俺も応えたいと思ったから。



「わかった。離陸三十分前にはプリフライトチェックを開始する。それまでに来いよ」

「ありがとうございます」


 彼女は特に何を言うでもなく、長い髪をひるがえしてハンガーへと向かっていった。

 その背中を見送ってから、俺は資料の整理をしていたリュートさんのもとへ。



「すいませんリュートさん」

「おっ、どうしたリョースケ。何か用っていうか、用があるから話しかけてるんだろね。それで、なにかな?」


 彼はまとめていた資料をいったん手放し、聞く態勢を取ってくれた。

 軽く頭を下げて感謝を伝えつつ、できるだけ周りに聞かれることが無いよう小さな声で、昨日の夜のことを打ち明けた。



「……なるほどねぇ。イカロス・プロジェクトの話、聞かれてたのかぁ……」

「すいません。聞き耳を立てるようなことになってしまって……」

「いやいいさ。いずれは君にも話さなきゃなとは思っていた。その手間が省けたと思えばもうけものだ。それで、このプロジェクトの情報管理について、だったよね?」

「はい。ちょっと、ずさんすぎるんじゃないかなと思いまして」


 国家機密プロジェクトを、敵国の王女の前でさらっと言ってしまう人。まぁシャルロットさんなんだけど。ともかくそういう人がいる時点で、ヤバいと思うんだけど……。

 まぁ彼女の場合は俺の上司になるから知ってなきゃまずいってのはあるんだろうけども……。それにしても、ねぇ?




「うーむ、まずこのプロジェクトを知っている人間だけど、君は何人知ってる?」

「えーと、シャルロットさん。海兵隊、海兵隊の指導教官、この基地のみんな、リュートさん……くらいですかね。シャルロットさんが口を滑らせてフレイアも俺が異世界の人間だってうすうす気づいてるかと」

「おいおいシャルロット……! ったく、昔からそうなんだよなぁ……。完璧に見えるけど、抜けてるっていうか……」

「あー、なんとなくわかります」


 俺はそう返しながら、新車でウキウキする彼女の姿を思い返していた。

 マルタの街ではパンツ隠せてなかったりもしたし。教習車をピックアップしちゃうくらいだし。


「そうだなぁ、シャルのことはおいておくとして。結論から言うと、まったく問題ないから気にしないでくれ。基地の職員には『口外したら島送り』って言ってあるし、もし漏れたとしても今なら『敵国のプロパガンダだ』で済ませられる」

「あー、確かに」


 もし俺が異世界の人間であると国際社会に知れ渡っても、今ならば『敵国であるメデュラドがルーニエスの信頼を失墜させるために流した悪質なデマである』って言い訳できなくもない。


 異世界への干渉が禁止されているということは、俺をこの世界に呼び出すための魔法を持っていたハイエルフの国も騒動に巻き込まれるっていうことになるし、ルーニエスだけが表立ってチクチクされることは、確かにないかもしれない。


 だからと言って、ポイポイ口外するものでもないのも確かだ。一番いいのはどこにもバレることなく、何事もなくこの世界に俺が溶け込むことなんだから。



「海兵隊連中は、今後君との共同作戦が多くなるだろうからあらかじめ説明しておいたんだ。でも大丈夫。あいつらの口はTT装甲より硬い。そう仕立て上げた海兵隊の指導教官もまた大丈夫だ」

「そういえば、なんで海兵隊の指導教官が教習所の教官なんてやってるんですか?」

「あの人は頭がおかしいんだ。そうとしか説明できない」

「さいですか……」


 そう言い切られてしまったら、深く追求することもできない。

 どう頭がおかしいんですか? なんて聞けるものじゃないだろう?


 ジト目になってしまった俺に苦笑を返しながら、リュートさんは続けた。


「だから、大丈夫だよ。もし万が一君の素性が他国に知られても、俺たちは全力で君を守る。それがこの世界に君を呼んだ俺たちの義務だ」




 力強く、リュートさんはそう言ってくれた。

 だったら、もう彼を信じるしかないじゃないか。ここで疑うのなんて、失礼だ。



「それと、フレイア殿下にも言っていいよ。もし口外したらエロ同人よりひどいことをするけどね」

「……伝えておきます」



 結構カッコイイ雰囲気だったのに、最後の一言で吹き飛んだ。

 でもそれと同時に、今までのモヤモヤも全部吹き飛んでいた。


「では司令官、橘涼介少尉。これよりフレイア殿下の護衛任務に就きます」

「幸運を祈る!」



 互いに敬礼。



 俺はくるりとその身をひるがえし、ハンガーに向かうべく足を踏み出した。

 

 のだが……。


「あー、リョースケ。ひとついいかな」


 リュートさんに呼び止められ、その場で足を止める。


 彼は眉間にしわを寄せながらも、はっきりとした口調でこう言った。



「その、シャルロットのことなんだが。くれぐれも彼女を頼む」

「はい? いえ、むしろ俺が彼女に面倒を見てもらう立場なのですが……」


 確かにヌケているところはある。けれど、どんな時にでも頼りになる最高の隊長で、上官だ。

 俺が彼女のためになれることなんて、何一つないような気がするんだけど……。



 でもリュートさんは、真剣だった。


「彼女も、君と同じティーンエイジャーなんだ。それを忘れないでくれ。とにかく、彼女のことを頼むよ」

「……? はい、わかりました」



 正直、よくわからない。でも、なんとなくそう答えておく。

 彼女の力になれるなら、そりゃあうれしい。



 こっちの世界に来てもう何回も、彼女の言葉に助けられてきた。

 恩返しは、したいと思っている。



「まぁでも、何事もなければそれでいいんだ。とにかく、気を付けてね」

「了解しました」



 一つもやが晴れたと思ったら、また一つもやが心に生まれた。



 でも、これから向かうのは戦いの無い空だ。

 自然と心は高鳴っていく。



 部屋を辞してハンガーに向かう頃には、もうすでに俺の心は今から向かう空のことだけで、いっぱいになっていた。




三十三話に続く。

 








 





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