第27話 安全運転を心がけましょう
「うわああああああああああああああああああああ」
「うわああああああああああああああああああああああ」
「ヒャッホーイ!!!」
走る、走る、とにかく走る。
こんなに思いっきり走ったの何年ぶりだろうってくらいの全力ダッシュをする俺たち三人。
かっこよくホルスターから拳銃を引き抜くまでは良かったけれど、現実はそう甘くなかった。
相手はフルオートができる。こっちはできない。しかも俺は『ただ標的に向けて引き金がひける』だけのズブの素人だ。普通に考えて太刀打ちできるはずもない。
なんとか生ごみの中からフレイアを発掘し、全力で車に背を向ける。
当然連中もそう簡単に逃がしてくれるはずもなく、車を飛び出しておにごっこに。
その結果がこの必死の逃走と言うわけだ。
「リョースケェ! お前異世界から来たんだろ!? なんかこう、便利な技とか使えねぇのか!」
好き勝手言ってくれる。そりゃあ俺だって超カッケー超常の力でブイブイ言わせて、カワイイ女の子をどんどん落としてハーレムしたかった。
でも現実、俺は機関銃の弾幕にすら立ち向かえないただの人間でしかない。覆しようのない事実を証明するかのように、疲労のたまり始めた足は思うように前へと進まない。
「むむむむむ無理ですよそんなの! こっちの世界魔法もあるんでしょう!? シャルロットさん魔法使えないんですか!?」
上がりかけた息で精一杯の反撃を返す。でもシャルロットさんも、余裕はなかったようだ。
「バカ野郎魔法が使えるのはハイエルフだけだってサイナスにせつめうわああああああああああああ!!!」
「ナニナニー!? リョースケ異世界って何のハナシー!?」
全力で裏路地をダッシュする俺とシャルロットさんとはうって変わって、まるでピクニックかのような面持ちで、頭の上にバナナの皮を乗せたままらんらんと一番前を行くフレイア。
やっぱりこの女はおかしい。どうかしている。撃たれているんだぞ? マシンガンで――
「ほにょおおおおおおおおおおお!!」
そんなことを考えていた俺のすぐ横に設えられていた街頭に銃弾が弾け、すさまじい火花をまき散らした。
うん、もはや余計な考えなど無用! とにかく全力ダッシュ! 今はこれしかない!
「これからどうするんですかシャルロットさんんんんん!」
「と、とにかく車へ! 拳銃じゃあ太刀打ちできねぇ!」
そう叫びつつ裏路地を飛び出した途端、街の混乱具合が目に飛び込んでくる。街ゆく人々は銃声から離れようととにかく逃げまどい、我先にと安全な屋内へと退避しつつあった。
恐怖や不安、その全てがパニックを助長させ、混乱の波はどんどんと大きくなっていく。
そんな中で、シャルロットさんの提案に乗り、とにかく俺たちは駐車場を目指した。
幸い街の混乱に乗じて駐車場までは襲撃されることなくたどり着き、とにかくまず最初に武器を調達することにする。
ちなみに今日ここへは、軍が所有するセダンでやってきていた。シャルロットさんのツーシータークーペじゃ、アサルトライフル二丁なんてとてもではないけど運べないからだ。
「リョースケ! 私はサイナスに連絡を入れる。トランクからMk3ライフルと予備弾倉を出しといてくれ!」
「わかりました!」
腕時計型携帯電話で連絡を取り始めたシャルロットさんから車のキーを受け取り、トランクを開ける。
そこには真っ黒なライフルケースが二つと、おおぶりな赤いケースが一つ詰め込まれていた。
ライフルケース二つを肩に背負い、赤いケースを両腕で抱え込む。かなりの重さがあるこの箱の中には、ギッシリと予備弾倉が詰まっているのだ。
「フレイア! ちょっと手ぇ貸して!」
「アイヨー!」
手持無沙汰にしていたフレイアもこき使い、胸に抱え込むほどの大きさを持つ弾薬箱をゆっくりと地面におろす。
蓋を開けて中身を確認。金色の五.五六ミリカートリッジが装填されたSTANAGマガジンが顔をのぞかせ、キラリと陽光を反射した。
「よし、弾は十分……! 次は……!」
ライフルケースのジッパーに手をかけ、一気に引き下ろす。
こっちはシャルロットさんのものだったようで、銃のあちらこちらにアタッチメントパーツがこれでもかというほどに取り付けられたMk3アサルトライフルが顔をのぞかせた。
「シャルロットさん! ライフルここに置いておきます!」
マガジンハウジングにマガジンを突き刺してから、ケースの上に寝かせて次は俺のライフルの準備を整える。
マガジンを挿し込み、チャージングハンドルを引いて放す。
バシャッ! という小気味良い音とともに、初弾がチャンバーへと送り込まれた。
箱の中に入っていた予備弾倉をポケットに詰め込めるだけ詰め込み、フレイアのワンピースにもこれでもかというほど詰め込んでいく。なにかバックを持ってくればよかったなぁ……!
でも、これであらかた準備は整った。
あとはシャルロットさんが連絡をつけ終わるのを待って、さっさとこの場をおさらばしよう。彼女はもうそろそろ会話を終えそうで、すぐ出発できるはずだ。
「フレイア、とりあえず車に乗ってまっ……」
後部座席のドアを開け、興味津々と言った感じで地面に置かれたシャルロットさんのアサルトライフルを見つめていたフレイアを車内に押し込もうとした、その時だった。
俺の視界の本当にすみっこに、見慣れない景色が広がっているのに気が付いた。
「んん……?」
眼鏡越しに、その方向を注視した。
男が数人、なにやら見慣れない金属の筒のようなものを取り囲んでせっせこ作業しているようだ。
工事か何かか? とも思った。でもこの騒ぎの中で工事を続けるクソ度胸のある作業員は居ないだろうし、そもそもその男たちが身にまとっているのは作業服ではなくスーツだった。
「まさか……!」
嫌な予感が脳裏をよぎる。
俺は車の中に入りかけていたフレイアを再び引っ張り出し、地面に置かれていたシャルロットさんのライフルを肩に引っ掛けた。
「シャルロットさん!! 伏せて!!!!」
そのままシャルロットさんへと突進し、地面に組み伏せる。
そのとたん、先ほど路地裏で聞いた銃声があたりに響き渡った。
「おっつかれてたのか……!」
考えるまでもない。追手だ。
銃弾は車をハチの巣にし、タイヤが爆ぜ、ガラスは砕ける。
こんなの、ハリウッド映画の中だけのものだと思っていたんだが。
「ルーキー! 私のライフルは!」
「ど、どうぞ!」
この状況の中でも、さっきとはうって変わって冷静なシャルロットさんは俺の手から自身のアサルトライフルをもぎ取り、車の下から反撃を始めた。
一回、二回、三回と、拳銃とは比べ物にならないほどの圧力を誇る銃声が、彼女の構えるMk3から放たれる。
「お、落ち着いてますねシャルロットさん!」
「バカ野郎! あんときゃ勝ち目がなかったからだ! 今は弾除けもある。アサルトライフルもある! あんなチンピラ野郎どもに負けてたまるか!」
「それはそうですけども!」
自信にあふれる言葉を裏付けるかのように、セミオートでの正確な射撃。彼女の反撃で、ひとまず銃撃はやんだ。
「いまだ! あの建物の陰へ!!」
その隙に、俺たちは車の陰から飛び出す。薬莢をふんずけて転ばないよう気を配りながらも、できうる限りの全力疾走で安全地帯へと向かう。
シャルロットさんが断続的に銃撃を加え続け、俺たちを援護。
駐車場入り口の警備員詰所であろう、コンクリ造りの小さな小屋に身を隠しつつ、今度は俺がシャルロットさんを援護する。
当てなくてもいい。とにかく相手に撃たせなければそれでいい。
俺はドットサイトの電源が入っていることを確認してから、六段階に長さを調節できるテレスコピックストックを半分程度の長さにまで伸ばし、構えた。
「当てなくてもいい……! 当てなくてもいい……!」
そう声に出して自分に言い聞かせながら、引き金を引く。
イヤマフなしで撃つアサルトライルの銃声は、強烈だった。
耳に残るのは破裂音ではなく、金属が奏でる甲高い残響音。銃声って、自分が撃っても普通にパーン!っていう音がするんだと思い込んでいたけど、これは意外だった。
とにかく立て続けに、がむしゃらに引き金を引いた。当たってるかどうかなんてわからない。ただシャルロットさんに当たらないようにだけ気を配り、引き金を引き続けた。
「ルーキー! もういいぞ! よくやった!」
すぐにシャルロットさんも、無事俺たちに合流。
硝煙を立ち上らせるライフルの銃口を下げながら、俺も物陰に姿を隠す。
息つく暇もなく、今後の身の振り方についてのプチブリーフィングだ。
「それで、これからどうしますか!?」
「海兵隊連中が今ちょうど基地に着いたみたいでな! そいつらがピックアップに来てくれる! それまでの辛抱だ!」
そういえば、今日の午後に地上戦力が基地に来るって話は聞いていた覚えがある。
地上戦闘のプロフェッショナルである海兵隊が来てくれるならば、確かに安心だろう。
でも問題は……、
「それまでどうするんですか!?」
「それを今私も決めあぐねてる! でもここにへばりついてちゃあ、いつかやられる! 移動しなきゃだな!」
そう、いつまでもここにいるわけにはいかないってことだ。
敵を全滅させればそれで済む話だけど、それをするためにはこちらも身を晒して反撃しなきゃいけない。銃だけ出してがむしゃらに撃っても、絶対に当たらない。
銃撃戦にはこちらが被弾するというでかいでかいリスクがあるのだ。そのリスクを冒すよりかは、相手の攻撃をけん制しつつ逃げてしまうのが一番手っ取り早いはず。
丁度そのとき、騒ぎから逃げようとしていたのだろう一台の乗用車が通りかかる。
「へい! そこの! 止まれ! 私たちは空軍の人間だ!」
シャルロットさんはすかさず道路に飛び出し、その車を停止させる。なるほど、この車に乗せてもらって遠くまで行こうって魂胆か! 一般人を巻き込むことになってしまうけど、今はしょうがない!
突然道端からアサルトライフルを携えた美少女が飛び出してきたら、そりゃあ誰でも急ブレーキを踏むだろう。
その車も御多分に漏れず、車体を前につんのめらせながら急停止した。
「リョースケ! ワカメ! 乗れ!」
「は、はい!」
その車は助手席にも人が乗っていたため、俺たち三人は後部座席にぎゅうぎゅうになって座る。
フレイアを真ん中にして、俺が敵に一番近い歩道側の席へと。
「すまない! 緊急事態なんだ! アーネストリア空軍基地まで頼めるか!」
運転手に向かって、シャルロットさんが声を張り上げる。
だが返事を返したのは、助手席に座る、頭がバーコードになったオジサンだった。
「この車両は四人までしか乗れません。定員外乗車で減点ですよ」
しかもこの非常事態に、こんなことを抜かす始末である。頭が固いどころの騒ぎじゃない。
「今そんなこと気にしてる場合じゃない! 緊急事態なんだ! たのむから早く出してくれ!!」
窓ガラスの向こうでは、反撃がなくなった敵さんたちが俺たちの姿を探してあちこちに首を向けている。
でもこのままじゃ、バレるのは時間の問題だろう。
シャルロットさんの必死の気配が伝わったのか、
「仕方ないですね。今回は特別ですよ。ステファニー、今回は本当に特別なパターンなので、免許を取って公道に出た後このような違反をしてはいけませんよ?」
と、助手席のおじさんは運転席に座る女性へと諭すように声をかけた。
……ん? 免許を取ってから? 公道に出た後に……?
ちょっと待ってくれ、このパターンは非常によくないぞ?
「それではステファニー。発進の手順を一から確認しつつ、車線に戻りましょう。発進はゆっくりと、ですよ?」
「は、はい教官!」
ステファニーと呼ばれた運転手は、まずバックミラーを調整。次いでサイドミラーを調整。
ハンドルの位置と座席の位置を確認し――
「発進前確認よし。ミラーよし。後方よし。目視確認よし!」
「はい、では検定を再開しましょう。ウインカーを忘れずに」
――免許を持っていない俺でもわかる初心者丸出しの運転で、ゆっくりと車を発進させたのだった。
しかもこの騒ぎの中チンタラチンタラしている乗用車が目立たないはずもなく、敵はこちらを見つけて慌てだしていた。最悪だ。最悪の状況だ。
「お、おいおいマジかよ……!」
シャルロットさんも、顔を引きつらせる。
その理由は簡単だ。
助手席シートのヘッドレスト。
普通に後部座席に座ればまず目に留まるその部分に――
「自動車教習の真っ最中だったのかよ……!」
「なんで寄りにもよって教習車捕まえるんですかシャルロットさんんんんんんん!!」
「う、うるせぇ! お前だって乗るまで気づかなかっただろうが!!!」
「安全運転ダイイチだヨー!」
――デカデカと、マルタドライビングスクールという文字が印刷されていた。
二八話へ続く。
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