第26話 ハリウッド(っぽい)・アクション
「えーと、なんて?」
「だからナー? 私、メデュラドのお姫様なのサ。崇め奉るといいヨ!」
そう言って目の前の元ワカメオバケは、ドヤッと胸を張った。
だが、こっちはそれどころじゃない。
ワカメオバケがワカメを脱ぎ捨てたと思ったら中から美少女が出てきて、しかも現在戦争中のメデュラド王国の王女だとカミングアウトされる。
理解しろという方が無理な話だ。
正直初めてこの世界に来て、リュートさんにいろいろ話を聞いた時よりも理解が追い付かなかった。
いやだって、敵国の軍人である俺たちにそれをカミングアウトするっていうのも信じられないし、もしお姫様だとしたらなんで敵国にいるのかわからないし、そもそもなんでワカメのギリースーツを身にまとって海から現れたのかもわからないし。
とにかく、意味不明が過ぎた。
「えぇっと……」
隣のシャルロットさんも頭上に大きなクエスチョンマークを浮かべ、遠い目になって首をかしげている。
俺も似たようなものだ。
「どうしたら信じてくれルー? ほんとなんだヨーコレ」
でも自称お姫様は、ポニーテールを肩の前に垂らして指でそれを弄びながら苦笑する。
濡れた赤い髪が陽光を反射し、キラリと光った。
「……いやだって、信じる要素がまずなにもないよね」
そのしぐさに少しだけ見とれながらも、なんとかそう返す。
「そうそう。お前が王女だっていう証拠もどこにもないし」
シャルロットさんもジト目のままだ。まさにその通りだった。
「証拠って言ってもナー……。持ち物全部流されチャっタシ……」
そう言って彼女は、ワンピースのポケットをまさぐり始めた。だけど中から出てくるのは、フニャフニャになったポケットティッシュだったり裏返った靴下だったり小銭だったりで、どんどんお姫様であるという信憑性を下げるような品物ばかりだ。
お姫様のワンピースから裏返しになった靴下が出てきてたまるものか。俺の頭の中で、信憑性メーターが音を立てて下降していくのがわかる。現在信憑性七十パーセント。
「お姫様、ねぇ……」
「ちょっと待っテ今の無し今の無しネー?」
暫くポケットをひっくり返したり腕を組んで唸ってみたり頭を抱えてみたりしていた彼女だったが、ふと何かを思い出したかのように顔を上げる。
「アッ! そうダ! チミたチ、今大人気のドラマ知ってルだロー!? 『君の空を僕の翼で』っていうドラマー! 再放送だッていうのに全世界で視聴率六割超えのスーパー人気ドラマなんだけどサー!」
「知らない」
「見てない」
「オウシット! マザーファッカー!」
即答した俺とシャルロットさんに、彼女は頭を抱えて身もだえし始める。ていうかお姫様にしては口調がアレだし、どんどん自分の首を絞めていっているような……。
信憑性メーター、ただいま五十パーセント。
「そのドラマがどうしたんだ?」
呆れ切った様子で、シャルロットさんが一応そう尋ねる。その大人気ドラマを引き合いに出したからには理由があるんだろうし。
でも自称お姫様は、渋った様子で腕を組むだけだ。
「ウーン、見てないナラ言っても意味無いンダヨナー……。人選ミスったかナー……」
「いや人選ミスったとか失礼にも程があるだろ海藻野郎!」
またしてもシャルロットさんが切れる。
それに同じくたははと苦笑を返しながらも、彼女は悪びれた様子を見せることもなく続けた。
「そのドラマなー? メデュラドの王女、つまり私がメインヒロインやってルドラマだから、見てればわかると思ったんだけどナー……」
「もし私達がそのドラマを見てたら、おめさんを初めて見たときにもうわかってるわ」
「そりゃそうカー! 参ったナー! ウーム、これは参っタ!」
いやお前絶対困ってないだろと突っ込みを入れたくなるほどの、キラキラした笑顔を浮かべる自称王女様。
意味不明はさらに加速していくけど、そういえば一番大事なことを聞き忘れていた。
「あの、失礼ですがあなたのお名前は?」
「オーそうだったナ! まだジコショーカイもしてなかったなリョースケ君!」
突然名前を呼ばれ、鼓動が一段高くなる。ドキッとしたのは確かだけど、別に恋とかそういう方面ではない。名乗ってもいないのに自分の名前を呼ばれたこと。それに驚いた。
でもまぁ、さっきからシャルロットさんが俺のこと普通にリョースケって呼んでたし、冷静になって考えてみれば何も驚くことなんてなかったのだけれど。でも実際、ドキッとしたのは確かだった。
「私の名前はナー。フレイア・レステリス・ド・フェルデルレリシア……えーと……ふぇれるでる……ふぇる……。……メデュラドだ!」
またしても信憑性メーターが急降下し、現在三十パーセント。次なにか意味不明なことをやらかしたら、少なくとも俺は彼女の言葉に耳を貸すのはやめようと思う。
自分の名前も言えない王女などいてたまるものか。
「シャルロットさん、コレどうするんですか? いつまで付き合うんですかコレ」
残り三十パーセントの信憑性をもとに、最終決定権を持つ隊長に今後の指示を仰ぐ。
多分シャルロットさんも俺と同じくあきれ果てているだろうと、彼女の方に顔を向けたのだが……。
「フム……」
予想に反し、シャルロットさんはかなり真剣に彼女の言葉を捉え考えに耽っていた。
おぉ……? なんだなんだ? さっきのカミカミ自己紹介で何か思うところでもあったんだろうか?
王女様の名前なんて調べれば出てくるだろうし、赤の他人がそれを名乗ることなんて造作でもない。
そう思って俺はろくに取り合わなかったんだけど……。
「お前、レステリスって言ったな」
しばらく形のいい顎に手を添えて思案えを続けていたシャルロットさんが、ふと顔を上げてそう問うた。
「言ったヨー!」
それに元気よく拳を天高くつきあげながら答えるフレイア。なんだかアラ〇ちゃんみたいだなぁ……。
「ど、どうしたんですかシャルロットさん。まさか本当にこのワカメオバケが王女だって信じるんですか?」
「ルーキー、よく聞け。レステリスというのは、メデュラドの王室にしか伝わらない称号のようなものなんだ。普通に考えて、一般人がそれを知っているのはおかしい」
「そ、そうなんですか?」
「そうだ。本当に王室の人間しか知らないんだ。冗談抜きで。メデュラドの軍人でも、ましてや軍の諜報機関の人間でも知っているものは数少ない」
「えっ、じゃあ……」
俺は、大の字になって太陽の光を浴びているお気楽お嬢様へとゆっくり視線を向けた。
「じゃあ本当に、彼女は王女だってことですか……?」
「確証はない。でも、そうでないとしてもかなり重要な人物であることは確かだろう。このままほっぽっといていい人間じゃない」
急展開を見せる自称王女様問題。俺は目をぱちくりさせてシャルロットさんとフレイアを交互に見やる。
「でも、その重要人物がワカメ着ますか?」
「……それについてはなんとも言えない。でも、とにかくいったん基地に連れて帰ろうと思う。リュートなら何かわかるはずだ。非番を途中で切り上げちまって申し訳ないがな」
「それは問題ないです。じゃあ、駐車場に戻りますか?」
「そうしよう。ヘイワカメ女!」
シャルロットさんは俺との会話を区切り、海沿いで海藻と戯れていたフレイアのもとへと駆け寄っていく。
その彼女の後姿を見送りながら、俺はある違和感をぬぐいきれないでいた。
「王室の人間と、諜報機関でも知ってる人が少ない情報を、なんでシャルロットさんが知ってるんだ……?」
今までとは違うタイプの心の靄が広がっていく。
「おーいルーキー! 向こうから上に上がれそうだ! とっとと帰るぞー!」
「帰るぞー! リョースケー! って帰るってどこニー!?」
でもその靄も、コントみたいなやり取りを繰り広げる二人を目にして吹き飛んでしまう。
シャルロットさんのことだ。いつか自分からこの謎の答えを俺に伝えてくれるはず。
俺はそう自分に言い聞かせ、白い砂浜に足跡を残し始めた二人の背中を負った。
「とりあえず私達の基地に行こうと思う。それでいいか? 聞きたい話は山ほどあるが、ここですることもないだろう。詳しい話は車の中で聞かせてくれ」
「エッチなことされルのか私!」
「それがお望みならスラム街に置いていくが」
「基地でオナシャース!」
湾の奥、コンクリートの壁の端の方に、露出した土が顔をのぞかせていた。
傾斜もゆるく、俺たちはそこを上って道路へと這い上がる。
お姫様っていう割にフレイアは運動神経が良くて、俺たちの助けを受けることもなくヒョイヒョイとその壁を上っていく。
むしろ一週間前までゲーマーだった俺がこんなアスレチッキーな壁をいきなり登れるはずもなく、シャルロットさんに何度も何度も助けられてようやく壁の上の道路に到達した次第だ。
「ルーキーお前、今度は基礎体力訓練だな……」
「ハァ……はぁ……すいません……」
やれやれと肩をすくめるシャルロットさんに加え、
「ダラシネーぞリョースケ! お前それでも軍人カー!」
ピンピンしているフレイアにもあおられる始末だ。
俺は基礎体力の向上を誓いつつ、膝に着いた泥をはたき落とした。
俺が泥を払い落とすのを待ち、シャルロットさんがその身をひるがえす。
「じゃあ、とにかく車まで戻るか」
「あ、でもドラマ出てたってことはかなりの有名人ですよね? 街中歩いて大丈夫でしょうか……」
息も切れ切れに俺が提案した懸念事項を、シャルロットさんも真剣に捉えたようで、
「そういえばそうだな。私達ドラマ見てないからわかんないけど、人目に触れるのは確かにまずいかもしれんな……。人通りのない道を行くか」
「ソンナ! 人通りのない道に私をツレこんデどんなエッチなことをするつもりダー!」
「お前実は犯されたいドMなのか……?」
でもそんなちょっとだけシリアスの雰囲気も、フレイアの前では綿ぼこりもいいところだった。
気の抜けた空気のまま、俺たちは人気のない道を選んで駐車場までの道のりを行く。
たまに人とすれ違ったりするけど、その誰もがマルタの街の美しさに夢中でこちらに視線を送ってくることは無かった。
「ナンカ、私より街の方がキレイって言われてる気がシテ気にクワン」
「実際お前よりこの街の方がきれいだ。あきらめろ」
「フーンだ! ナーナーリョースケー! お前この街とワタシ、どっちが綺麗だと思うー!?」
うわっまた答えにくい質問を……!
シャルロットさんが街の方がきれいだと言った手前、フレイアの方がきれいだというのはシャルロットさんにケンカを売ってしまうことになりかねない。
でも男である俺が街の方がきれいだなんて言ったらフレイアに失礼だし……。
こういう状況を上手く切り抜けるには……。
もう、これしかあるまい。
「いや、俺の方がきれいですね」
自爆覚悟で、泥をかぶるしかあるまい。もっとも、冗談だとわかってくれるだろうが……。
でもフレイアには、
「えっト……、そ、そうかー」
結構真面目にドン引きされてしまったようだ。
「あの、冗談だよ……? ちょっとシャルロットさん! シャルロットさんならわかってくれますよね!?」
頼みの綱。この世界での俺の最大の理解者であるシャルロットさんに助け舟を求めたのだが……
「お前、ナルシストだったのか……。近寄らんとこ……」
彼女にも、かなりの勢いでドン引きされてしまったようだ。
どうしよう。これはかなりまずい状況かもしれない。ギャルゲーなら完全にリセットして前の選択肢からやり直す状況だ。
「ちょっと二人とも!冗談ですって! だって女の子にどっちがきれいだとか聞かれて即答できるはずないじゃないですか! フレイアの方がきれいだって言ったらシャルロットさんに失礼かなってなったし! フレイアに向かって男が街の方がきれいだなんて言うのも失礼だし!」
「わかってるわかってる! 騒ぐな! 人気が少ないとはいえここは街中なんだ! 誰か来たらどうする!」
「すっ、すいません……」
どうやらからかわれていたのだとやっと理解し、顔がカッカと熱を持つ。
あぁ恥ずかしい。あぁ情けない。俺は男として完全に下に見られてしまったということだ……。
……でも、その熱が急に冷えていくのを感じた。
空気が変わったのだ。
「シャルロットさん……」
「わかってる。仕方ねぇが、人気の多いメインストリートに出るぞ」
戦闘機以外ズブの素人である俺にもはっきりとわかる。
この背中に嫌な汗が流れ出すような冷徹な空気。間違いなく殺気だ。
シャルロットさんが、ホルスターの中で拳銃の撃鉄を起こす。
俺も、撃鉄を起こしてセーフティーをかけ、ホルスターから抜けばいつでも射撃できる体勢を整える。
進路を変え、人の多い表通りへと進む俺たち。
でも、あと十メートルでそこにたどり着くといったところだっただろうか。
「伏せろ!!!」
シャルロットさんの叫びとともに、俺は反射的にフレイアを地面に押し倒していた。
そして、すさまじい破裂音が連続する。
体の上を、なにか熱いものが高速で飛び去って行くのを肌で感じた。
顔だけ動かして状況を確認する。
表通りへの出口、そこをふさぐように黒塗りのセダンが止まり、その後部座席から激しいマズルフラッシュがのぞく。
俺はフレイアを近くにあったゴミ回収ボックスの中へとほおり投げ、ホルスターから拳銃を引き抜いた。
二十七話へ続く。
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