第17話 ユーフリウティス川の戦い
『ルーキー! 後ろについた! ブレイク! ブレイク!!』
「隊長もつかれてますよ!!」
民間船に偽装されたメデュラドの飛行戦艦と、そこから発艦したレイダーが六機。
戦艦からハリネズミのように撃ちだされる対空ビーム機銃を避けながら、レイダーの攻撃もかわさなけばいけないというクソにも程がある状況に俺たちは置かれていた。
こちらの武装はビーム機銃のみで、ミサイルを回避するためのフレアも使い切っている。
しかも、ここからすぐ近くには俺たちのホームベースであるアーネストリア基地。
逃げようとすれば敵は間違いなく基地を攻撃するだろうし、まず逃がしてくれるはずもなかった。
『メイデイメイデイ! こちらスパロウスコードロン! RTB中に敵のFSと交戦! また艦載機も発艦してこれとも交戦中! 至急増援を! 至急増援を!』
『こちらアーネストリアコントロール。スパロウワン、詳しい状況を!』
無線から聞こえてきたのは、かなり焦った様子のリュートさんの声。
そりゃそうだろう。基地のこんな近くにまで敵の戦艦の侵入を許し、しかもこっちの戦力はビーム機銃しか残っていない戦闘機が三機だけだ。
補給に降りることもできず、撤退する場所もない。
やっと来た増援もだいぶ向こうの国境上空で無人戦闘機と空戦の最中だ。
『恐らく、無人戦闘機も攻撃機も陽動だったんだ! その戦艦で最前線基地を陥落させることが奴らの目的だ!』
「陽動に無人機四個飛行隊!? くそっ! 手のひらで踊らされてたってわけか!」
ここに来て俺らにばれたのは、俺らの帰投が想定より早かったのか、それともトラブルが発生したのか、はたまた見つかっても問題ないと判断されたのか。
とにかく、最悪な状況であることに変わりはなかった。
今のところ基地に向けて長距離攻撃を行う素振りを見せていないのは、無傷の滑走路を手に入れて今後の活動拠点にしたいからだろう。
『マスター、敵FSの解析が完了しました。軍艦ではなく、本当に民間船籍の船を改修したもののようです。耐久性や攻撃能力は正規軍艦の比ではありません。格段に劣っています。おそらく基地襲撃のための地上部隊を輸送するのが第一目標ではないかと』
「耐久性と攻撃力は劣るって……、この対空砲火で劣るのか!? モノホンの軍艦はどんななんだよ!」
花火のように撃ちだされ続ける緑色の光線。
死角など無く、近づくことすらかなわない。
今はフリューゲル帯が盾になってこっちまでそうたくさんの弾は飛んでこないのが不幸中の幸いか。
『耐久性においても、敵FSのTT装甲を破壊するためにこちらの搭載する三〇ミリビーム機関砲・サーヴァントでは三十九万発を同一個所に射撃する必要があります』
「つまり今の武装じゃ落とせないってことだろ!」
『そうなります。本来対艦戦闘は、FSが航空機と比較し機動性が劣悪なことを利用して粘着燃焼式ナパームミサイルでTT装甲を破壊する、もしくは戦艦主砲クラスのビーム兵器を命中させるのが常套句ですが、あいにく当機は対艦ナパーム弾も戦艦主砲も搭載しておりません』
「そんなもんわかってる!」
俺とアンジェの会話にシャルロットさんも加わった。
『そもそも戦闘機でFSに挑むこと自体自殺行為だ! おおっと!』
「じゃあどうするんですか!」
『それを今考えてる!』
攻撃をかわすことしかできない俺たち。レイダーの後ろに着こうとすればFSからの対空砲火がそれを阻止し、FSの対空砲火を黙らせようにも近づくことすらできない。
敵はさっきから一発もミサイルを撃ってこないけど、多分俺たち相手にミサイルを使うまでもないと考えているんだろう。
「ぐおっ!!」
そのとたん、凄まじい衝撃が体を襲う。
次いで、被弾したことを知らせるけたたましいアラームが鳴り響いた。
『マスター、右垂直尾翼に直撃弾。TT装甲蓄熱率八十九パーセントです』
「んなっ!? 一発で!?」
『恐らくFSの対空砲火と思われます。航空機搭載型ビーム砲とは出力が違いますので』
「そりゃあヘロンも一瞬で落ちるわけだ……!」
『ルーキー! レイダーをかわしながら後退する! 基地の方には飛ぶな! さっきの戦闘空域の方に飛べ!』
「りょ、了解!」
隙を見て、この戦闘空域からの離脱を図る。
FSは離れていく俺たちを見、基地方向への侵攻を開始したようだ。ゆっくりゆっくりではあるけれど、浮島をその巨大な船体で弾き飛ばしながら動き出す空の鯨。
「隊長! FSが!」
『わかってる! でも今の私たちにゃあなにもできねぇ! 生きて帰ることだけを考えろ!』
でもここでFSを見逃すと、基地が陥落する。
基地にもう戦力は残っていない。警備兵がいるけど、アサルトライフルでFSはおろか戦闘機も落とせない。
『サイナス! すまないが私達でFSを止めるのは無理だ! 基地を離れて退避しろ!』
『もう退避させてる! 増援も要請したが、どこも人手不足ですぐには無理だ! 近辺の高射部隊に情報を伝えて迎撃体制は整えてもらったが、FSは防げない! 君たちもAWACSの指示に従って国内部の基地に向かってくれ! アーネストリアは爆破処理の後放棄する!』
『くそっ……!』
シャルロットさんの悔しそうな声の向こうで、何かを叩きつけるような音が響いた。
多分、拳をコンソールに叩きつけたんだろう。
それくらい、ホームベースを破棄しなければならないというのは屈辱なんだ。
俺はまだ一週間しかあの基地で生活していない。
でももう、我が家のような感覚を覚えていた。職員たちはみなやさしく、シャルロットさんもリュートさんもいる。あのアットホームな雰囲気の基地。
アーネストリアを失うということは、ルーニエスにとって痛手ではないのかもしれない。
ぶっ壊れたままのILS装置、お世辞にも綺麗とは言えない滑走路とエプロン。しかも俺が来るまでパイロットはシャルロットさんただ一人で、あとはヘロンが四機だけ。
滑走路が狭すぎて二機以上同時に離陸するコンビネーションテイクオフもできず、敵への対応能力は極端に低い。ルーニエスの中で一番最前線とはいえ、それでも国境には遠く、戦略的に見ればあまり使い勝手のいい基地ではない。
戦力を増強しようにも、それを置いておくスペースもない。
だけど、それでも俺がこの世界に来て初めて降りた基地だった。
初めて戦闘機で空に舞い上がった基地だった。
失いたくはなかった。
策なら一つだけある。
武器はない、フレアもない、退路もない。
でも、ヘロンが一機残って、俺たちはまだ空を飛んでいる。
「隊長、残りのヘロン一機、俺とアンジェにください。リュートさん、基地を吹っ飛ばすの、もうちょっとだけ待ってください!」
『さっきお前にくれてやっただろ! 好きにしろ!』
『ウーム……! わかった!五分だ! 五分だけ待つ!』
何をするんだとか問いただすこともなく、シャルロットさんはそう返してくれた。
リュートさんも渋りつつではあるが、俺にゆだねてくれた。
本当に、良い上官に恵まれたものだ。
「ありがとうございます! アンジェ、ヘロンのコントロールをまたお前が持て。今回もまたエンジン出力をラジエーターへ回せ! ビーム機銃も撃てなくていい!」
『了解。ヘロンのコントロール、私が預かります』
一番前を飛んでいたヘロンの機動が、急に鋭いものになった。
そしてその場でクルビットを披露し、こまめに軌道修正を行いながら俺の隣へと並ぶ。
「アンジェ。あの船は基地襲撃のための地上部隊を運んでるんだよな?」
『確証はありませんが、おそらくそうではないかと。民間船籍に偽装を施してまで、基地近くに戦闘機を運びに来ただけとは思えません。レイダー戦闘機は地上攻撃兵装を搭載できませんので。戦闘機はおそらく護衛だと思われます』
「地上攻撃にビーム機銃は?」
『戦闘機に搭載される対空ビーム機銃で、戦車や自走対空戦車に代表される地上兵器の強力なTT装甲を破壊するには無理があります』
「そういやゲームでもそうだったな……! じゃあ、あの船さえなんとかしちまえば基地は守れるよな?」
『確実ではありません。しかしこのまま何もしないよりかは、ですよマスター』
「いっぱしの口ききやがって……! アンジェ! ヘロンの後ろに着く敵は俺が落とす! お前は何も考えず突っ込め!」
『了解』
そのとたん、隣を飛んでいたヘロンがバーナーを吐き出して急加速する。
エンジン出力をラジエーターに回していてもあの加速力。やはりルーニエス製戦闘機はずば抜けているらしい。
アンジェの操るヘロンは急上昇して高度を稼ぎ、太陽を背に一回転。機首を戦艦のエンジン部分へと調整した。そしてそのまま、急降下へと転じる。
音速を超えたことを示すヴェイパーコーンが発生し、水蒸気の鎧をまといながらヘロンはなおも加速する。
敵も俺が何をするのか気づいたのだろう。慌ててヘロンを撃墜するべく機首を巡らせるが――
「やらせるかよ!!」
――ミサイルが無くても、フレアが無くてもビーム機銃はある。ヘロンへと向かっていたレイダーの鼻先を俺が放ったビーム機銃の束が通り過ぎていく。
慌てた敵はヘロンへの攻撃をあきらめ、急上昇を始めた。
当てなくてもいい。とにかくヘロンをやらせなければそれでいい!
『マスター、敵機、ヘロンに向けミサイル発射しました』
「大丈夫だ! 当たらない!」
レイダーから放たれた対空ミサイルは、浮島に阻まれて爆散。
今になってミサイルを使っても遅い! 俺たちがミサイルを回避するには浮島の中に飛び込まなきゃいけない。でも飛び込んだらFSの対空砲火の餌食になる。
敵さんはこういう戦法でも取ったらよかったんじゃないかな! 少なくとも俺ならそうする。ミサイルでFSの対空砲火が確実に命中する領域まで追い込み、火力の高い対空砲で叩き落す。
ミサイルもない、フレアもないたった三機の戦闘機と侮ったのがお前らの敗因だ!
「くらえ! ヘロン対艦ミサイルだ!」
『くたばれ! クジラ野郎!!!』
俺とシャルロットさんの叫びとともに、対空砲火がヘロンを捉えた。
だがエンジン出力のほぼすべてをラジエーターに回したヘロンはそれになんとか耐え抜き、主翼を失いながらも敵戦艦のエンジンへと突っ込んだ。
爆発、閃光、衝撃。
ヘロンが突入したエンジン部分は真っ赤に燃え上がり、TT装甲がバキバキに破壊され、なんの防御力も持たない金属の船体が顔をのぞかせた。
あそこを狙えばビーム機銃でも……!
「隊長! あそこを機銃で!」
『わかってらぁ!』
致命的なダメージを負った母艦を見、艦載機たちがにわかに慌てだすのがわかる。
だがもう遅い!
「くたばれぇぇぇぇぇぇ!!」
『落ちろォォォォォ!!!』
俺とシャルロットさん。二機のビーム機銃が破壊されたTT装甲の向こうを穿つ。
今度こそ、FSのエンジンが内側から炎を吹き出した。
推力を失った戦艦は前進をやめ、ただ空に浮くだけのデクの棒と化した。
どうやら空に浮くための機関と推力を生み出す機関は別々になっているようで、エンジンを盛大に爆発させながらもSFは地面に落ちることはなかった。
「へへっ! それで基地まで来てみろってんだ!!」
馬を失った馬車、エンジンを失った飛行戦艦。
馬車は押せば前に進むけど、飛行戦艦にそれは無理っていうものだ。
完全に、このFSは無力化したといっても過言じゃないはずだ。
『上出来だルーキー! さぁ、帰ろう!』
「了解!」
防衛目標を失ってうろうろしているレイダーたちを悠々とかわし、基地への進路を取る。
さっきリュートさんが高射部隊を配置するって言ってたし、戦闘機じゃ基地へは近づけ無いだろう。
戦意を失ったのだろうか? 空域を離脱する俺たちにも、敵は何もしてこなかった。
……やれやれだ。これでひとまずは、無事にわが家へと帰ることができそうだ。
一八話へ続く。
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