第18話 休む暇もなく

『スパロウ各機、順次着陸を許可する。おかえりなさい』

『ラジャー、ランウェイワンエイトゼロに着陸する。ただいま』


 激戦を潜り抜け、俺とシャルロットさんは無事アーネストリア基地まで帰投することができた。

 着陸はアンジェに任せ、エプロンまで戻るとリュートさんを先頭に基地職員たちが満面の笑みで迎え入れてくれた。


 だけどその喜びに浸っている暇はなかった。

 ミサイルとフレアの補充を整備士たちに任せ、俺とシャルロットさんは飛行服のままリュートさんの後を追いアラートハンガーのブリーフィングルームへと向かう。


 


 安っぽいドアを開け、薄暗い室内へと。

「戦況はどうなってる?」

 部屋に入るなり、シャルロットさんがそう尋ねた。

「正直言うと、かなり厳しい。それよりも、まずは無事に帰ってきてくれてありがとう。それとFSの撃破、賞賛に値する。あのFSはあの後自力での航行能力をなんとか取り戻してメデュラドに引きあげていった。ほんとうにありがとう」


 リュートさんは姿勢を正し、音がするほどの敬礼を俺たちに向ける。

 俺とシャルロットさんもそれに返してから、部屋に並べられている椅子へと腰かけた。


 そして警備兵がねぎらいの言葉とともに持ってきてくれた温かい食事を掻き込みながら、リュートさんの戦況報告を聞く俺たち。

 アツアツのハンバーガーとシーザーサラダ、あと紙コップに入ったコーラっぽい飲み物だ。ジャンクもいいところだけど、戦闘で思いのほか疲れていた体には十分染み渡る。



 半分ほど平らげたところで、リュートさんが口を開いた。

「まず、最初に君たちが向かった国境上空の空戦はこちらの圧勝だった。攻撃機の侵入を数機許したものの、高射部隊がこのすべてを撃墜した。護衛の有人戦闘機もディザスターズに追い払われてね。どうやらこの攻撃機部隊がSEAD任務も兼ねていたらしいが、まぁ全部落としたので問題ない。あ、リョースケ。SEADが何かはわかるよね?」


「Suppression of Enemy Air Defenceの頭文字でSEAD。敵防空網制圧のことですよね。俺らの世界だとワイルド・ウィーズルとも言ってました。実際にやったことも見たこともないですけど」

「そそ! こっちでもワイルド・ウィーズルで通じるよ。WWって略したりもね」

 本当にこの世界と俺の元いた世界は似ているんだなぁなんて思いつつ、食事を食みながら頷くことで先を促した。


「敵の第一波攻撃隊は、このSEAD隊を送り込むための制空権確保とFS侵入の陽動を目的とした無人戦闘機、これは君らが戦ったやつらだね」

 リュートさんがポケットから取りだしたリモコンを操作すると、ブリーフィングルームの真ん中に近辺の地図が立体投影された。


 ルーニエスとメデュラドの国境がズームアップされ、そこにグラスパーが追加表示される。

「リョースケっていう切り札の正体をいまだに掴めていない敵は、とにかく数を投入してこれに対応しようとした。でも、できなかった。なぜならうちにはリョースケだけじゃなくてもう一人エースパイロットがいるからだ」

 リュートさんが再びリモコンを操作すると、エイルアンジェが表示されて国境の外にグラスパーを追い出した。これは俺とシャルロットさんだろう。


「リョースケとシャルロット、二人の力量をナメてたメデュラドは国境上空の制空権を奪えず、結果SEAD機も送り込めなかった。この国境上空での駆け引きはこっちの完全勝利だ。向こうはグラスパー二十八機とネメシス攻撃機四機、この攻撃機護衛に随伴していたレイダーを五機この戦闘で失ってる。対してこっちの損害はエイルアンジェ三機とヘロンが六機だ。今現在この空域にはヘロンがとどまってCAPを行ってる。撃墜されたパイロットの生存も確認されてるし、今地上部隊がピックアップに向かってるから心配ない」


 数だけ見れば確かにこっちの圧勝だけど、長期的に見れば厳しいんじゃないだろうか? 戦闘機保有数は、こっちと向こうじゃ結構な差があるみたいな感じだったし。なにせ国力が違うんだから。

 敵は一個の戦闘空域に四個飛行隊もぶち込んでくるような国なんだ。


「リョースケとシャルが敵の想定以上の活躍をして、FS侵入の陽動という役目も、無人機は果たせなかった。そこからはもう説明はいらないね」


俺とシャルロットさんは、頷くことで肯定の意を表した。



「で、航空支援が望めなくなった敵地上部隊も侵攻を中止。今はこのアーネストリア平原で立ち往生してる。でもヘロンに対地兵装を搭載してないから、地上攻撃を行うためにディザスターズが基地に戻って地上攻撃兵装に換装してるってとこかな。国の内陸に配属されてる飛行隊も動き始めてるけど、到着はしばらく後になりそうだ」


 国境から少し離れたところに、広大な草原が広がっている。そこからさらに国の内側に進むと、さっきまで俺たちがいたアーネストリア城塞市。そしてそこから南へ進むと、アーネストリア空軍基地だ。

 地図に表示されたアーネストリア城塞市を見、あの光景がフラッシュバックする。


 瓦礫の山になった洋服店、焼けただれたクマのぬいぐるみ。

 そうだ、あの女の子は……!


「そ、そうだ! アーネストリア城塞市の被害状況は……!」

「すまない、まだ情報が錯綜してて詳しい現状はわからないんだ……」

「そうですか、すいませんでした……」


 ……前向きに、前向きに。

 きっとあの子は大丈夫だ。それよりも、今俺にできることを全力でやらなきゃな。


 そんな俺にやさしい微笑みを向けながら、リュートさんが続ける。


「この世界の医療技術はリョースケの世界より数百年単位で進んでる。あんまり心配することはないよ。それで話を戻すけど……」

「そうだ、宣戦布告の理由は? まだ聞いてなかったよな」

「そう、その話をしようと思ってたんだ。これを見てくれ」


 シャルロットさんに問われ、リュートさんは再びリモコンを操作。すると地図が表示されていた立体映像に、今度はテレビのごとく映像が映し出された。


 よくニュースで見たことがある、記者会見場のような場所。

 その中央にいかにも偉そうな恰好をした軍人が一人立っている。ルーニエスの群青を基調とした軍服ではなく、赤を基調としたそれを身にまとう壮年の男性は、厳かな雰囲気を纏いつつ口を開いた。


『我がメデュラド王国は、罪なき我が国に向け卑劣な攻撃を行った蛮族であるルーニエス共和国に対し、自由と名誉のためここに宣戦布告する。本日〇九〇〇時、話が王国のルーニエスとの国境沿いの街、フェレデレルシアにて軍を標的にした爆弾攻撃が発生。現場よりルーニエス軍が用いる起爆管制装置の残骸が押収された。当局はこれを……』

 ここで、リュートさんが映像を切った。


「えっ、爆弾……?」

「私達の国の爆弾で……?」

「そうなんだ。門外不出のはずの軍用爆薬でね」

 リュートさんは頭を抱えながら近くの椅子を引き寄せ、乱暴に腰を下ろした。

 そして帽子を脱ぎ、人差し指でくるくると回して見せる。

 メデュラドの主張が正しいならば宣戦布告されて当然だ。でも腑に落ちないことが多すぎる。


「いや、でも……」

 難しい顔になったシャルロットさんに、リュートさんが苦笑する。

「だろう? 意味が分からないんだ。確かにメデュラドのフェレデレルシアで今朝爆弾が爆発し、メデュラドの軍用車両が一台吹っ飛んだことは確かだ。そこから我が国の軍用爆弾が見つかったのも。幸か不幸か、死傷者は一人も出なかったみたいだけどね」


「いやでも、私達にゃあケンカを売る理由がない」

「そうなんだよ。しかも、メデュラド国内で爆弾攻撃を行うために部隊が動いていた記録も一切ない。使用された爆弾についても、持ち出されたという記録が一切ない」


「つまり、ルーニエス軍じゃない誰かが、ルーニエスの爆弾を何らかの手段で持ち出してってことですか?」

「それすらもわからないんだ。まったくもってお手上げ状態だよ。メデュラドにもその旨再三伝えてはいるんだけど、爆弾の破片が出ちゃってる以上どんなに言っても言い訳にしかならないわけでね……」


「ホントにこっちの軍の仕業じゃないんだな?」

「今のところは、ね。これから先調査を続けると何かしら出てくるかもしれないけど、現段階ではルーニエス側の見解はNOだ。君がさっき言った通り、わざわざ車一台吹っ飛ばすために戦争覚悟で爆弾テロをする必要性がない」


 重苦しい沈黙に包まれる室内。

 そりゃそうだ。全く姿を見せない黒幕によって、この戦争は引き起こされてしまったのだから。

 ルーニエスがこの爆弾騒ぎに関与していないという証拠をつかまなければ、戦争が終わらないどころか国際社会からも孤立することになりかねない。

 俺の力を見せつけて国際社会の態度を軟化させるなんて、夢のまた夢になってしまう。


 その沈黙を破ったのは、リュートさんだった。

「とにかく全力で情報を集めてみる。それまで君たちには、この国を守ってほしい」

「あたりまえだ。そのための国防空軍だろうが」

「全力で行きます!」

「頼むよ。とりあえず今戦局は小康状態だ。休めるうちにしっかり休んでおいてくれ。指示は追って出す」

「了解」

「わかりました」


 とりあえずミニ会議はこれで終了。

 部屋を辞した俺たちは、アラートハンガーに向かっていつでもスクランブルできる態勢を整える。

 任務後のデブリなど行っている余裕はないのだろう。




 そういえば膠着状態をどうにかするために俺をメデュラドの領空に呼び出してそのまま戦闘状態にしたってこの前リュートさんが言ってたけど、この戦争は予期していたんだろうか?

 でも、戦争までしなくてもいいはずだ。ルーニエスの強さを思い知らせるには。


 なにせ、戦争になって不利なのはこっちなんだから。

 となるとやっぱり、この戦争は彼も予期せぬ事態だったんだろうか。


 本人に聞けば手っ取り早いんだけど、あのシャルロットさんとの会話盗み聞きしてましたと言い出すのもなんだかはばかられるし……。

 とにかく、俺は与えられた任務をしっかりこなして、ルーニエスがもっといい国になるよう全力を尽くすだけだ。いろいろ難しいことを考えるのはよそう。

「うん、今は目の前のことに集中だ」


 俺はほっぺたをひっぱたき、迷いを振り払うように頭を強く横に振った。





 中規模ハンガーにまとめて収められた俺とシャルロットさんの機体は、全ての動翼をだらんと下げて羽を休めていた。

 TT装甲だから被弾した傷とかは全く残ってないけど、さっきの戦闘で対空機銃が直撃した右垂直尾翼が心なしかすすけているような気もする。

 そのエイルアンジェにせっせこミサイルとフレアを再装填する整備士たちを横目に、ハンガーのソファーに腰かけた俺とシャルロットさんは、まったく同時にため息をこぼした。


「誰なんですかね、俺たちに戦争させたがってるのは」

「さぁなぁ、何せ敵の多い国だ。誰が黒幕でも驚きゃしないかな」

「マジですか……」

「それよりルーキー、さっきは本当に見事だった。最初の戦闘も、そのあとの対艦戦闘も」


 本当に時たま拝むことができる、彼女のやさしい微笑み。

 でも俺は、その微笑みを素直に喜ぶことができなかった。

「……ありがとうございます……」

「どうした? 素直に喜べ! お前はこの基地の全員を救ったんだぞ?」


 別に大した理由があるわけじゃない。

 でも今までただのオンラインフライトシューティングゲーム廃人でしかなかった俺が、未来の超技術戦闘機とはいえそのパイロットになり、戦争でこうして活躍をしているというのがどうも腑に落ちなかったというか……。


「本当に勲章物の働きだ。戦局が落ち着いたら空軍総司令から直々のお呼び出しがかかるかもな。そうでなくてもお前は注目の的なんだ」

「イカロスプロジェクト、ですか」

「そうそう」


 シャルロットさんは背もたれに上半身のすべてを預け、だらんと天井を仰いだ。長い髪がサラリと流れ、床に着く。


「まぁ、気にすんな。お前は好きに飛べばいい。国がどうとか、誰かを守るとか、戦争がどうとか気にすんな。ホントにお前が飛びたいように飛べ、飛びたくなくなったら私に言え。サイナスに取り合ってやる」

そういうと彼女は、ワシャワシャと俺の髪の毛を撫でた。撫でるというよりメチャクチャにしたって感じだけど……。


「あの、すいませんシャルロットさん」

「あーん?」


 そんな彼女を見ていて、すごく気になった。

 自制心が働くこともなく、自然に口から漏れ出してしまっていた。


「シャルロットさんっていくつなんですか? 見た感じ俺と大して変わらないくらい若いのに、すごく大人っぽいと言いますか……」

「お前、レディーに年齢聞くのはご法度だろうが! まったく……!」


 でも、若いと言われて気を良くしたのだろうか?

 少し苦笑しながら――

「実はな、まだ十代だ」

――そう答えた。


「え? ちょっ待ってください! 十代!? ティーンエイジャー!? いや、まぁ見た目は確かにそうですけど、えぇ!?」

「来年成人する。お前たちの世界のことは知らないが、こっちの世界じゃ十八で成人だ」

「じゃあ、十七歳!? うっそだぁ!! 同い年!?」

「それは見た目がか? 中身がか? 前者だったらお前をエイルアンジェのエアインテークに押し込んでそのままエンジンを起動する。あと同い年でも階級は私の方が上だぞ! 気をつけろよ!」


 この世界に来て、いろいろトンデモ技術を目にしてきた。

 でもそれはゲームで見てきたものだったし、しいて言うならアンジェがどこまでも人間臭かったこととエルフとか獣人とかがいるってのがビックリ案件だったけど、それでもなんとかかみ砕いて落とし込むことができていた。

 でもこの事実は、この世界に来て一番驚愕した。


 確かに、確かに見た目は本当に十代の美少女だ。でもほら、あふれ出す貫禄とかベテラン感というか……。

 それだけに絞っていうならば四十代くらいの猛者と言っても通じるくらいのものを彼女はもっている。


 それが同い年と来たもんだ。


 彼女はどこかさみしそうな笑みを浮かべ、続ける。

「私はな、十歳で軍に入隊した。十一歳で初めて空を飛んで、十二歳で初めて人を殺した」

「十……」


 十歳で入隊ということにまず驚いたけど、そのあとの言葉で息をのんでしまう。

 十二歳で、人を殺したという。


「サイナスから聞いただろ? この世界はずっと戦争を繰り返してきてるんだ。だから慢性的な人手不足でな。私みたいな少年兵でもセンスさえあれば戦闘機に乗らされる。今はもう少年兵って年じゃないしそもそも私は美少女戦士だがな」


 おどけたように笑う彼女だけど、俺は上手く言葉を発することができない。

 というか、何と返していいのかわからなかった。



 テレビとかで、俺の世界にも少年兵という存在があるということは知っていた。

 でも、実際にその存在を身近に感じると、気持ちが不安定になる。しかも、戦闘機に乗ってたってことは正規兵ってことだろう。

 少年少女の正規兵を戦場に送り込まなけらばならないほど、この世界の状況は泥沼ということか……。


「私は孤児でな。身寄りがなかったから、生きるために軍に入った。今でもそうだけど、明日の食事にありつくために軍に入るガキンチョってのは結構いるんだぞ?」

「……そんなに、この国の現状は厳しいんですか?」


アーネストリア城塞市を見る限り、そんな印象は受けなかった。

誰もが笑顔で、楽しそうにイキイキと生活しているなぁとしか思わなかった。


「この国というか、この世界すべてがもう疲れ切ってる感じかな。戦争戦争、また戦争。戦争が終わったと思ったら戦争だ。よく飽きもしないで続けるなぁと思うよ。だからな、お前に期待してるんだ、リョースケ」

「な、なにをですか?」


 また、名前を呼ばれた。

 大事な時には、この人はしっかり名前を呼んでくれる。

「お前が、この国が置かれた状況だけじゃなくて、世界そのものを変えてくれるんじゃないかってな」


 そう微笑みながら言う彼女の眼は、笑っていなかった。

 心の底からそう思っているんだと思わせてくれる眼だった。


 何か返そうと口を開きかけたのだが、彼女の柔らかい人差し指が俺の唇をふさぐ。

「いい。今言ったことは忘れてくれ。さっき言った通りお前は好きに飛んでくれればいい。それだけで、世界はきっと変わる。気負うな、前を見ろ。お前が追い続けていたのは、英雄の立場じゃなくてあの空なんだろ?」


 今度こそ何か返そうと、体を彼女に向けた途端だった。

『スクランブル! スクランブル! アーネストリア平原地上部隊より緊急支援要請!! スパロウ各機は対地兵装へ換装の後、地上部隊の掩護へ迎え!』


 ハンガーの中に、アラート音と緊迫した声が響き渡った。

 整備士たちは先ほどよりもあわただしく動き始め、エイルアンジェに対地ミサイルを搭載するべく行動を開始する。


 ……どうしてこう、俺は大事な時に邪魔が入るんだろうか?



「さてルーキー! もう一仕事だ! 行くぞ!」

「了解!」


 まぁ帰ってきてからでもいい、ゆっくりと話をしよう。

 俺とシャルロットさんは拳を突き合わせ、ヘルメットを抱えてそれぞれの乗機へと足を向けた。



一九話へ続く。

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