第16話 ワンショット・ワンキル
「四機目! スパロウツー、スプラッシュバンディット!」
どうやらエンジンノズルを狙撃するという撃ち方が、俺には合っていたらしい。
先ほど初めてエンジンノズルを狙って落としたあの機から、三〇秒もしないうちに三機を撃墜していた。
敵がエンジンノズルの奥を晒す瞬間が、なんとなくつかめたのだ。
リュートさんが言っていたように、ルーニエスとメデュラドのAIでは性能に雲泥の差があるようで、敵は機動と機動の間に若干のラグが生じる。
その一瞬、本当に一瞬だけ、水平飛行になって無防備な姿を晒すところを逃さず叩き落とす。
コツさえつかんでしまえばあとは入れ食い状態。
後ろについて回避機動を取らせ、それに食らいつく。隙を見せたところでエンジンノズルの奥にあっついのを一発お見舞いしてやれば一撃で鉄くずの完成だ。
盾代わりのヘロンもさっき一機撃墜されただけで、俺が敵の後ろについてから撃墜されるまでの時間が短くなったこともあって被害は出ていない。
これを続けていけばかなりの戦力を削ぐことができるはずだ。
この調子で、攻撃機がこの空域に到達するまでに、少しでも数を減らすんだ。
「アンジェ! 敵の攻撃機の現在位置は! センサーに反応は!」
『センサーには先ほどから捉えています。反応が鋭くなっていますので、かなり近くなっていることは確かです。しかし個別認識可能な領域までは到達していませんので、まだ若干の余裕はあると思われます』
「了解! このままいくぞ!」
『了解』
さらに一機、後ろについたところで再びアンジェが口を開いた。
『マスター、味方戦闘機部隊の増援が到着。八時方向です。エイルアンジェ一個飛行隊、ヘロン一個飛行隊です』
「やっと来たか!」
待ちわびていた増援部隊。二個飛行隊ということは俺たちも合わせると二十八機。
俺たちだけで撃墜した敵機が十四機で、敵の残存戦力は三十四機。機体性能の差を考えればルーニエス側にも光が見えてきたと言ってもいいはずだ。
でもそれは、この空域での制空権の話。
攻撃機と爆撃機を阻止しなければ元も子もないのだ。
敵機の追尾をひとまず中断し、高度を上げてこちらも敵の追尾を振り切る。
気は抜けないが、少しだけ息をつく暇ができた。
この時間を使って、増援部隊との情報交換を行うことにする。
『こちらルーニエス国防空軍第二〇四戦術飛行隊、ディザスターズだ! スパロウスコードロン! 聞こえるか!』
チャンネルチャーリーでの交信で飛び込んできたのは、どこか丸みのある男性の声だった。
『こちらスパロウリーダー、感明良好! 遅いぞ!』
彼の問いかけに、シャルロットさんが弾んだ口調で返す。
『すまない! 戦況は!』
『こっちで一四機撃墜した! 残りは三十四機! 攻撃機が来る前に制空権を確保したい!』
『了解した、おそらく攻撃機編隊には有人機の護衛もついているはずだ。この空域に来られると厄介だ! その前に無人機どもを落とさねぇとな! ディザストリーダーから各機、訓練通りやれ! 敵のオモチャを鉄くずにしてやるんだ! 全機、ロックンロールの時間だ!』
リーダーの指示で、ディザスト隊のエイルアンジェが綺麗な隊列を保ったまま戦闘空域に突っ込んでいく。
それから少し遅れて、ヘロン一個飛行隊も上空から敵に奇襲をかけ始めた。
手早く現状の確認を済ませた後は、これからの身の振り方について簡単に議論する。
『スパロウ、こちらは方位〇九〇から戦闘空域に突入する。君たちは基地に戻って補給を!』
『すまない! 頼めるか!』
こっちは、ミサイル全てを撃ち尽くした上にフレアもゼロだ。
これ以上の戦闘はあまり賢明とは言えない。
それに正直体力的にもきついものがあるし、集中力も切れかかっている。
ディザストの提案はとてもありがたいものだった。
『聞いたなルーキー! 一度基地に戻る!』
「了解!」
俺たちは隙を見てさらに高度を上げ、戦闘空域を飛び出す。
そして基地に機首を向け、スロットルレバーをバーナー位置まで押し込んだ。
※
空域を抜けて暫く。
もう敵の攻撃も届かない所まで飛行し、やっと一息つくことができた。
緊張で強張っていた全身の筋肉が弛緩し、力が抜ける。
無意識のうちに大きなため息を漏らしながら、ヘルメットのバイザーを上げて天を仰いだ。
思いのほか体は疲労していたようで、それを証明するかのように、スロットルレバーを握りしめていた左手がすこしだけフワフワしているような感覚を覚えた。
『こちらスパロウワン。アーネストリアコントロール、聞こえるか』
『こちらアーネストリアコントロール。感明良好』
『ミサイルとフレアを撃ち尽くした。補給のため一度帰投する。エウリュアレーとフレアを準備しといてくれ』
『了解。ETAを送れ』
『ETAは六分後。ランウェイワンエイトゼロにランディングする』
『了解、気を付けて』
シャルロットさんとアーネストリアコントロールの会話を聞き流しながら、俺はまた大きく息を吐き出した。
「ふぅ……! なんとかなりそうかな……?」
ひとまず、制空権を完全に敵に渡す事だけは回避できたと思う。
二個飛行隊がいる空に、対空戦闘能力を持たない攻撃機編隊を突っ込ませるのは無謀だろうし。
でも、ディザスト隊のリーダーが攻撃機編隊には有人機の護衛がついてる可能性もあるって言ってたしなぁ。
この世界の戦闘機は、無人機より有人機の方がなんぼか厄介だ。
護衛の有人機に手間取っている間に、攻撃機が悠々と領空へと侵入してくる危険性も十分考えられる気がする。
「……とにかく、早く帰って補給だな」
まぁ今いろいろ考えても仕方ない。とにかく早く帰って万全の体制を整えるんだ。
『こうして飛んでると、戦争が始まっちまったなんて思えねぇな』
ふと、シャルロットさんがそうつぶやいた。
キャノピー越しに眺める空と大地は、今日も美しい。
少し遠くに浮島の群れも見えてきて、よけいのほほんとした印象を受けた。
聞こえてくるのは自分の呼吸とエイルアンジェのエンジン音。
太陽が流れる雲に遮られ、コックピットにいびつな影を落とした。
「そうですね。こうしてるとほんとに、遊覧飛行でもしてるみたいです」
そうつぶやきながらあたりを見下ろすと、少し先にキラキラと陽光を反射する大きな川が目に入った。
初めてこの世界に来た時に見た、美しいエメラルドグリーンの海。
まるで沖縄のそれを想像させる遠浅のビーチに注ぐその川は、どうやらはるか向こうの頭に雪を乗せた険しい山脈からの雪解け水を運んできているらしい。
「隊長、この川はなんていう名前なんですか?」
『ん、ユーフリウティス川だ。向こうに見えるバスティーユ山脈からの雪解け水でな。ルーニエスの上水道はこの川の水を使ってるんだ』
「なるほど、ありがとうございます」
こう見るとこのルーニエス共和国という国は、楽園と言っても過言ではないほど美しい自然に囲まれている。
いつかゆっくりとこの国を見て回りたいけど、来て早々戦争始まっちゃったしなぁ……。
『時間ができたら、この辺りを案内しながらゆっくり飛びたかったんだがなぁ』
俺の心でも読んだのか、シャルロットさんは申し訳なさそうにそう言った。
「いえ、これが終わったらゆっくり案内してください」
『そうだな。ルーニエスは本当に綺麗な国だ。絶景スポットならいくらでもある。全部連れてってやるから覚悟しとけ』
そのまま暫く何事もなく基地への航路を飛び、ユーフリウティス川のほとりへと差し掛かったその時だった。
『ルーキー、十時方向のフリューゲル帯。奥にFS(フライング・シップ)。民間船だ。そっちからも見えるか?』
「えぇと、フリューゲル?」
『あぁすまねぇ。フリューゲルってのは浮島のことだ。十時方向の浮島に、民間船が紛れ込んでる。確認できるか?』
シャルロットさんの声の通り、左斜め前方の浮島の群。フリューゲルだっけ? それに、巨大な飛行船が紛れ込んでいた。
飛行船と言っても、ヘリウムガスで浮くあの飛行船じゃない。SFに出てくるようなシャープなシルエットを持つ、金属製の『艦』だ。
島が浮いているんだから船が浮いていても全く驚かない。ゲームでも飛行戦艦とか空中空母とかよく出てくるし。
「こちらでも視認。センサー類にはなんの反応もありませんでしたね……」
武装の類は見られない。民間船籍と見て間違いないはずだ。
戦闘が始まって身動きが取れなくなってしまったのだろうか?
だとしたら安全なところまで退避させる必要があるし、もしそうでない場合はなんらかの対処を取ることになるだろう。
『多分エンジンを切ってかなり時間が経ってるんだ。国籍は……ここからじゃ確認できねぇな。アーネストリアコントロール、こちらスパロウワン。ユーフリウティス川上空のフリューゲルにて国籍不明のFSを視認。これより接触を図る』
『こちらコントロール、了解。正確な位置を送れ』
『ブルズアイより南東七十九キロ地点。フリューゲル帯の真ん中だ』
『了解。そちらのカメラでこちらも確認する。気を付けて』
『了解。ルーキー! 聞いてたな! 帰る前にもう一仕事だ。ターンヘディング、ナウ!』
「コピー! 民間船をヘッドオン!」
先頭を飛んでいたシャルロットさんが、機体を左ロールさせる。
俺もそれにならって機体を左に寝かせ、旋回を始めた。
『あ、あー! こちらルーニエス国防空軍所属のエイルアンジェである。貴船の所属と目的地、航行データを知らせよ。繰り返す。所属と目的地、航行データを知らせよ』
念のためヘロンを先行させながら、シャルロットさんが国際共通チャンネルで民間船へコンタクトを図る。
近くで見るその船はかなり大きく、目測で三百メートルほどだろうか?
ここまで近づいても国籍マークは確認できず、動き出す素振りも見せはしなかった。
『あー、繰り返す。こちらが確認できるか? 民間船の艦長、問いかけに応じない場合武力の行使も辞さない。所属と目的地、航行データを知らせよ』
フリューゲルがあるから極端には近づけないが、できるだけ距離を縮めて何度か民間船の上をフライパスする。だけどやっぱり、何の反応も返ってこなかった。
無線がイカれているにしても、発光信号とかで意思表示もできるはずだ。
それもないという事は、本当に何かの緊急事態なんだろうか?
でも俺たちにはどうすることもできない。
基地に報告して調査隊を向けてもらうとかしないとどうしようもない。
と、その瞬間だった。
一番先頭を飛んでいたヘロンのTT装甲が幾度か火花をまき散らした後、オレンジ色の炎を吹き出して爆散したのだ。
『なっ!? ブレイク! ブレイク!!』
「なんだクソこの野郎!!!」
訳も分からず、操縦桿を倒す。
フリューゲルを盾に右急旋回しながら高度を取った。
『なっ、んだとこのッ……! おいルーキー! 無事か!? 落ちてねぇよな!?』
「大丈夫です!」
『オーライ! アーネストリアコントロール! アーネストリアコントロール!! こちらスパロウワン! 国籍不明のFSから攻撃された! 繰り返す! FSから攻撃された!』
見れば、先ほどまでなんの武装も持たなかった民間船の至る所から銃座が顔を覗かせ、まさにハリネズミのような弾幕を展開していた。
もう国籍マークがどうとかいう問題じゃない。
さらに追い打ちをかけるがの如く――
『マスター、敵FSハッチから戦闘機が発進しました。有人機、レイダーです』
――民間船改め空中戦艦から、鋭利な前進翼を持つメデュドの有人戦闘機、レイダーが次々と発艦しているのが目に飛び込んできた。
「隊長! これヤバくないですか!?」
『あぁめちゃくちゃやべぇよ! とにかく今は、落とされるなルーキー!!』
ミサイル、フレアとも残弾ゼロ。
基地はすぐそこで、眼下には敵の空中戦艦と大量の有人戦闘機。
絶体絶命を辞書で引いたような状況に、俺は引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。
十七話へ続く。
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