第11話 とある軍事査問委員会にて
ルーニエス共和国首都、グルージア。
そのほぼ中央に位置する空軍最高司令部の会議室にて……。
「どういうことなのだこれは!」
「どうと言われましても、ご報告の通りでございます将軍」
怒鳴る男と、それを涼しい顔で受け流す男。
日の差し込まぬ薄暗いこの部屋には、二人だけではなく幾人もの人間が沈痛な面持ちで椅子に腰かけ、PDAに表示される報告書に目を落としていた。
誰しもが壮年で、キシリとした軍装に身を包み、胸にはジャラジャラと大量の勲章。そして肩にはかなり高位であることを示す階級バッチ。
だがその中で、涼しい顔で叱責を受け流す男だけかなり若い。
「停滞しきった現状を打破するために、ライターの火を近づけてみただけですよ。くすぶっていた導火線にね」
「そういうことを言っているのではない! なぜこちらの許可なくイカロスプロジェクトを推し進めたのかと聞いておるのだ!」
怒鳴る男が、机を叩きつける。
だが若い男はビクリともせず、涼しい顔のままでそれを受け流した。
「このまま何もせずにいれば、事態が好転すると思いましたか? 経済制裁により国民の生活レベルは日に日に低下し、このままでは暴動すら起きかねない。それまであなた方は、何もせずにただ手をこまねいて現状を眺めるおつもりか?」
若い男のその返しに会場は静まり返る。
誰しもが、反論できなかったのだ。
「しかし、なにか他に方法があったのではないか? このような強硬手段を取らずとも……。こんな、下手をすれば戦争が始まりかねない方法を取るなど! それに、イカロスプロジェクトは国際法違反だ。もし外部に漏れでもしたら!」
「溺れる者は藁をも掴むと申しますが、この場合まさにそうなのでは? むしろ、彼は浮沈戦艦だと思うのですが。全く経験のない実際の空中戦。それをゲームの経験と才能だけで切り抜けたのです。それも、七機もの戦果を挙げて。一日でエースですよ?」
基本的に、五機撃墜することでエースパイロットの称号は手に入る。
初めて戦闘機に乗り、その日のうちに二回戦闘を経験。さらに単独で七機を撃墜し、共同撃墜等を合わせれば一二機を叩き落した彼、橘涼介は十分怪物といえるだろう。
「しかしだね……!」
だがまだ、お偉いさんは渋った。
異世界に対する干渉を全面的に禁止しているこの世界で、しかも敵国の魔法技術を用いて異世界のエースパイロットを呼び寄せるこのイカロスプロジェクトが明るみに出たら、国際社会がそれをよしとするはずもない。
それ以前に、この国の置かれる現状は厳しいものなのだ。
「まず、異世界への干渉が禁止された時点で我々ルーニエスはその方法と技術をすべて失った。だが、エルフの国だけはそれが可能な秘術を隠し持っていた。明るみに出れば魔法連合のトップを道連れにできるのです。それに、それを恐れたエルフの国がこの問題が公のものになることを何としてでも阻止するでしょう。敵も利用するのですよ」
不敵に笑う若い男が、そばに控えていた下士官に目配せをする。
合図を受け取った下士官はPDAを手早く操作し、彼らを取り囲む高官たちの持つPDAへと新しいファイルを送信した。
群衆はひとまず若い男へと向ける不審のまなざしを引っ込め、PDAの画面へと目を落とす。
「これは、イカロスプロジェクトで呼び出した異世界『日本』のエースパイロット、橘涼介のパーソナルデータです。ご覧のとおり、視力が低いことと身長が少しばかり高いことを除けばパイロットとしての素質をすべて備えているのです」
再び若い男に目配せされ、下士官が話を引き継いだ。
「基本的に戦闘機パイロットには、強靭な肉体、状況判断能力、空間認識能力等様々な素質が必要とされます。彼の場合それらが常人とは比較にならないほど高く、まさにパイロットになるために生まれてきたと言っても過言ではないでしょう。視力が低いことについては立体投影式トレースシステムで補完できますし、その気になれば手術で後遺症なく視力を回復させることも容易です」
PDAに表示されるレーダーチャートには、戦闘機乗りに必要とされる能力がずらりと並び、その全てにおいて橘涼介は視力以外最高となるSランクをしめしていた。
戦闘機乗りになるために生まれてきたというのはあながち間違っていないのだろう。
追い打ちをかけるように、若い男が口を開く。
「これでもまだ、彼をルーニエス空軍の一員として迎え入れることに反対ですか? それともなにか、他にこの膠着状態を切り抜ける名案のある方は?」
これにも、誰も答えることができなかった。
しばしの静寂。
それを打ち破ったのは、今まで静かに事の成り行きを見守っていた、見事な口ひげをたくわえた初老の男性。
「一ついいかねリュート君」
「何でしょう。空軍総司令閣下」
若い男、リュート・サイナスはその特徴的なエルフ耳を少しだけピクリと動かしながら、この場で一番の権力を持つその質問者に微笑みを返す。
「君はこのイカロスプロジェクトを推し進めて、最終的にどうしたいのだね? 現状の打破、それはわかる。私が聞きたいのはその先の話だ」
「このルーニエスを、誰にも手の出せない国にするのです」
一瞬の間を置くこともなく、リュートが答えた。
少しばかり騒めく会議室。
だが総司令は目をつむり、項垂れる。
三十ほど数えたころだろうか、彼はやがてゆっくりと顔を上げ――
「わかった。全責任は私が取ろう。このイカロスプロジェクト、全て君の采配で進めたまえ。近いうちに異世界のエースパイロット君にも合わせてくれると嬉しい」
――そう言い放った。
何人かが反対の意を口にしようと椅子から立ち上がりかけたのだが、総司令の一にらみでそれらも沈黙する。
「ありがとうございます閣下。しかし今彼はこの世界になじむことで精いっぱいなのです。面会には少しばかりお時間をいただければと」
「そちらの都合で構わん。日時が決まったら連絡を入れてくれ。こちらが都合をつけよう」
「重ねて感謝申し上げます」
リュートは柔軟な対応力を持つ優秀な司令官に心から感謝の意を述べるかのように、深々と頭を下げた。
「この議題は以上だ。メデュラドと科学連合は何と言ってきている?」
ひと段落したところで、再び総司令が口を開く。
それにリュートお付きの下士官が答えた。
「は。現在メデュラド大使館から厳重な抗議。科学連合からは現在審議中のためコメントは控える。と」
「やはり連合は強く出れないか。人工知能を新たに開発したという事実はどこにもないからな。メデュラドは無人機を落とされてメンツが立たないと焦っているのだろう」
「それに、報復とはいえ八機もの無人戦闘機を領空侵犯させたということはあまりにも過剰な対応と言えます。そこも、科学連合が我らのみに非があると言い切れない要因になっているかと」
「そうだな」
ここまでは、リュートの描いたシナリオ通りである。
科学連合はルーニエスのもつ『人工知能ではない何か』に怯え、ルーニエスに対する態度を軟化せざるを得なくなるという。
「とにかく、科学連合からの通達を待つしかあるまい。それまで各部署に厳戒態勢を取らせよ。コンディションオレンジを発令。メデュラド国境の防空隊はコンディションレッドで待機。各員戦時下と思い行動を取るように。以上、解散!」
総司令のその言葉で、この査問委員会及び会議は幕を閉じたのだった。
……夕日に照らされる、首都からアーネストリア空軍基地へと延びる街道をひた走る高級車。
その後部座席に、リュート・サイナスの姿があった。
「なんとか総司令は思い通りに動いてくれそうだな……」
「問題は科学連合の出方ですかね」
運転席でハンドルを握るのは、あの若い下士官だ。彼はバックミラーに移る上官の顔をうかがいながら、そう返す。
「いや、身内にもまだ注意が必要だろう。総司令の言葉一つで軍が思うがままに動いてしまうことが無いよう、彼らのような頭の固い人間も必要とされているのだ。もっとも、現状においそれが正しいとは思わないがね」
「了解しました。監視を継続します」
「たのむよ」
それきり、車内に沈黙が訪れる。
全て電気駆動となったこの世界の陸上交通機関は、タイヤが発する低いロードノイズ以外全くと言っていいほど音を発しない。
静寂のなかに沈みゆく夕日を見送りながら、リュートは不敵に微笑むのだった。
一二話へ続く。
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