第12話 その胸のウイングマーク
あの戦闘から、一週間が経った。
基地に帰った俺は職員たちから手厚い歓迎を受け、温かいムードで基地に迎え入れられた。
異世界の人間ってことで最初の頃は遠巻きに見てた(あとドラマの再放送もあって)だけだったらしいが、自分たちの国のために戦ってくれた恩というのが大きかったらしい。
それでまぁ、特になんのいざこざもなくルーニエス空軍アーネストリア基地に溶け込むことができた訳だ。
しかもあの戦闘に対するお咎めも全くと言っていいほど無かった。強いて言うならばリュートさんが首都にある軍の最高司令部に呼び出されていろいろ話を聞かれたくらいだ。
表向きは、本当に俺がメデュラドの領空侵犯をしたという証拠が無いということに加え、証拠が無いにもかかわらず八機もの戦闘機を出撃させたメデュラドにも問題があるということで片づけられたらしい。
いかにレーダーが無いとはいえ、フライトログなりなんなり調べればわかりそうな気がするが、そうならないのが『情報戦』という奴だろう。
リュートさんが言うには、本当は俺たちに無人機を十二機も撃墜されたという事実の裏側を、科学連合が図りかねているからだという。
つまりリュートさんのもくろみ通り、科学連合はやっとルーニエスが怖くなったのだ。
新型AIを開発したという証拠はどこにもなく、表立ってこちらを非難することもできない。
俺という不確定要素がこう着状態に加わったことで、事態は確実に動いたということだ。
……まぁそれが、良いことなのか悪いことなのかはわからないけど……。
戦闘機やAIの性能で勝るルーニエスだ。暫くの間は、一回一回の戦闘では勝つことができる。だが問題は実際戦争になった時に、資源の少ないこの国がどうなるかということなのだ。
寝て起きたら元の世界だったということもなく、この一週間俺は本当にめまぐるしい時間を過ごした。
正式にルーニエス軍人となるための手続きだったり、官給品を受け取ったり、基礎的な座学を詰め込まれたり……。
やっぱりゲーム、いや、戦闘機の操縦ができるだけで軍人は務まらないんだなということを嫌というほど思い知らされた一週間だった。
ちなみに、あれ以来一度も空には上がっていない。島が浮く青空を見上げるだけの毎日だ。
そして、もう元の世界に戻りたいという気持ちすら持ち合わせていない今のルーニエス空軍軍人としての俺は――
「ルーキー、もっと脇を閉めろ。あと撃つときは両目を開けろって言っただろ! 片目つむって狙うのはフィクションの中だけだ!」
「す、すいません!」
――なぜかパイロットであるシャルロットさんに、拳銃の射撃を教え込まれていた。
ここはアーネストリア基地の外れ。だだっ広い草原のど真ん中に作られた射撃場だ。
ついさっき官給品として手渡された拳銃の使い方を、ここでみっちり教え込まれているのだ。
パイロットも軍人だ。やはり武器が扱えないとダメなんだろう。
最前線基地であるこのアーネストリア基地だが、コンディションレッドが発令されている気配すら感じさせない。
俺を含め基地職員たちは毎日のほほんとした生活を送っている。……本当にこれでいいのだろうか。
耳を保護するためのイヤマフをずらして首にかけ、俺は大きくため息をついた。
「……お前、戦闘機はすげぇのに拳銃はダメダメだな……」
「だって銃なんて撃ったことないんですもん! 戦闘機はゲームが上手かったら実際の戦闘機もこっちの世界では上手かったってだけで!」
そう、俺はただゲームがうまいだけの高校生でしかなかったのだ。
ゲームしかしないもんだから自他ともに認めるモヤシボディだし、ここ最近はフライトコントローラーより重いものを持ったことがない。
そもそもフライトコントローラーって持ち上げないし。
そんな俺がいきなり実銃を手渡されて撃ってみろと言われても無理があるというものだ。
「えぇいちょっとどいてみろ!」
なかなか的に当たらない俺に業を煮やしたのか、眉をハの字にしたシャルロットさんが俺を押しのけ、代わりに射撃レーンに立つ。
腰のCQCホルスターから俺と同じ拳銃を取り出し、スライドを一度引いて初弾をチャンバーに送り込む。
そして、立て続けに発砲。
「うひぃ!!」
いまだに実銃の衝撃には身がすくむ。
だって叩きつけるような衝撃波が体中を襲うんだもの。
焼けた薬莢がエジェクションポートから吐き出され、陽光を反射しながら空を舞う。
銃口から吐き出された弾丸はといえば、三十メーターほど向こうの的、そのバイタルゾーンへとすべて吸い込まれていた。
いや飛んでいく弾丸が見えてるわけじゃないんだけど。
「へたくそめ。これくらいやって見せろ!」
「いや無理ですって……」
ドヤ顔で銃を下す彼女に、手のひらをヒラヒラと振って見せる。
そんな俺をあざ笑うかのように、地面を転がる薬莢が心地よい金属音を響かせた。
「そういえば思ったんですけど、こっちの世界でも銃はまだ火薬で弾丸を飛ばすものなんですね」
このままではネチネチされかねないと思い、話を切り替えるため転がる薬莢を指でつまみ上げ、太陽の光にかざす。まだ少し熱を持っていたけど、触れない熱さではなかった。
お尻の部分、つまりヘッドには、『9mm AUTO』の文字が刻印されていた。
九mmパラベラム弾のダミーカートをミリオタな友人にもらったことがあるのだが、それとまったく同じように思える。
「はぁ? それが銃ってもんだろうが。ほかに何がある?」
マガジンを抜いてスライドを引き、チャンバーに残っていた弾を宙に弾き飛ばしてキャッチしながら、シャルロットさんが怪訝な声を上げる。
「いや、だってTT装甲とか燃料のいらないジェットエンジンとか二十G以上に耐える戦闘機とかそもそも高G旋回してもパイロットにまったく負担がかからないとか……。俺らの世界からしたらSFもいいところですよ。なのに銃は俺らの世界と変わらないんだなって」
ここまで意味不明な超技術があるなら、歩兵用火器もビームライフルとかになっててもいいと思うんだけどなぁ。
「それはね、この薬莢と雷管を使った方式が定着しすぎたってことと、ビーム兵器の小型化は戦闘機に乗せるのがやっとのレベルってことだよ。君たちの世界の航空機関砲も、システム全体でどれだけ大きいか知ってるだろう?」
突然、背中から声が投げかけられる。
見れば、軍装に身を包んだリュートさんが細長いナイロンケースを肩に下げて微笑んでいた。
ちなみに俺の世界の一般的な航空機関砲M61バルカンは、システム全体で約二百キロに及ぶものもあり、発射する際の反動は二トンにもなる。
とてもではないが人間が生身で撃てるものではない。
それはさておいて……。
「あ、こんにちはリュートさん」
「やぁやぁリョースケ。どうかな、こっちの生活にはもう慣れたかな」
「はい、元いた世界とそんなに文化が変わらないので、すんなり」
「そりゃそうさ。このルーニエスと言語も文化もほぼ変わらないから、日本をメインターゲットにしてプロジェクトを展開したんだからね。異世界の勇者様がすぐ生活になじめるように」
「あぁそういう……。ちゃんと理由があったんですね」
どおりでこの国が日本っぽい訳だ。
住んでいる人たちの外見は日本人離れどころか人間離れしている者が多いが、細かい習慣だったり文化だったり何より言語が全く日本語と同じだったのだ。
おかげで俺はこうして何のストレスなくルーニエス生活を送ることができている訳だ。
「それでだね、リョースケ。君に対する処遇は私が全て決めていいことになった」
一つ咳払いをして話を切り替えたリュートさんは、途端にまじめな表情となり姿勢を正した。
俺もつられて姿勢を正す。
「現時刻をもって、貴君を我がルーニエス共和国国防空軍所属の軍人とし、少尉の階級を授ける。同時に第一三四戦術飛行隊、『スパロウスコードロン』に配属。同部隊の二番機とする」
彼は表情を一切崩さず、ビシッという音がしそうなほど鋭い声を張り上げた。
俺はこの一週間で叩き込まれた軍人としての礼儀作法を思い出し、気を付けの姿勢を取ったまま腹の底から声を出す。
「橘涼介少尉、第一三四戦術飛行隊二番機、拝命いたします」
教わった通り、敬礼。
リュートさんも、鋭い敬礼を返してくれた。
敬礼を解いた彼は、いつものつかみどころのないヘラヘラした態度へと戻る。
「まぁ堅苦しいのはこれで終わりにして、これをあとで君の軍服と飛行服にくっつけておいてね。部隊章と階級章だ。それとウイングマーク」
そしてポケットから、シャルロットさんのエイルアンジェの垂直尾翼に描かれているものと同じ、鋭いデザインの鳥の横顔に三つの三角形が並んだ部隊章。そして少尉を表す階級章と、パイロットであることを表す黄金色のウイングマークを取りだし、俺の手のひらへと。
ウイングマーク、かつて俺が必至で手に入れようとして、それでも届かなかった憧れと夢の象徴。
想像した未来ではなかったけれど、追い続けていた夢が形になったそれは、小さなバッチにもかかわらずすさまじい重さを持っているように感じた。
「どうだい? 君の夢が形になったバッチだ。今の気持ちを聞かせてほしいね、エースパイロット」
「なんていうか、まだあんまり実感が……」
「このウイングマークは、誰しもが手に入れられるものではない。これを胸に付けるという事は大きな責任を負うという事だ。だが君ならば、問題ない。異世界で掴んだ君のこの夢を無駄にしないでくれよ?」
「もちろんです」
俺とリュートさんの右手が重なる。
今までで一番、力を籠めた握手だったかもしれない。
「さぁ、堅苦しいのはこれでおしまいだ。リョースケ、シャル。君たちに一つ任務を与える」
リュートさんは帽子を直しながら、俺とシャルロットさんを交互に見やる。
さぁ、正式な軍人としての初任務だ。
俺はもう、パイロットなんだ。
きっとエイルアンジェで空に上がって哨戒飛行をするんだろう。
久しぶりの空だ。早く、またあの空を自由に飛び回りたい。
俺は心臓が高鳴っているのを既に感じていた。
エンジンの振動、いつもより近い空、眼下に広がる雲、圧倒的なスピード感……。
……だがリュートさんの口から言い渡されたのは――
「君たち二人で、このメモに書かれた品物を街まで買い出しに行ってほしい。あ、これ軍資金ね」
――子どものお使いも良いところな、ただのパシリだった。
一三話に続く。
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