第9話 エンゲイジ!
『戦闘空域に到達する前に、少しおさらいしておこう! ゲームとほとんど変わらないけどね!』
基地を飛び立ってすぐ、リュートさんからの通信が入った。
『まずこっちの世界の空戦は、基本的にドッグファイトが主になる! レーダーを無効化するアクティブステルスが実用化されてから、遠距離の敵の探知は動体センサーと熱源センサーで行われている。けどこれは、こっちの方角になんとなくいるくらいにしか情報が掴めない』
そこでひとまず区切ったリュートさんの後を、シャルロットさんが継いだ。
『だから、まずセンサー類を元に敵のいる方向に向かい、有視界まで接近してからの戦闘がメインになる。そこからはもう説明はいらないだろ?』
「はい! 大丈夫です!」
そこから先は、ついさっき実践したんだからな!
『もうすでに戦闘が始まってるってことは、空域に到達次第すぐドッグファイトになるからな。気を引き締めていけ』
「大丈夫です! そ、それでさっきから気になってたんですけど……」
『なんだ? 戦闘前なんだから下らねぇことは聞くんじゃねぇぞ?』
「はい、それに関係するんですが。さっきからずっとバーナー吐いてますけど、燃料持つんですか? 戦闘前にガス欠になったらお話にならないんじゃ……」
俺のいた世界の戦闘機のアフターバーナー、すなわち推力増強装置はジェットエンジンが吐き出したジェット排気にもう一度燃料を吹き付けて燃焼させ、ガスバーナーのような美しい炎を吐き出しつつ推力を爆発的に上昇させる装置だ。
一昔前の戦闘機ではこのアフターバーナーを使わないと音速突破が不可能な機体が多いほど、その効果は絶大といえる。
だが、デメリットももちろんある。燃料の消費が半端ではないのだ。
実際乗ったことがある訳じゃないから詳しいことはわからないけど、話に聞いた限りでは燃料満タンの状態からアフターバーナーを炊き続けると、ものの十分もせずに燃料がカラになってしまうらしい。
だから、離陸してからずっとバーナーを炊き続けている俺たちの燃料も、戦闘空域に到達する前に切れてしまうのではないかと思ったのだ。
今俺たちは、マッハ四という意味不明な速度で戦闘空域へとカッ飛んでいる。多分あと一分もしないうちに目的地だ。ここまで急ぐ必要もないんじゃないだろうか……。
『あぁ、そういえばリョースケの世界の戦闘機は燃料がいるんだっけ!』
その話を聞いて、リュートさんが合点がいったような声を上げる。
『この世界も、ずーっと昔は内燃機関が主流だったんだけどね。リョースケ、コンソールに燃料残量計がないのには気づいてたかな? つまりそういうことさ。今は戦闘前だから詳しくは言わないけど、この世界の戦闘機が搭載するプラズマ回生エンジンは実質無限機関だ。ガス欠とか気にせずずっと飛べるよ! やったね!』
「マジですか……。まぁTT装甲とかあるからいまさら驚きませんけど……」
『興味があるなら帰ってきたら教えてあげるよ! だから、結論から言うといくらバーナーを炊いても大丈夫! あれは燃やしてるんじゃなくて、排気があまりにも高温すぎてプラズマ化しちゃってるだけだよ。まぁすごい熱を発生させるからTT装甲との相性が悪くて、使い続けることは推奨できないけどね』
『そういうことだ。三十分連続で使っても問題ないからガンガン回せ!』
「ウス!」
とにかく、五分や十分くらい全く問題ないということだ。
じゃあ遠慮なくガンガンエンジン回していくぜ!
やがてはるか遠くの雲の切れ間に、ビームの光が乱舞し始める。
どうやら戦闘空域はもうすぐそこみたいだ。
再び、無線からシャルロットさんの声。
『ルーキー、私がお前に合わせてやる。後ろを気にせず好きに飛んでみろ』
「え、でも……!」
『勘違いするな。お前の実力を後ろからじっくり見せてもらうんだよ。テストだテスト! 異世界のエースパイロットとやらの腕前、しっかり見せてもらおうじゃねぇか!』
「や、やってみます!」
うわぁなんかすげぇ緊張する……!
戦闘自体は全く緊張しない。というかワクワクすらしている。でも後ろからずっと見られてると思うとなんかなぁ……!
『わかったな! じゃあ右に大きく回り込みつつ高度をとるぞ! 上から行く! そこまではついてこい!』
「了解!」
このままでは、戦闘空域のど真ん中に突っ込むことになる。
だったら少し回り込んででも高度を取り、有利なポジションをとってから戦闘に参加した方がいいだろう。
でも進路を少し変えてすぐに、
『じゃあ、交戦開始まで無線封鎖とする。また後でな』
シャルロットさんからそう通信が入った。
「えっ!?ちょっ、あってもう切れちゃってるし……。今から無線封鎖してもあんまり意味ないと思うんだけどなぁ」
今大きく迂回しているのは、奇襲ではなく良いポジションを取るという意味が強い。
そもそもレーダーが使えないとはいえセンサーでこっちが戦闘空域に向かっているということはバレているのだから。奇襲は最初からありえない。
今敵がこっちに攻撃してこないのは、ただ純粋に戦闘中でこっちにまで手が回らないからだろう。
そんな状況で無線封鎖してもあんまり意味がないと思うんだけど。まぁ彼女にもなにか考えがあるんだろうから何も言わないでおいた。
でも、
『おいサイナス、戦闘になる前にいくつか聞かせろ』
封鎖したはずの無線からシャルロットさんの声が聞こえてきて、自然と眉がハの字になってしまった。
無線封鎖する前にリュートさんと何か話しておくことでもできたのだろうか?
でもここで『あれ、無線封鎖したんじゃないんですか』なんて聞くのは揚げ足取りもいいところだから、何も言わずに黙っておくことにしたんだけど……。
『マスター、サイナス司令とシャルロットさんだけの秘匿回線のようです。私達だけのけもの扱いはシャクに触るので、こっそり回線に侵入しておきました』
そんなことをしれっとアンジェに言われたもんだからどういうリアクションを返していいのかわからなくなってしまった。
「えぇ? ってことは、あの二人おれの陰口言ってるってこと!?」
『極端に言えばそうなります。それがネガティブなものなのかポジティブなものなのかは聞いてみなければわかりませんが。私も少し思うところがありまして』
「お前ほんとに人工知能なのか……? 実は人間なんじゃないのか……?」
『お褒めの言葉と受け取っておきます』
こんな、思うところがありましてとか人間臭いセリフを使う人工知能なんて、人工知能っぽくないじゃないか。
もっとこう、事務的な会話しかしないイメージなんだが……。
まぁでも、これがアンジェリカなんだからとやかく言っても仕方がない。俺は二人の会話に耳を傾けることにした。
『なんだいシャルロットちゃん。無線封鎖じゃなかったのかい?』
『これはお前と私だけの秘匿回線だ。ルーキーには聞こえていない』
『もしかしてあれかい? 素性も知らないリョースケをいきなり戦闘に参加させたことのついて……』
『それはどうでもいい。腕がいいなら誰でもいいからパイロットが欲しい状況だったからな。ありがたい限りだ。私が言いたいのはそこじゃなくてな』
シャルロットさんは一度そこで区切り、口調を少し険しいものにしてさらに続けた。
『ルーキーを呼んだのはお前なんだよな? 呼んだ方法とかは別にいいんだが、なんでこっちに来た途端にメデュラドに襲われたんだ?』
『……何が言いたいんだい?』
『もっと安全な空域に呼び出すこともできたんじゃないか? しかも、増援も出そうとしていなかったよな』
シャルロットさんのその言葉で、ついさっきまで感じていた違和感が明確なものになった。
「アンジェ、お前が気になってたのも……」
『はいそうです。私はサイナス司令に、あの空域にマスターを迎えに行くようにと指示されました。あの、メデュラドの領空に』
「領空侵犯してたのかよ俺……! じゃあ攻撃されて当然だな……。待てよ? ということは、今こっちに来てるメデュラドの機体とやらも……!」
『先ほどのマスターの領空侵犯に対する報復という捉え方もできますね』
「でも俺悪くなくない!?」
『マスターは悪くありませんね』
そんな、突然放り出されたのが敵の空だったとしても、俺に何かができたわけじゃない。
アンジェだって、領空侵犯とわかっていながらも命令だから仕方なくという感じだろう。
そんな俺たち二人の会話をよそに、リュートさんとシャルロットさんの緊迫感ある会話は続いていく。
『……そうだね、俺はあえてあの空域にリョースケを呼び出した。領空侵犯になるとわかっていながら、それをアンジェリカに迎えにも行かせた。さらに、戦闘になっているとわかりながら増援も出さなかった』
『なっ! メデュラドの領空に呼び出したのか!? フザけた真似を……!』
ひときわ強く、非難の声を上げたシャルトットさん。だけどそれ以上に強い声で――
『そうでもしなければ!!』
――今までから想像もできないほどの叫びを、リュートさんが上げた。
『そうでもしなければ、上が動かないんだ。君はおかしいと思わないのか? 最前線基地にエースとはいえパイロットが一人。基地施設も壊れたままで』
『それは……』
『異世界からエースパイロットを呼び出すこのイカロスプロジェクト、国際法違反だということは君も知っているだろう?』
『……あぁ、異世界に対する干渉は禁止だと』
『まぁ異世界に干渉してなおかつこの世界に呼び出すことができるのはハイエルフの持つ秘術だけで、それをパクってきた時点でもう後には引けなかったんだけど。それでも上がまだ渋っていたんだ。イカロスプロジェクト推し進めることに』
『だから、手っ取り早くルーキーの腕前を見せつけて納得させるために?』
『あぁ、それもある。でもこうして実際にことが始まってしまえば、上も動かざるを得ない。そうすれば、補給ももっといいものになる。そうすれば、君たちにもっと安全を提供することもできる』
『一番いいのは何事もなく平和なままだけど、そうも言ってられない状況だったからな……』
『そういうこと。そのためなら俺は、どんな泥でも被る』
『カッコつけてんじゃねぇクソエルフ』
『おっと、もっと褒めてもいいんだよ滑走路のような胸板を持つ姫君よ』
『お前帰ったら殺すからな』
『上等だ。だから無事に帰ってきてくれ。もちろん、リョースケと一緒にね』
『当たり前だ。通信終わり』
そこで、通信は切れた。
……なんだか、聞いてよかったんだろうか? 今の会話を……。
でも、これだけは言える。
「こんなに期待されてちゃあ、活躍しないと嘘だな」
戦闘機に乗れればそれでいいと思っていた。
でもこの無線を聞き、心から彼らの力になりたいと、そう思った。
『ルーキー! 無線封鎖解除! 行くぞ! 好きに飛んでみろ! がっかりさせるなよ?』
「……はい!」
会話を聞いているうちに、俺たちは凄まじい高空まで上昇していた。
戦闘の閃光と煙が、はるか眼下に広がっている。
一度エンジンの出力を落とし、機体をひっくり返す。そしてそのまま、操縦桿を引いた。
「橘涼介、行きます!!!」
『フェアリー、エンゲイジ!』
右斜め前を飛んでいたシャルロットさんの機体を追い越し、俺たちはビームとミサイルが飛び交う戦場の空へと真っ逆さまにダイブする。
『マスターアーム点火、HUD、A/Aモード表示、SRM。エウリュアレー発射いつでもどうぞ』
「ありがとよ!」
ゲームで聞きなれた耳障りなミサイルシーカー音。
眼下を飛び回る敵の機体を示す緑色の四角に、ロックカーソルがにじり寄っていく。
さっきの空戦とは違う、背負うものができた戦いに、俺は瞬きもせず突っ込んでいった。
十話に続く
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