第8話 スクランブル!


「おい! お前が異世界のエースパイロットか!」

 ハンガーに飛び込むなり、ガタイが良い壮年の男性に声をかけられた。

 その男性はこちらに走りより、群青のツナギとゴワゴワしたチョッキ類、そして航空機用のヘルメットを俺に突きつける。


「俺は整備士のケインだ! 細けぇ自己紹介は後だ。お前も上がるんだろ!?」

「は、はい!」

「ならすぐこいつに着替えて来い! 一分以内にだ!」

「りょ、了解!」


 ろくな自己紹介もせず、渡されたのはもちろん飛行服一式。まさか本当に、俺がこれに袖を通す日が来るとは……!


 ジャージの上からツナギをき込み、リュートさんに手伝ってもらってチョッキなども装着していく。

「これは生命維持装置とかその他もろもろだ。ヘルメットのかぶり方はわかるね?」

「な、なんとなく!」


 あっという間に着替え終わり、自分の姿を確認する暇もなく再びケインさんのもとへ。

「おせぇぞルーキー! おっ、なかなか様になってんじゃねぇか! オラ! さっさと乗りな!」

「は、はい!」


 言われるがまま、折りたたみ式のハシゴを伝ってエイルアンジェのコックピットへと。

 ついさっき降りたばかりなのにまた乗ることになろうとは……。


 でもさっきまでのコックピットとは違う。本来なければならないものがしっかりと設えられていた。


「やっぱ飛行機飛ばすにはこれじゃないとな……!」


 コックピットの両脇からニョキッと顔を出す、操縦桿とスロットルレバー。

 今まで使ってきたフライトコントローラーは形が違うけど。それでも不思議と手になじんだ。


 やっぱり、これが落ち着く。




「ルーキー、エウリュアレーは一二発積んどいた。細かいことはAIに聞いてくれ」

 いつの間にかコックピットの横まで登ってきていたケインさんは、主翼の下に吊り下げられたミサイルを親指でさしながら微笑んだ。

「わかりました!」


 AIM-99 エウリュアレー、赤外線誘導短射程空対空ミサイルの名前。

 ビーム機銃が俺のお気に入りだが、まぁお世話になった回数も多いスタンダードな対空兵器だ。

 片側に三つあるハードポイントのうち、内側のハードポイント二つに三つのランチャーレールを持つパイロンが取り付けられ、左右合わせて合計一二発エウリュアレーが搭載されている。

 それに加え、さっきも使った二連装ビーム機銃が合計四門。平均的な対空戦闘装備だ。



「敵は間違いなくメデュラドだ! 細かいことは空に上がってから話す! 今はとにかく離陸を!」

 機体の下から、リュートさんの声がする。俺は右腕を期待の外につき出し、親指を立ててそれに応えた。


 ハーネスを締め、ガッチリと体を固定する。までは良かったのだが……、

「エンジンどうやってかけるんですかこれ!」

「あぁそうか! ゲームだとエンジンがかかった状態でスタートだったね! おやっさん! すまないがエンジンスタートの手順を彼に!」

「ったく世話の焼ける勇者様だ! おいルーキー、左側コンソールのメイン電源ボタンをオンにしてから、スロットルレバーをアイドルの位置に戻せ!」

「はい!」



 言われたとおり、ひときわ目立つ赤いボタンを押してからスロットルレバーを一番手前まで引く。

 機体コンソールにスターティング画面が表示され、ボタン類が発光し始める。



「次! ノーズホイールブレーキチェック! スロットルレバーの黄色いボタンを押せ!」

 言われた通りにボタンを押し込むと、コンソールのギヤポジションインジケーターに『brake』の文字が灯る。



「今はスクランブルだ! いろいろ端折るぞ! メイン電源の隣にあるイグニッションスイッチを押しながら、スロットルレバー右の赤いボタンを押し込め!」

 すると、体の後ろからなにか大きな質量を持つ物が回転し始める音が響き始める。

 最初は、電車が動き出す時のような。やがて、巨大な掃除機が回転数を上げていくような甲高い音へと変わっていく。


 三十秒ほど経つ頃には、ジェットエンジン特有の甲高い駆動音がハンガー中に響き渡っていた。


(エンジン二機、アイドル。回転数安定。メインジェネレーター、発電開始。各部アクチュエイターチェック)

 無機質な案内音声とともに、立体映像の機体情報がコックピットの中に投影され始める。


 そして――

『こんにちはマスター。随分早い再会になりましたね。正確には二十七分と四十二秒ぶりですが』

 ――聴き慣れた可愛らしい声が、スピーカーから溢れだした。


 アンジェの起動を確認したケインさんが、エンジン音に負けないように耳元で声を張り上げる。

「よし! じゃああとはAIに聞いてくれ! 頼んだぞルーキー!」

「は、はい!」

 彼はサムズアップを残し、はしごを降りていく。そしてそれを収納し、またサムズアップを俺に向けた。


『マスター、キャノピー閉鎖します。挟まれないようにしてください』

「お、おう!」

 アンジェの声とともに、オレンジ色のキャノピーがゆっくりと降りてきた。

 そして完全に下降し、空気が抜ける音とともにコックピットと外界を完全に遮断する。

 それにより、あれだけ大きく聞こえていたジェットエンジンの音も、一気にくぐもった小さな音へと変化した。


『コックピットエアロック完了。プリフライトチェックDからMはスクランブルのため省略。エアコンディショナーオートモードで作動します。無線、周波数アーネストリアコントロールに適合。通信開きます』

『こちらアーネストリアコントロール。スパロウワン、フェアリー。タキシーロードAを通過しランウェイゼロゼロへ』

 無線が開いたとたん、さっきアンジェと気の抜けたガールズトークを繰り広げていたあの管制官の、まるで別人なんじゃないかって言うほどカッコイイ通信が流れ出す。

 ホント、さっきのは何だったんだ。


『スパロウワン、ラージャ。タキシーAを経由しランウェイゼロゼロへ』

 今度はシャルロットさんの声だ。スパロウは多分部隊の名前で、フェアリーはシャルロットさんのTACネームだろう。

 一人しかいないんだから部隊名も何もないとは思うけど……。


 さておきシャルロットさんの機体は、俺たちとは別のハンガーにいたらしい。

 解放されたハンガーの外を、彼女の機体がタキシングして行くのが目に入った。もちろん、俺と同じミサイルガン積みの空対空兵装だ。


『マスター、滑走路までは私が動かします。コントロール、預かります』

「お、おう! 頼む!」

『頼まれます。こちらエコーナイナーナイナー。当機もスクランブル発進を行います。スパロウワンの後を追い当機もランウェイゼロゼロへ』

『許可する。エコーナイナーナイナーはスパロウワンの後方に着け。今フライトでは、エコーナイナーナイナーを暫定的にスパロウツーと呼称する』

『了解』


 アンジェの了解とともに、エンジン音が少しだけ甲高いものになる。

 出力を上げた機体は、ゆっくりと前に進みだした。


 ハンガーを出、日差しが目に突き刺さる。

 アンジェのコントロール下にある機体はゆっくりと右にカーブし、前を行くシャルロットさんの機体のちょうど真後ろを進む形となった。


『おい新入り! お前も飛ぶのか!』

 今度は突然、シャルロットさんから通信が入る。

「は、はい! 一緒に上がらせていただきます!」

『上等だ! 足引っ張るんじゃねぇぞ? 異世界のエースパイロットの実力とやら、しっかり見せてもらおうじゃねぇか!』

「は、はい!」


 すぐに俺たちは、滑走路のすぐ手前まで到達した。

『スパロウワン、ランウェイゼロゼロへの進入を許可する。南南西の風、無風。順次離陸を許可する』

『スパロウワン、フェアリー。ラージャ。ランウェイゼロゼロへ進入。動翼最終チェック……問題なし。フラップフルダウン。ノーズホイールロック』


 滑走路に入ったシャルロットさんの機体の主翼の後端。フラップとエルロンを兼ねるフラッペロンが、ゆっくりと下がって止まる。

 二枚の垂直尾翼のラダーやカナード翼、主翼の機体側後端が切り取られたように設えられている、エレベーターとエルロンを兼ねるエレロン、そして推力偏向パドルがせわしなく動作した。


 やがてその動作も収まり、今度は可変パドルがくぱぁと大きく開き、エンジンノズルが大きく露出する。

『スパロウワン、テイクオフ。滑走開始する』

 そのシャルロットさんの声と同時に、エイルアンジェのノズルから真っ青なアフターバーナーが吐き出された。


 思わず見とれるほど美しい灼熱の炎は、いくつものわっかをその内側に形作りながら凄まじい推力を発生させる。

 ブレーキを解除した機体は、まさにジェットコースターもしかりといったほどの勢いで急加速し、あっという間に空へと浮かび上がった。


『スパロウワン、高度三千まで上昇ののち、上空待機。グッドラック』

『こちらスパロウワン、ラージャ』


『さぁマスター、次は私たちの番ですよ』

『スパロウツー、ランウェイへの進入を許可。順次離陸せよ』

「りょ、了解!」


 滑走路への進入は、アンジェが行ってくれた。

 ここからは、俺が飛ばすんだ。


『動翼チェックはすでにやっておきました。問題ありません。スロットルレバー後ろのフラップレバーを一番後ろまで下げて、フルダウン状態にしてください。ノーズホイールロックも忘れずに』

「サンキュー!」


 先ほどと同じ手順で、ノーズホイールをロックする。そしてスロットルレバーを一番前へと突き出し、さらに一度持ち上げてバーナー位置へ。

 エンジンの振動が桁違いに大きくなり、前へ進もうとする想像を絶する力が俺の感覚を支配した。


『マスター、速度計表示が三百を超えれば安全に離陸できますので目安にしてください』

「わかった! スパロウツー、滑走開始します!」

 ノーズホイールロックを解除。そのとたん、機体は弾かれたように急加速を始めた。

 加速Gで体はシートに押し付けられ、激しい振動はさらにその強さを増していく。


『マスター、離陸速度です。スティックを少しだけ引いてください』

 本当に少しだけ、操縦桿を体側に倒す。

 すると、ふわっとした浮遊感と同時に、今まで体を襲っていた振動が嘘のように消え去った。


『続いて、ギアアップ。黄色いレバーを前に倒してください』

 操作すると、ギヤが持ち上がる機械音と、ドアが閉鎖される重い音。

 そしてすべてのギヤが無事収納されたことを、今まで灯っていた緑色のインジケーターが消えることで俺に知らせてくれた。


 離陸はできた。でも、これからが本番だ。


『ルーキー、私の後ろに着け! このまま全開で向かうぞ! 編隊飛行なんてできねぇだろうから、ついてくるだけでいい! 振り落とされるなよ! 無人機はあとから追い付かせろ! ウェイポイントワン、ヘッドオン!』

「り、了解!」

 慌てて、少し上空を飛んでいたシャルロットさんの機体の背中を追う。

 後ろを見ると、アーネストリア基地がもうすでに点にしか見えなくなっていた。



 一度大きく深呼吸し、操縦桿とスロットルレバーを握りなおす。

 あれよあれよとここまで来てしまったけれど、まったく後悔はしていない。


 少しばかりの不安はあるけれど、それを上回る期待と胸の高鳴りが、エイルアンジェのエンジン音とともに俺の心を完全に支配していた。



九話に続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る