第7話 レッドアラート!


「本当!? ありがとう!! 本当にありがとう! いやーよかったよかった! 断られたらどうしようかと思ったよ!」

「え? 断ったら元いた世界に返してくれるんですか?」

「ごめん無理。そもそも君をこの世界に呼んだ方法自体、魔法の国からパクっ……じゃない、お借りしてきたものなんだ。呼べるけど戻せないんだよね。ごめんね! しかも回数制限があるから、あと二人この世界に呼んだら二度と使えなくなっちゃうみたい!」

「パクってきたって……」


 まぁ別に、元いた世界に未練などこれっぽっちも感じていない。

 唯一気がかりなのは両親のことについてだが、まぁ俺はこっちの世界で夢を叶えたから勘弁してくれ。おふくろ、オヤジ。今まで育ててくれてありがとよ!


「実はね、もういろいろ手続き済ませてあるんだ! 君なら絶対引き受けてくれると思って!」

 ウキウキと無邪気な笑みを浮かべるリュートさんは、ティーカップを手早く片すと部屋の出口のドアノブに手をかける。

 まるで初めて友達がうちに遊びに来た時のようなテンションだ。



「いろいろとさ、説明したいこともあるし! とりあえず基地を案内するよ! 質問とかは歩きながら聞くよ!」

「あ、ちょっと待ってくださいリュートさん!」


 意気揚々と部屋を飛び出した彼の後を負い、ドアをくぐる。

 さっきは気持ちが昂っていて周囲に目を配る余裕もなかったけど、改めて見回してみるとなかなかどうして……。


「そうだ、まだ言ってなかったね。ここはアーネストリア空軍基地。一応ルーニエス共和国の最前線基地だ」

「最前線基地ですか!? こんなにボロ……年季が入っていて味がありますね」

「いま普通にボロいって言ったよね。まぁ実際そうなんだけどさー。この惨状も、君を呼ばせてもらった理由のひとつなんだけどね。最前線基地ですらこのザマなんだ。いろいろ察してくれ」

「そういえばさっきから全然人とすれ違いませんね……」

「あぁ、今人気のドラマの再放送やってるからね。それでじゃないかなぁ」

「あぁー、なんかさっきそんなこと聞いた覚えがあります」



 しかもその時ILS進入着陸誘導装置がブッ壊れてるとか言ってたけど、最前線基地だったらなおさらまずいんじゃないだろうか……。

 ていうか最前線基地なのにドラマの再放送で人がいなくなるって……。




 どんどん不安になる俺をよそにリュートさんは廊下を進み、太陽に照らされたエプロンへと繰り出す。

 さっき俺が乗ってきたエイルアンジェは、今出てきた建物の左に隣接されているハンガー(格納庫)へと押し込まれ、窮屈そうにその羽を休めていた。



 ハンガーは全部で四つ。

 そのエイルアンジェが押し込められている中くらいのサイズのものがひとつと、半分位のサイズのものがその隣に二つ。

 そして右手の随分向こうに、かなり巨大なものが一つ。旅客機でも楽々入りそうな大きさだ。




「うちの基地には、君が乗ってきたAF-54C エイルアンジェが六機。あとCF-99 ヘロンっていう無人戦闘機が四機だけ」

「最前線基地にしては数が少ないですね……」

「そもそもパイロット自体が少ないんだ。異世界に助けを求めちゃうくらいなんだからね」

「あ、エイルアンジェの件なんですが、俺フライトコントローラーでブルストやってたんですよ。なので普通の操縦桿とスロットルレバーに変えていただけたら幸いなのですが……」

「え!? マジ! ごめん! なんか君の世界のゲームで一番普及してそうなコントローラーを選んだらあれになったんだけど、余計なお世話だったね……。すぐもとに戻させるよ」

「お願いします」


 そういうとリュートさんは腕時計をなにやら操作しだした。なにかメールのようなものを送っているようだ。俺のわがままを早速聞いてくれたんだろうか?



「おまたせ、じゃあ続きいってみよー」 

 メールを送信し、再び歩き始めるリュートさん。


 エプロンを横切り、ハンガーの前をゆっくりと進む。

 日陰に佇むエイルアンジェたちからは、まるで温泉に浸かる動物たちのようにのほほんとした印象を受けた。空に上がるとあんなにも激しく美しい姿を見せるのに。


「どうだった? エイルアンジェの実物は」

 不意に、隣に立つリュートさんがそう聞いてきた。彼は優しい色を瞳にたたえ、無邪気な微笑みで口角を少しだけ上げている。

 ……きっと、彼も俺と同じなんだろう。

「最高でした。まさか本当に、俺が戦闘機に乗れるとは思っても見ませんでしたし」


 心から、そう返すことができた。

 

 今でも鮮明に思い返すことができる。


 射出座席に預ける背中から伝わるエンジンの振動。スロットルレバーと操縦桿越しに感じる、操舵翼が空気を切る感触。キャノピー越しに見上げる、今までよりもずっと近い空。


 だけどそういった俺に、なぜかリュートさんは一瞬申し訳なさそうな苦笑を浮かべ――

「それはなによりだ! じゃあ、そろそろドラマも終わる時間だから基地の職員に会いに行こうか!」

 ――すぐにいつものにへらにへらした表情に戻り、先頭を切って歩き出した。


 ……あの一瞬の陰りが何を意味するのか。気にはなった。

 でも、出会って間もない彼に問いただすこともできず、とりあえず俺は歩き出した彼の背中を追うことだけに集中することにした。





「おいサイナス!!!」

 エイルアンジェが羽を休めるハンガーを後にし、一番大きなハンガーへと向かう俺たちの背中に突如声が投げかけられる。

 振り返ると、まさに目を見張るような美人さんが仁王立ちでこちらを睨みつけていた。



「どうしたんだいシャルちゃん。今ドラマの再放送じゃなかったっけ?」

「私がドラマなんて見る人間に見えるか!? ったくどいつもこいつも、俗世に染まりやがって!」

 おっと、どうやらまともな感性の人もいるらしい。

 なぜか少しだけ安心感を覚えた俺は、シャルと呼ばれた彼女の容姿をじっくりと観察する。


 元いた世界ではまずありえない、淡いスカイブルーの腰まで届くロングヘアに、サファイアのような大きな瞳。

 人形の如く整った顔つきを不機嫌そうに歪めるまさに絶世の美少女たるその人は、大きく舌打ちしてから大股でこちらへと歩み寄ってきた。


 丈の短い、青を基調としたフレアスカートとニーハイソックスの合間から覗く眩しい絶対領域が、彼女がかなりスレンダーな体型であることを見せつける。

 彼女は俺たちの二歩前で立ち止まると、腰に手を当てて胸を張った。

 だが、なんというか、張ってもわからない程度の……いや、これ以上考えるのはやめておこう。


「お前が異世界のエースパイロットか?」

 突然、可愛らしい顔に似合わぬ凄みのある声でガンを飛ばされた。

 俺の首あたりまでしか身長のない彼女に睨まれると、当然上目遣いとなる。俺は無意識のうちに姿勢を正し、

「は、はい! 橘涼介と申します! よろしくお願いします!」

 そう返してしまうほどの鋭さが、彼女の声にはあった。


 彼女は眉間にシワを寄せ、値踏みするように俺をジロジロと眺め回す。

 なんだかこう、美人に睨まれるとドキドキしちゃうよね……。


 やがて彼女は、

「おいサイナス。ホントにこんなのがエースなのか? 見た感じもやしにしか見えないんだが」

 そんな失礼な感想を何の遠慮もなく吐き出した。


 当然のごとく少しばかりムッとしたが、ここで食ってかかるのはガキのすることだ。俺は大きく息を吐き出して心を静めにかかる。


 そんな俺を庇うかのように、リュートさんが一歩前へと足を踏み出した。

「確かに見た目はひ弱だけど、ホントに強いよ彼は。さっきだってメデュラドのグラスパーを四機、初めて乗ったエイルアンジェで全部撃墜してるんだ」


「メデュラドのグラスパーだと……?」

 彼女は彼の言葉に眉をひそめ、再び俺を睨みつける。



「あの、リュートさん。メデュラドのグラスパーっていうのは……」

 その視線から逃げるように、リュートさんに耳打ちして訪ねた。どっちも、初めて聞く言葉だったから。


「あぁごめんね。メデュラドっていうのは俺たちルーニエスの隣国で、さっき言ったよくちょっかいを出してくる国だよ。グラスパーってのは、さっき君が落とした無人戦闘機」

「なるほど、ありがとうございます。って、そういえばなんでいきなり襲われたんですか俺?」

「んー? それはほら、さっき言ったじゃない。民間機にもちょっかいだしてくるような連中だからさ」


 なぜか俺の顔を見ずに、リュートさんはそういった。

 気になってシャルさんの方に目をやってみると、今までとは違う表情をたたえて、そのリュートさんの横顔を睨みつけていた。どことなく不信感を抱いているような、そんな顔。



 さっきからなんとなく違和感を感じる。なにかほかに、俺に隠していることがるんじゃないだろうか?

「それより、彼女はシャルロット・ハルトマン。ルーニエス空軍最強のエースにして、この基地唯一のパイロットだ」


「よろしくおねがいしま唯一!?」

 でもそんな違和感も、リュートさんがはぐらかすように口にした言葉で吹き飛んでしまった。


「そうだよ。最前線基地なのに、パイロットは彼女しかいない。逆に言えば、今までたった一人で何とかしてしまっていた彼女の腕が凄まじいっていうことなんだけど」

「違う。私一人でなんとかなるくらいのいざこざしか、まだ起きていなかったということだ」

シャルロットさんは手のひらをひらひらと振り、険しい目つきを俺に向ける。


「そう、まだな。だがお前が……」

 しかしそこで、シャルロットさんの言葉は途切れる。


 けたたましい警報が、基地中に鳴り響いたからだ。


「な、なに!? 何事ですか!?」

 例えるならば、消防車のサイレンのような。

 だけどそれとは比較にならない程大きく、尚且つどこか不安を募らせるような音色。


 静かだった基地の中が、一気に騒がしくなる。


 そしてスピーカーから流れ出す緊迫した声が、そのサイレンを上塗りした。

『レッドアラート! レッドアラート! CAP中の無人機が交戦状態に突入! 同時に広域動体センサーにボギーコンタクト! 空対空装備でスクランブル! 繰り返す、空対空装備でスクランブル!』

「チッ、言わんこっちゃねぇ! サイナス! 話は後だ、出るぞ! ヘロンも全機出させろ! クソッ、宣戦布告なんて受けてねぇぞクソったれめ!」

 シャルロットさんは舌打ちを残し、ハンガーの方へと長い髪を翻しながら走り去ってしまった。



 CAPとはCombat Air Patrolの略で、直訳すれば戦闘空中哨戒。いわゆる見回り飛行である。

 その機体が交戦したということは、この空のどこかで今まさに領空侵犯機との空中戦が勃発しているということだ。


「あ、あのリュートさん!」

「すまないリョースケ、君も上がってもらっていいか?」

なにがなんなんだと聞く隙も与えず、彼は俺の目を真正面から覗き込む。

「細かいことは後にしよう。今はとにかくスクランブルだ。君はもうこの基地のパイロットなんだ。頼めるね?」

「……わ、わかりました……!」


 気になることなど山ほどある。

 だけど、目の前に転がり込んできたスクランブルという事態。そんなことを聞いている雰囲気ではなかった。



「君のパイロットスーツとヘルメットはハンガーにもう置いてある。とにかく今はハンガーへ!」

「了解!」

 俺はエイルアンジェの待つハンガーへと走り出す。


「リュートさん! 宣戦布告もしてないのに攻撃しかけてきてるんですか!? おかしくないですか敵!」

「ん、まぁ戦争状態じゃない国同士の戦闘もまれに発生するからそこまで珍しいことじゃないよ。多分今回はアレだろうね。リョースケに四機も落とされてるから、その報復だろうね。このまま引き下がってちゃあ、ルーニエスが調子に乗ってしまうんじゃないかって。だからやられたらやり返すぞっていうことを見せつけて、こっちをけん制する目的だろう」

「そんな、子供みたいな理由で戦闘機飛ばしてきてるんですか!?」

「何を言ってるんだい。戦争なんて子供の喧嘩よりくだらない理由で始まるものさ。まぁ今回はまだ戦争じゃないけどね」


 そう言うリュートさんの横顔は、どことなく陰のあるものだった。



八話へ続く。

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