第5話 ハードランディング
『いやはや! 大丈夫だったかい!? まさかいきなり襲われるとはね〜! や、この世界レーダー使えないからさ、動体センサーとかでこっちの方角になんとなくいるんだろうな〜くらいしかわからないからさ!』
全ての敵機を撃墜し、緊張の糸が切れた途端に、再びあの能天気な声が無線から響き渡ってきた。
もうちょっとこう、物思いに浸らせて欲しいところではあったのだが、初めての空中戦に体は思いのほか疲れきっていたようで……、
「とりあえず、地面に足を付きたい」
『おぉそれもそうだね! じゃああとはAIに任せてゆっくり空の旅でも楽しんできてよ! もう襲われることはないだろうし!』
特に何かツッコミを入れるでもなく、そうとしか返せなかった。操縦装置がプレ〇テのコントローラーだったことについても、突っ込む気力が起きなかった。
そのまま無意識に首をもたげ、天を仰ぎ見る。
そういえば、なんで襲われたことをこの男が知っているんだろう?
戦闘中、この男は一言も言葉を発さなかった。もし知っていたのなら普通なにか戦闘中にでも話しかけてくるものなんじゃないか?
「ハァ……でもま、今はいいや……」
結構重要な事のはずだが、麻痺し始めていた俺の思考はそれ以上追求するのをやめてしまった。
『お疲れ様でしたマスター、初めて実際の戦闘機を操り、機銃のみで四機撃墜。流石ですとしか言いようがありません』
「ありがとよ……」
アンジェの無機質な賞賛に手のひらを振りつつ射出座席に深く腰掛け、大きく息を吐き出す。
あらためてキャノピーの外を見回すと、眼下には美しい新緑の草原が広がり所々に色とりどりの花が咲き乱れ、馬や牛みたいな動物が群れをなして疾駆する。
そこから少し首を上に上げれば、深い緑の森がどこまでも続き、そのはるか先にはてっぺんに雪の冠を乗せた、アルプス山脈のような険しい山々が峰を連ねていた。
少し視線を巡らすと、大きな街のようなものも見受けられる。極端に発展した巨大な摩天楼が一つと、そこから離れたいたるところに小さな集落のようなものがちらほらと。
機首方向に視線を戻せば、テレビでよく見る沖縄の海のような、エメラルドグリーンの透き通る平面が陽光を反射してきらめいている。
ここまでなら、まぁ綺麗な景色だなあ位にしか思わなかったけど。
「そして空飛ぶ島か……」
あの浮島は本当に一体何なんだ。
どうやら浮島はある程度まとまって空を漂っているようで、さっき空中戦を行ったところとは別の浮島たちが機体の左手の空を気持ちよさそうに漂っていた。
『マスター、そろそろ着陸態勢に入ります。あまり状態のいい滑走路ではないので、衝撃に備えておいてください』
「え? あ、あぁ」
景色を眺め、浮島と今置かれている状況のことについて考え、そしてなにより先ほどの戦闘の余韻に打ちのめされ、ほぼ上の空だった俺はアンジェのその言葉を深くは捉えていなかった。まぁあっても、ちょっと短いとかそういう感じだろうなくらいにしか思わなかった。
エイルアンジェは俺のコントロールを受付けなくなり、アンジェの行う操縦へと切り替わったようだ。
いつの間にか空対空戦闘モードからナビゲーションモードに切り替わっていたHUDの端っこに、(AUTO)の文字が小さく表示されている。
しばらくアンジェの丁寧な操縦で空中散歩の時間となったわけだが、やはりまともに景色を見る精神力は残っていない。
俺はコントローラーをコックピットコンソールの上に投げ捨て、体中の力を抜いてだらけることに専念する。
『このまま私のコントロールでタッチダウンしてしまってもよろしいですか? マスターなら着陸も可能だと思いますが』
「いや、今はいいや。とりあえずゆっくりしたい」
『了解しました。それでは左手に見えているあの滑走路に着陸します』
「あいよ」
言われた方に目をやると、いくつかある集落のうちの一つに空港が隣接されているようだ。
当然のごとく空からでもはっきりとわかる滑走路は、黄緑色の草原に一本、黒い直線を描いている。
ここからでは滑走路の状態を目視できないが、言うほどひどくもない気がするのだが……。
アンジェは機体を大きく旋回させ、滑走路を真横に捉える航路へと機首を向けた。
『アーネストリアコントロール、こちらエコーナイナーナイナー。ランウェイワンエイトゼロにILSでの着陸を要請する』
おお、航空無線だ。
ちょっとかじった程度だから詳しくはわからないけど、やっぱり生で聴くとカッコいいものだ……。
航空管制官とパイロット、いやこの場合はAIだけど。その会話はやっぱりパイロットに憧れを持つ者にとって聖書の一節並みの神々しさを誇っているのだ。
だが……、
『あー、おかえりー。滑走路空いてるし風吹いてないから適当に降りちゃっていいよー。あれ? いまダウンウインド・レグだよね? ていうか、基地のILS装置ブッ壊れたまんまだから目視着陸しかできないってばー』
『まだ修理していないのですか。いい加減にしてください』
『ごめんごめーん! 今ドラマの再放送でみんなやる気なくてさー!』
無線から返って来たのは空気が抜けてしぼみきった風船のごとくしなしなな、緊張感の欠片もないこんな言葉だった。
ていうか、ILSぶっ壊れてるとか空港としてどうなんだ?
ILSとは、計器やその他の誘導装置を用いて安全に航空機を着陸させるシステムの総称。
それがぶっ壊れてるって、例えるならば、幹線道路の信号がぶっ壊れてるくらいのひどさ。天気が悪かったりした時にどうやって降りるんだ!
だけど、まるで扇風機壊れたくらいのノリでその話題は流され、さらに会話は続いていく。
『現在当機はダウンウインド・レグ。左旋回してベース・レグへと移行します』
『あいよー、気をつけてねー! あ、そういえば異世界の勇者さま迎えに行ってきたんだっけ!? どうどう!? イケメン!?』
『ご自身の目で確かめてください』
『焦らすねー焦らすねー! AIのくせにー!』
『お褒めに預かり光栄です』
な、なんなんだこの航空無線は……!ゆるいどころの騒ぎじゃない、こんなんただの女子トークじゃねーか!
『ランウェイワンエイトゼロ、ファイナル・レグに侵入。ギアダウン……確認。フラップフルダウン……確認』
そんな俺の不安をよそにアンジェが次々と着陸に必要な手順を済ませ、ランディングギヤが降りたことを知らせる緑色のインジケーターが点滅したり、スロットルレバーの手前にニョキッと飛び出していたフラップレバーが勝手に動いたり。
何もすることがない俺は、今から降りる滑走路の方へと目をやる。
そして再び絶句した。
「うぇっ、まじであそこに降りんの!?」
さっきアンジェが言っていたことの意味が、ようやくわかった。
「せっ、せまくねぇ!?」
田舎の二車線道路くらいの幅しか、なかったのである。
しかも上空から見たときは分からなかったが、ここまで近づくとお世辞にも綺麗な路面とは言い難い。
コンクリートの板を何枚も敷き詰めたような、一昔前の地方空港みたいな滑走路だったのだ。
しかも滑走路の両脇には雑草がボーボーに生い茂り、少し先の方には鳥たちが我が物顔でタムロしている始末だ。
「お、おいアンジェ! 流石に鳥はまずいんじゃないか!? バードストライクとかさぁ!」
『大丈夫です。タッチダウンしますよ。フレアかけますので注意してください』
「ぉおっ……」
このフレアとは、さっきまで戦闘で吐き出しまくっていたあのフレアではない。着陸前に飛行機が軽く機首を上げるあの動作のこともフレアと呼ぶのだ。
当然体は後ろに引っ張られ、シートに押し付けられる。地面が見えない不安が、さらに恐怖を加速させていく。
そしてすぐに、タイヤが地面を捉えたスキール音とともに強い振動が体を襲った。
『マスター、お疲れ様でした。そしてようこそ、私たちの世界ブルー・ストラトスフィア。そのアーネストリア空軍基地へ』
徐々に機体は減速し、振動もなくなる。
どうやら無事に着陸できたらしい。
さて、とりあえず降りかかった火の粉を振り払うことには成功したわけだが、
「ここがどこで、何が起きたのかは全くわからねぇんだよなぁ……」
根本的な問題は何一つ解決していないのだ。
滑走路を抜け、擦り切れてほとんど見えなくなっている黄色いタキシングロードを進む機体の行先には、お世辞にも綺麗とは言えないエプロン(駐機場)が広がっている。
ゆっくりと進む俺たちを待ち受けるように、そこにはかなりエッジの効いた近未来的なデザインをした装甲車が止まっていた。
そしてその周辺には、自動小銃を構えウッドランド迷彩のBDUを着た兵士たち。
どうやら無事着陸しても、まだゆっくりと休めそうにはなかった。
六話へ続く。
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