第4話 墜ちろ蚊トンボ!
「落ちろ蚊トンボ!」
すれ違いざまに、バツボタンを押し込んだ。
コックピットの少し後ろから伸びる左右二門、合計四門のビーム機銃からピンク色の光線が連続で射出される。
砲口から伸びた光の筋が敵の機体を捉え、小さな爆発を引き起こした。
だけど、命中した箇所がまるでバーナーで熱せられた鉄板のように赤く変色しただけで、敵は何事もなかったかのように俺のすぐ真横を凄まじい勢いで通り過ぎていった。
「なっ、んだと……!?」
驚く間もなく、それを追って体と首を思い切りひねる。
……くぅ! 敵を視界にとらえるために体をねじるこの動作! ゲームじゃ絶対に味わえない、でもいつかはやりたいと思っていた!
でもそんな感動に浸る暇などなく、右スティックを左、そして体側に引いて左旋回。コックピットに落ちる影が、急激にその形を変えていく。
同時にL1ボタンを押し込んでフル・スロットルに。
敵は旋回しながら上昇し、高度を取ろうとしている。
俺もそれに合わせて、エンジンが引き起こす軽い振動を背に感じながら高度を取るべく機首を少しだけ上に向ける。
また一瞬だけすさまじいGが体を襲うが、直ぐにそれも消え、水平飛行と変わらぬような静けさのまま機体は上昇と急旋回を続けた。
『マスター、敵は散開。二機ずつに分かれて高度をとっています』
「わかってる! それより、当たったよな!? なんで墜ちねぇんだ!?」
『確かに数発命中していますが、撃墜にはいたっていません。ここもゲームと同じで、この世界の戦闘機はTT装甲で守られていますから』
「まじで!? そんなのもあんの!?」
TT装甲。サーマル・トランス装甲の略で、どんな衝撃や攻撃も熱に変換して吸収してしまうというトンデモ装甲だ。
ゲームでよくある、ミサイルが何発か当たらないと撃墜できないあのシステムをこじつける設定だとしか思っていなかったが……。
なるほど。直撃したビームを装甲が熱に変換して吸収したから、被弾したところが赤く染まったのか。
あれは本当に、バーナーで鉄板を熱したときと同じようなことが起きていたというわけだ。
『肯定ですマスター。もちろんこのエイルアンジェもTT装甲完備ですので、そう簡単には落ちません。逆を言えば、敵もそれくらい落としにくいという事ですが』
「落としにくいってことは落とせるってことだな? あとこれもゲームと同じ設定だとしたら、TT装甲の耐熱限界ももちろんあるんだよな?」
『肯定です。TT装甲に連続して攻撃を命中させることで蓄熱させ、耐熱限界を突破させることで破壊します。もちろん、連続して攻撃を当てないと装甲が放熱して耐久値はどんどん元に戻っていきます』
「そこもゲームと全く同じか……! そういや強制冷却ユニットとかアイテムあったけど流石にあれはないよな?」
所謂リペアキットみたいなアイテムが、ゲームにはあった。使えば装甲が冷却されて耐久値が回復するというありきたりなアイテムだったが、流石にこれはないだろう。
『残念ながらそのようなアイテムは現実には存在しません。その代わりエンジン出力の一部をラジエーター駆動に回すことで冷却を促すことはできます。戦闘中に使用することはおすすめしませんが』
「まぁとにかく、何発か喰らっても落とされなきゃいいってことだろ!?」
『究極的にはそういうことです』
「じゃあ問題ねぇ! 行くぞアンジェ!」
機体を水平に戻し、首を回して緑色の四角をそれぞれ目で追う。敵はアンジェの言ったとおり、二機ずつのグループに分かれて左右に展開している。
どちらかのグループを狙えばもうどちらかが後ろを取るべく動き出し、そもそも二機を一機で相手するのだから、一機追っているうちにもう一機が後ろに付くという典型的な展開方法だ。
しかも高度は向こうのほうが高くとったようで、少しばかり見上げる形となってしまった。
だが問題ない。
この機体の出力なら速度を上げながらでも上昇することができるはずだ。
「アンジェ、右のグループから行く。マーカーを赤に変えられるか?」
『了解しましたマスター。右のグループをボギーアルファ、左をボギーベータと呼称します』
アンジェの返答と同時に、アルファの二機を囲む四角が赤く変色する。
これならば追っている機体を見失わずに済む。いわばマーキングみたいなものだ。
「見てろ、世界一にケンカ売ったこと後悔させてやるぜ!」
すでに一度押し込んでいたL1ボタンを、数回クリックする。
「ぐっ!!」
すると機体は、シートに体が押し付けられるほどの加速Gを発生させながら急加速を開始する。
現実の戦闘機で言うところの、アフターバーナーだ。
速度計の数字は瞬く間に急上昇し、それに反比例して敵との距離はどんどん縮まっていく。
回避機動を取り始める敵機のうちの片方を、LCOSの中央に捉え――
「今度こそ落ちろ蚊トンボ!」
――再びバツボタンを押す。
SFの光線銃のような音とともに、再びピンク色の光弾の群れが敵機めがけて突き進む。
「当たれぇぇ!」
急旋回した敵を追って機首を巡らせ、当然のように光の帯も若干のカーブを描きながらそれに追従していく。
今俺が追っている一機以外は、当然のようにこちらの後ろを取るべく機動を取り始めており、視界に捉えているのは一機だけ。
だがまずは、この一機を落とさなければ始まらないのだ。
そしてその帯はやがて逃げる敵機に追いつき、TT装甲にぶつかって激しい閃光を生み出した。
連続して被弾した敵機は、機体を真っ赤に熱せられながら火を吹き出し、やがて爆発四散。
真っ青な空に真っ黒な煙をまき散らしながら、まるで枯れ木から離れた木の葉のようにひらひらと、力なく重力に揉まれて落下を開始する。
『お見事ですマスター、初戦果ですね』
「ざまぁみろ! 次!」
とその時、
(ワーニンワーニン! ミサイルランチ! ワーニンワーニン! ミサイルランチ!)
けたたましいアラート音が再びコックピット内に鳴り響く。
『七時方向から、ミサイル接近。数三』
「くそったれめ! 少しは初戦果に浸らせろ!」
一機を落とすために進路を固定していたことで、その間に後ろに回り込んでいた三機が一斉にミサイルをブッ放したらしい。
ミサイルの飛来方向を指し示す赤い矢印が三つ、機体の真後ろを差して明滅している。
スティックを右に、そしてラダー操作を行うR2ボタンを押し込んで機体の天を地面に向けてから、スティックを体側に引いた。
そしてR1ボタンでエンジンの出力を絞りながら、垂直急降下を始める。
先ほどまで急激に上昇していた高度計の値が、今度は先程以上の勢いで減少していく。
だいぶ下に広がっていた雲海が、一瞬のうちに眼前に迫った。
「雲に突っ込むぞ!」
『見れば分かりますマスター』
一秒もしないうちに、視界が真っ白に閉ざされる。
高度計はぐんぐんとその数字を減らし、ミサイルアラートも鳴り止まない。
「雲を抜けたところで水平飛行に移り、もう一度急上昇して振り切る!」
『ミサイルのロケットモーターの燃焼は既に終わっています。たしかにもう上昇にはついてこれないはずです』
空対空ミサイルというのは、敵に当たるまでロケットモーターを燃焼させながら飛翔するわけではない。
例外もあるが、基本的にはほんの数秒だけ火を吹いてすさまじい速度にまで加速し、あとは惰性で飛びながら敵を目指して滑空するのだ。
つまりロケットモーターを燃焼させきったミサイルに、急上昇する力は残っていないということ。
やがて、雲の切れ間が見えてくる。
光がチラホラと差し込み始め、緑色の草原が視界に映りこみ始めた。
『雲を抜けます』
「あいよ!」
コントローラーを握る拳に力を込める。
そして、視界が一気に開けた。
「って、なんじゃこりゃああああ!!」
思い切りスティックを引くはずが、俺は思わずそう叫んでいた。
叫ばずにはいられなかった。なぜならば……、
「なんで島が空に浮いとるんじゃぁぁぁぁ!!」
最初、眼前に迫るのはただの地面かと思っていた。
だがよく目を凝らすと、それはまさに空飛ぶ島としか言い様がない物体だったのだ。
それも一つではなく、大小さまざまな浮島がプカプカとなんの支えもなく空を漂っている。
ミサイルに追われているということも頭から吹き飛び、目の前の浮島に目を奪われてしまっても誰も文句は言えないはずだ。
だがけたたましいミサイルアラートですぐ我に返り、頭を振って意識を集中させる。
この浮島がなんなんだとかそういう突っ込みは後回しだ。今はとにかく、降りかかる火の粉を払うことにだけ意識を集中しろ!
歯を食いしばり、そのまま機首を引き起こすことなく、浮島へと急接近していく。
地面が迫る恐怖にスティックをつい引いてしまいそうになりそうになるのをこらえながら、どんどん高度を落とす。
『マスター、何を……』
アンジェのどこか不安げな声に、俺は少しだけ震える声でこう返した。
「こんな空飛ぶ障害物、ミサイル避けるのに使わなくてどうすんだ!」
ひときわ大きな浮島の側面へぴたりと機体を付け、そのまま這うように飛び続ける。
対比物が何もない大空では、あまりスピード感がわきにくい。
だがこうしてすぐそばを地面、と言っていいのか? とにかく浮島の側面が流れていくと、一気に自分がとんでもない速度で空を飛んでいるんだということを実感させられる。
俺を追いかけていたミサイルは、全て浮島に激突し自爆。すさまじい爆炎を巻き起こしながら空の藻屑と消えていった。
「っしゃあ! フレア吐くまでもないぜ!」
ミサイルアラートが鳴り止み浮島から一旦離れると、今度は敵機すべてが俺を追って浮島の群れへと突っ込んでくるのが目に入ってきた。
「いいぜ、それでこそ面白いってもんだぜ!」
この障害物だらけの空での空中戦。恐怖やスリルよりも、楽しみが優ってしまっている。
自然とつり上がってくる口角と、こみ上げてくる笑いをこらえながら、浮島をかいくぐって飛び続ける。
敵も当然のように浮島を避けながら、俺の後ろを取って機銃の射線にとらえるために激しい機動を繰り返す。
何度かキャノピーのすぐそばを光弾が通り過ぎ、近くの浮島に直撃して小さな爆発を引き起こした。
「アンジェ! 当たってねぇよな!?」
『TT装甲蓄熱率ゼロのまま。被弾していません。しかしこのままでは……』
そう、後ろを取られているという状況に変わりはない。なんとかひっくり返さなければ、いつかは被弾して撃墜されてしまうだろう。
だが勝ち目がないわけではない。
三機とも浮島を避けるのに必死になって、コンビネーションの欠片もなくなっている。今ならいけるはずだ。
「アンジェ! ゲームと操作方法が同じなら、操縦桿を引ききってそこからもう一回引くと……」
『はい、操縦桿を体側に引ききったところからさらにもう一段階引くと、コブラやクルビット機動を行うようプログラミングされています』
コブラとは、高度を保ったまま機首を天に向け、そのまま水平に飛行する。クルビットに至っては、さらにそこから縦に一回転するという機動だ。
普通空中戦において、速度が激減するこれらの機動は行うことはない。速度が落ちたところを他の機体にタコ殴りにされるからだ。
だが全ての敵機が後ろにつき、さらに減速してもすぐに加速することができるこの機体ならば、コブラかクルビットで後ろの三機をオーバーシュート、すなわち俺の機体を追い越させ、すぐに急加速。そのまま攻撃に移るということも可能かもしれない。
しかし機体を引き起こすということは、それだけ被弾面積も増えるということになる。だがTT装甲ならば、コブラを行ってからオーバーシュートさせるまでの時間、耐えてくれるはずだ。
迷っている暇はなかった。
「アンジェ、コブラでオーバーシュートさせて、一気に全部落とす」
『了解です。全てマスターに任せます』
「ずいぶん素直だな。こういう時って危険だなんだって止めるもんなんじゃないか? 人工知能って」
『私は二年間、マスターとともにバーチャルとは言え空を飛んできたのですよ?』
「それもそうだな……」
再び、キャノピーのすぐそばをビームが通り過ぎていく。
「じゃあ、行くぞ!」
『了解』
深呼吸し、スティックを思い切り引く。そこで一度止まり、機体は機首を持ち上げて急上昇を始めようとする。これでは、今までと変わらない。
「立てっ! アンジェ!!」
力を込め今一度スティックを強く引く。すると機体は、機首を天に向けたまま水平飛行を行い始めた。
コックピットからでは、今自分がコブラをしているという実感はあまりわかない。
だが通り過ぎる浮島の高さが変わらないこと、そして高度計が動いていないということがそれを俺に伝えてくる。
とその時凄まじい衝撃とともに、被弾したことを知らせるアラート音がけたたましく鳴り響いた。
ご丁寧にコントローラーの振動機能まで一緒になって、せっせ被弾したことを伝えてくる。
『マスター、TT装甲蓄熱率六七パーセントに上昇。危険域です』
想像通り、何発も被弾してしまったらしい。
「耐えてくれ……!」
だが、撃墜されてはいない。それでいいのだ。
本当は一瞬、だが永遠にも感じるほどの時間が過ぎ去り、待ち望んだ言葉をアンジェが放つ。
『敵機、オーバーシュートしました』
「それを待っていた!」
スティックを前に倒し、一気に機首を水平に戻す。内蔵が浮き上がるようなマイナスGが一瞬体を襲ったが、御多分に漏れずすぐさまその感覚は消失。
前を睨みつければ、今まで俺のケツを追いかけていた三機のケツが、はっきりと見えている。
チャンスはこの一瞬だけ!
「まず一機!」
一番右端を飛んでいた機体のケツにLCOSの表示を合わせ、ボタンを押し込む。
TT装甲を使いようがないエンジンノズルを撃ち抜かれ、その機体は一瞬にして爆発四散。
推力を失った、黒煙を纏う鉄くずを避けつつ二機目に照準を合わせる。
一機目が撃墜されたことで回避機動を取り始めていた二機目だったが、これもエンジンノズルを捉えて一瞬のうちに撃墜。
「オラァ! ラスト!!」
最後の一機は、なんとか逃げ延びようと急旋回を繰り返す。
だが当然、俺もそれに追いすがって急旋回を繰り返す。
いつの間にか浮島が漂う空域を抜け、何もない大空へと飛び出していた俺たち。
激しい機動を繰り返す敵機に追いすがろうと、LCOSの照準表示がHUD画面の中を目まぐるしく右往左往する。
急上昇、急旋回、からの急降下。さまざまな戦闘機動を繰り返す敵だが、照準はすでにその中心を捉えつつある。
「ゲームセットだ!」
ボタンを押す。
ピンク色の光の筋は、逃げ惑っていた敵機の主翼と胴体に立て続けに命中。
やがて火の塊と化し吹き飛んだそれは、真っ黒な煙をまといつつ地面へと吸い込まれていった。
五話へ続く。
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