第3話 やらなきゃやられる


 もうこの際コントローラーがプレス〇の奴だったことはどうでもいい。これでも一応動かすことはできるんだから。

 真ん中のパワーランプが赤く光り、ご丁寧に自身が仕事をしていることをアピールしてくるそれを思いっきり握りしめながら、俺は迫りくるミサイルを睨み付けた。


『マスター、ミサイル来ます。回避してください』

「ど、どうすんべぇ! とりあえずフレア! フレア! あ、この場合チャフか!?」

『アクティブステルスが実用化されているこの世界にレーダー誘導ミサイルはありません。すなわちチャフは存在しません。飛来しているのは赤外線誘導短射程ミサイルです。

それより、フレアを撒くだけではミサイルは外れてくれませんよ。しっかり回避機動を取ってください』

「でも俺、Gになんて耐えられないぞ!?」


 戦闘機は基本的に、機体の天を曲がりたい方向に向けてから機首上げ動作を行って急激な戦闘機動を行う。

 それはすなわち、体の頭から足の方向に向かってすさまじいG、重力加速度がかかるということを意味する。


 戦闘機パイロットになりたいと本気で考えていた頃、このGについてもいろいろと調べたのだ。


 時に重力の九倍にも及ぶその力は脳に至る血液をも下半身へと向かわせ、それによる視界の暗転(グレイアウト、ブラックアウト)と最悪の場合意識の消失を引き起こす。

 所謂G-LOCと呼ばれるこの現象は、逆のG(マイナスG)でも引き起こされる。

最もこの場合体中の血液が頭に集まることによって視界が赤く染まる(レッドアウト)という現象になるの だが、基本的に戦闘機はブラックアウトを引き起こすプラスGと戦いながら

激しい戦闘機動を繰り返し、敵機を撃墜するべく空を駆る。


 すなわち何が言いたいかというと、そのGに、俺の体が耐えられる保証がどこにもないのだ。


 戦闘機パイロットは、度重なる訓練と下半身を圧縮空気で締め付ける耐GスーツによってこのプラスGに対抗し、激しい機動を行う。だがズブの素人である俺が、そんな体力も技術も持っているはずはなく……。


 しかも、耐Gスーツは愚か今履いているのはヨレヨレのジャージとフカフカのスリッパだ。


 こんな格好で戦闘機などお話にならない。だがミサイルは、もうすぐそこ。

 ウダウダしている暇などなかった。



『ですから、私を信じて、マスターが飛びたいように飛んでください。大丈夫ですから』

もう一度アンジェリカにそう言われ、覚悟を決める。

「ぐっくっ……! えぇいままよ!!」

『機動に合わせてフレア射出も忘れずに。セレクトボタンです』

「どれだ! これか!」


 右スティックを一度右へ倒し、すぐ左へとカウンターを入れる。

 機体は一瞬のタイムラグなく右ロール機動を行い、ちょうど地面に垂直となった状態でピタッと落ち着いた。


 飛行機の機動を表す際には、ピッチ、ロール、ヨーの三つが主に用いられる。


 ピッチは、機首の上下。手の平を地面に向けたまま指先を上下に動かしてみるとわかりやすい。

 簡単に言ってしまえば、上昇と下降。


 ロールは、同じく手で表すのならば手首を左右にねじる動き。

 これだけでは、飛行機の針路はほぼ変わらない。


 最後にヨーは、手のひらを地面に向けたまま左右に振る動きと考えれば大体はあっている。



 飛行機は、これらの動きを組み合わせることによって広い広い大空を縦横無尽に駆け回るのだ。

 さっきも言った通り、急激な機動を行う際にはまずロールで機体を曲がりたい方向に傾け、ピッチで『その方向に上昇する』という形をとる。


 これは本当にたとえで、本当に上昇しているわけじゃないんだけど。 



 ともかく俺は、右ロールからのピッチアップで、急旋回を行おうとしているのだ。



 体が重力に引きずられ、ハーネスで締め付けた体が悲鳴を上げる。

 しかし構うことなく、そのまま今度は体側へと操縦桿を傾けた。すなわちピッチアップ。そして同時に、言われたとおりセレクトボタンを押し込む。


(フレア、フレア! フレア、フレア!)

「ずおっ……!」

 無機質な案内音声と同時に一瞬、すさまじい衝撃が体を襲う。思わず目をつむり、歯を食い縛る。それでも操縦桿は引き続けた。

 だが直ぐにその衝撃も収まって恐る恐る目を開けると、機体はものすごい勢いで右旋回を行っている最中で、真横になった雲海がものすごい勢いで上から下に流れていく。


「うっ、うそっ! なんだこの旋回速度……! ゲームまんまじゃねぇか!」


 本当に、全く速度が落ちないまま急旋回をしているのに、最初の一瞬以降全くGがかかっていない。

 しかも、本当にありえない速度を保ったまま旋回しているのだ。


「な、なんだこれ……! ありえねぇだろ! 普通戦闘機ってもっとゆっくり……!」

『それはマスターの世界の戦闘機の話です。この世界の戦闘機は平均二十五Gに耐えながら旋回し、その最中でも速度を上げることができます。未来戦闘機ですよ? 一緒にしてもらっては困ります』

「そんなこと言われても!」

『それよりマスター、スロットルを絞ってください。フレアを吐いた意味がありません』

「あ、あぁそうだった!」

 どこか得意げなアンジェリカ。俺は言われたとおり、R1ボタンでエンジン出力を絞った。



「それより、なんで俺大丈夫なんだ? 今えぇと……」

 立体映像の機体情報画面をみやり、隅っこの方に『14G』という表示を見つけた。十四Gである。重力の十四倍だ。

 つまり今俺は十四G旋回の真っ最中ということだ。

 それなのに、水平飛行をしている時と全く変わらない。体が横にずり落ちそうになる感覚すら、無くなっていた。


 それに現実の戦闘機なら、いくら無理に無理を重ねて頑張っても九G旋回を維持するのがやっとだというのに。いや、維持すらできない。急旋回を続けるとどんどん速度が落ちていくからだ。

 現実は、ゲームのように同じ速度を保ったまま急旋回するというのは不可能なのだ。


 


 でも今俺は、たしかに速度と高度を保ったまま十四G旋回の真っ最中。

『今は戦闘中ですので詳しいことは省きますが、つまり、色々な技術で、パイロットも機体もゲームと同じような機動が可能になっているということです。中にはゲーム以上の変態機動が可能な機体もありますが』

「まじで!?」


 これはすなわち、

「ほんとに、ゲームがうまけりゃ強いってこと……!?」

『端的に言えばそうなります』



 一気に、胸が高鳴った。

 やれる、やってやれる。俺はブルストで世界一になった男なんだ。

 一度深呼吸し、コントローラーを今一度握り直す。

 


 昂ぶる気持ちを落ち着かせ、首を回して後ろに目をやる。

 急激な機動を行った時に戦闘機の翼の端から伸びる翼端煙が、ヒュルヒュルと渦を巻きながら青空に白い線を残していた。

 そして、エイルアンジェから吐き出された高熱のフレアも空に白い軌跡を残し、真っ赤に燃え盛りながら、ゆっくりと空を漂っている。



 赤外線誘導短射程空対空ミサイルは、より大きな熱量を発するものに向かっていくという特性がある。

それを逆手に取り、戦闘機のエンジンが発する熱量より大きなそれを発してミサイルの目を眩ませるのがフレアだ。

 さっき出力を落としたのも、エンジンが発する熱を少しでも下げるため。



 瞬間的に三千〜五千度にまで達し、五秒ほど燃焼を続けながら空を漂うその囮に、俺を追いかけていたミサイルたちは吸い込まれていった。



「よっしゃ、避けた……! 避けてやったぞコラァ!」

 ゲームで初めてミサイルを避けた時よりはるかに大きな喜びに、さらに胸が高鳴る。

 多分今鏡を見たら、口角が思いっきりつり上がっているはずだ。



 でもこれで終わりではない。

『マスター、ミサイルを回避しただけで敵を落としたわけではありませんよ。集中してください』

「おっととそうだった!」

 今からが本当のドッグファイト。



「叩き落としてやるぜ!」

 右に急旋回して、ミサイルを発射した敵に頭を向けた状態となった俺たち。

 所謂『ヘッドオン状態』というやつだ。



 こういう場合相対速度が大きすぎて狙いをつける暇もなく、下手すれば空中衝突の危険性もあるため一度お互いにすれ違い、その後相手の後ろを取るべくさまざまな戦闘機動を取り始めるのだが……、

「アンジェ! こっちの武装は!」

『ゲームと同じですマスター。今はミサイル非搭載でビーム機銃四門のみですが』

「十分だ!」




 耐Gについての問題は解決した。だけどもう一つ、視力という問題が残っている。

 けどそれも、直ぐに解決することになる。

『マスター、敵機センサートレース完了しました。敵機位置をボックスカーソルで立体投影します』

「サンキュー!」



 これもゲームでよくある。

 敵機の位置が緑色の四角で囲まれて表示されるアレだ。



 これなら視力が悪くても、敵を見失うことはない。



「まずは一機、いただきだ! ヘッドオンは俺の十八番だからな!」


 もうすでに、敵の姿がはっきりと見える距離になっている。

 キャノピーの表示される四角の数は全部で四。


 四機など、一分あれば片付く数だ。


 兵装を機銃射撃モードに切り替え、立体投影のHUD画面に表示された機銃の照準、LCOSの表示を緑色の四角に合わせる。


 そしてバツボタンを、深く押し込んだ。



四話に続く。

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