第2話 パラシュート無しスカイダイビング
「ノオオオオオオォォッォン!」
俺は今、スカイダイビングの真っ最中である。
もちろんパラシュートなどというハイカラな装備は無い。
なにせ突然こんな状況にほおり出されたのだ。
常日頃パラシュートを背負って生活しているやつなんてイギリス位にしかいないだろう。
「何!? なになになに!? なんなのぉ!?」
そう確かに俺は、部屋でメールをしていたはずだった。
それがどうだ、この現状。意味不明にも程がある。というか、
「いてっ! いててててててて!」
風が強すぎて目も開けていられない。
よく空から落ちる夢とかも見たりするし、これもそうだと思いたかったのだが。
「こんなリアルな感覚がある夢なんて見たことねぇぇぇぇ!!」
凄まじい勢いで肌を撫でていく冷たい空気が、これは現実なんだということをまざまざと知らしめてくる。
『改めてようこそ! 異世界のエースパイロット! 蒼穹の星、ブルー・ストラトスフィアへ!』
「い、異世界!? なんのことぉ!?」
『この世界は、君がいた世界とは全く違う世界だ。まぁ簡単に言えば異世界。君の世界でも流行ってるでしょ? 異世界に突然飛ばされちゃうっていう話。それだと思ってくれていいよ!』
「ハァァァ!?」
そんな状況の中で、さっきと同じ声があたりに響き渡る。
冷静になって、いや冷静になんてなれないけど。
とにかく考えてみれば、すさまじい勢いで落下している俺の耳に、こんなに明瞭に人の声が届いているということがおかしすぎる。
それ以前にこの状況がおかしすぎるんだけれども。
だけど世界は、混乱する俺に冷静に物事を考える余裕など与えてはくれなかった。
眼下に広がる雲海を切り裂いて、なにか黒いものが俺めがけて急上昇してくるのが目に入ったのだ。
「なっななななな、なに!?」
あっという間に、その黒い物体は俺の眼前に迫る。
そして、
「うわああああああ!」
すさまじい轟音と衝撃を纏いながら、一瞬の間に俺のすぐそばを通り過ぎていった。
「なんなんだよもぉ!」
空中で体をねじり、天高く飛び去って行った物体を目で追う。
それは俺のはるか高空、太陽の中でくるりと一回転し……、
「うわわわまたこっちきた!」
今度はすさまじい勢いで、俺めがけて急降下。
やがてその姿が、はっきりと見える距離となる。
そのまま通り過ぎるのかと思いきや、自由落下する俺に合わせ、真っ白いヴェイパーをその身にまといながら急減速。
隣でフラフラと踊るように、重力に任せながら一緒に高度を下げていく。
灰色の制空迷彩が施された美しい流線形の胴体。
そこからつなぎ目なく伸びる、鋭利なカナード翼と大きな五角形の翼。
後ろに目をやれば、大きく外側に傾いた二枚の垂直尾翼。
機体の一番後ろには、まるで猛禽類の爪を思わせるような鋭いデザインの推力偏向パドル。
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思わず目を見張る。
「エイルアンジェ……!」
隣で、俺に合わせて自由落下するその戦闘機。
それは、ブルストで俺が一番最初から使い続けてきた愛機。
現実世界には存在するはずのない、『天使の翼』の名を冠するその架空の戦闘機は、まるで俺を誘うかのように、ゆっくりと大きな主翼を上下に振って見せた。
「うっそだろ……!?」
見とれる暇もなく、さっきから好き勝手言っている謎の声がまた語り掛けてくる。
『さぁ大空へのチケット、手にするか!? まぁ拒否したら、このまま地面に叩きつけられてお陀仏だけど』
「選択の余地なし!?」
さっきはあんなに遠かった雲の海が、もう目の前といっていいほどまでに近づいている。
考えている暇はなかった。
「くそぉもうどうとでもなれ!」
俺のその叫びにこたえるように、エイルアンジェはピクピクと動翼を動かしつつ真下へと移動。そして機首近くに設えられているコックピットを覆うオレンジ色のキャノピーを大きく開けた。
エイルアンジェが俺と地面の間に割って入ってくれたおかげで風の抵抗がなくなり、機体の背中にゆっくりと足をつく。
コックピット近くまで移動し、ゆっくりと、射出座席に身を沈める。すぐに空気が抜けるような音とともにキャノピーが下がり、機内と外界を完全に遮断した。
ゲームで見慣れたエイルアンジェのコックピット。そのどれもが実体を持ち、そこに存在するという感覚を体中に刻み込む。
あまりにも明瞭な感覚。夢だと割り切ることなどもうできないレベルだった。
そしてあたりを見回す暇もなく、またあのお気楽な声が、今度は無線機から流れ出す。
『改めてようこそ! どうかな? エイルアンジェのコックピットは! ゲームとまったく同じだろう!?』
「いや! その前に、あんたナニモノなんだ!? ていうかこれ、夢じゃないのか!?」
風を受けなくなって少し余裕ができて、今まで聞けなかったことを聞いてみたのだが、
『それは追って話す! あと夢じゃないよ! それは置いておいて、まずは直接会おう! AIの自動操縦でこっちに来れるようになってるから、それまで空の旅を楽しんできてよ!』
全く聞く耳持たず。
こいつ、人の話を聞かないタイプなのだろう。
『あ、ちなみに今君の操縦は受け付けないようになってるから、逃げようとしても無駄だよ! それじゃあ、下で待ってるからね。あとでね!』
「あっちょっ! 待てェコラァ! って、もう切れてるし……」
その後いくら呼びかけても、返ってくるのは砂嵐のノイズだけ。
「なんなんだよ全く……!」
そう一人つぶやいてみても、何も返ってこない。
はずだったのだが、
『マスター、熱源及び動体センサーに感有り。方位一八〇、マーク三十、機数不明、速力千四百、ホット』
「うわっびっくりした!」
突然、聴き慣れた女性の声がコックピットに響き渡った。
聞き間違えるはずもない。
可愛らしくも、どこか機械的なこの声の主は……。
「アンジェリカ!?」
『しばらくぶりです、マスター。正確には七分と二十八秒ぶりですが』
ブルストを初めて以来ずっと苦楽を共にしてきた人工知能、アンジェリカだった。
間違えるはずもない。なにせ二年も一緒にバーチャルの空を飛んできたんだ。
でもゲームの中ではこう、ルーチン的な会話しかしなかった。
それがこう、普通に会話をしていると違和感があるというかなんというか……。
そんな俺の平和ボケした考えを吹き飛ばすかのように、再びアンジェリカが口を開く。
いや、口を開くという表現が正しいのかはわからないけど。
『マスター、ボギー、進路変わらず。IFF反応なし。敵機と認定します。予想会敵時刻、およそ三分後』
「エェっちょっと待って! それって今敵がこっち来てるってこと!?」
『その通りですマスター、ゲームでも同じアナウンスが流れるでしょう』
「いやいやいやいや! そりゃそうだけれども!」
いきなり空に投げ出され、乗らなければ地面に落ちて死ぬと脅されて架空戦闘機のコックピットに座り、そしたら今度は突然敵だと?
そもそもこれが現実かどうかもわからないし、敵ってなんだよって感じだし、その他もろもろ意味不明のカルテットで俺の脳みそはオーバーヒート寸前だ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。頭を整理させてくれ。まずこれは夢……」
『ではありませんマスター。まごう事なき現実です。敵機、高レベル警戒空域に侵入』
「じゃなきゃなんだって言うんだこんなの!」
『ですから、現実ですマスター』
「そんなこと言ったって……!」
こんな、理解しろという方が無理だ。だが、時間は当然止まることはない訳で……。
(ワーニンワーニン! ミサイルランチ! ワーニンワーニン! ミサイルランチ!)
アンジェリカのものではない、彼女よりさらに機械的な女性の音声とともに、けたたましいアラーム音が俺の思考を麻痺させた。
同時に、ミサイルの飛来方向を示す立体映像が表示される。
真後ろから六発。彼我の距離を示す数字が、目まぐるしい勢いで減っていく。
ここらへんもゲームと全く同じらしい。
「ってそうじゃない! そうじゃなくてどうしろってんだこんなの! いきなり訳も分からずミサイルぶっぱなされてどうしろって言うんだ!」
『落ち着いてくださいマスター。あなたは世界で一番この機体を操ることに精通した人物なのですよ?』
「だからそれはゲームでの話だろ!? 現実とゲームは違うんだ! 現実の俺はGにだって耐えられないし、目も悪い!」
自分で言っていて、情けなくなってきた。
本当の戦闘機乗りが、厳しい訓練の後に手にするG、すなわち重力加速度への耐性。決して黒光りするアイツではない。
一般人でしかない俺がそれを持っているはずもなく、戦闘機動でもしようものなら一瞬のうちにブラックアウトで意識消失するのがオチだ。
……どうせ、俺は戦闘機パイロットにはなれないんだ。
『では、このまま撃墜されますか?』
沈みかけていた心。それに待ったをかけたのは、アンジェリカのそんな一言。
無慈悲にも思えるその問いは、パニック寸前の俺の頭になぜかすんなりと吸い込まれていった。
『信じてくださいマスター。この世界では、あなたが本当のエースパイロットになれる世界なのです』
機械のはずのアンジェリカの声がなぜか、優しさを帯びているような気がしたのは気のせいだったのだろうか。
「でも……!」
『もう一度言いますマスター。私を信じてください。あなたの飛びたいように、飛んでみてください』
そうだな、最初からあきらめるのはかっこ悪い。
「このまま何もしないよりかは……!」
できないできない、無理だ無理だと決めつけて逃げるのは、もう嫌だった。
「アンジェリカ、もう一回聞く。本当に大丈夫なのか?」
『私を信じてください。コントロール、マスターにあずけます。ハーネス、しっかり閉めてくださいね』
ミサイル到達まで、もう時間はない。
もう迷っている暇もない。
俺は一つ息を短く吐き出し、気合を入れなおす。
いいぜ、やってやる。なんたって俺はブルスト世界最強の男なんだ。
機体を動かすために、操縦桿とスロットルレバーに手をかけ……ようとしたのだが。
「おいアンジェ」
『なんでしょうマスター』
「操縦桿とスロットルレバーは?」
本来どんな飛行機にも備わっているはずのそれ。
パイロットの入力を機体に伝達するためのその二つのデバイスが、どこにも無かったのである。
これでどうしろと……?
『マスターのために、特別な操縦インターフェイスを用意しておきました。射出座席の下に格納してあります。ご確認ください』
「おっマジで!? 俺専用ってこと!? なんかテンション上がるな!」
なんだなんだ! 最初からそう言えよ! なんのドッキリかと思ったぜまったく……。
『そう言っていただけると幸いです』
アンジェリカに言われた通り、いったんハーネスを緩めて足元をまさぐってみる。
なにか固いものが指先に触れた。そのまま、ゆっくりと引き出してみる。
「おいアンジェ」
『なんでしょうマスター』
足元に置かれていた俺専用の操縦デバイス。
黒光りする、保持しやすく操作しやすいそのフォルム。各種入力ボタンへのアクセスも容易で、素早い操作が可能だろう。重量も軽く、操縦者の体力を温存するにはうってつけだ。
だが――
「これプレ〇テの奴じゃねぇか!!! しかもご丁寧に振動機能つきデュアルショックかよ!」
――あまりにもこれはひどい。ひどすぎる。
『マスターはゲームが得意ですから、この操縦インターフェイスの方がよろしいかと思いまして』
「余計なお世話だバカ野郎! 俺はフライトコントローラー派だったんだぞ!!」
だが、これしかない。落とされたくもない。
「くそったれめぇぇぇぇぇぇ!!!」
俺はコントローラーの右スティックを、怒り任せに押し倒した。
三話へ続く。
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