第1話 空へ!



 ブルー・ストラトスフィア。通称ブルスト。俺がこのゲームに打ち込むようになったのは、二年前。

 現実味のあるデザインではあるが、未来的な要素を多々取り入れた人工知能搭載の架空戦闘機を操り、様々なミッションに挑むフライトシュミレーションゲームだ。


 基本無料のくせにやたらと細部まで作りこまれていて、そのド迫力な戦闘だけでなく、育成すれば会話すら可能になるほど高性能な、かわいらしいアバターの人工知能とあれやこれやするギャルゲー的要素も含めてかなりの人気作。

 そのプレイユーザーは相当数だという。

 


 架空戦闘機に人工知能とかどこの〇風だよと一時期叩かれもしたが、そのアンチも今は完全に鎮火。純粋にこのゲームを楽しむことができる環境が整っていた。


 

 夢やぶれても飛行機だけは好きだった俺がこの基本無料のゲームにのめり込むのに、大した時間はかからなかった。


 実在の戦闘機を題材にしたゲームも、昔はよくやっていた。

 でも視力が落ちてからは目にするのも嫌になり、架空機がメインのブルストならばという理由も大きかった。


  気づいてみれば、無課金のまま世界一の座を手にするまでになっていた俺だが、

「ハァ……」

  世界一になったところで、現実世界は何も変わらないということに一分もせずに気づいてしまったわけで。


「ごめん、おちるわー」

『えっちょっ涼介! オフ会どうすんのー!?』

 ヘッドフォンから響くネトゲ仲間の声をスルーしつつ大きく天井を仰ぎながら、パソコンの電源を落とした。

 ブラックアウトした液晶に、伸びきったボサボサの黒髪にメガネのだらしない顔が映る。


「達成した途端にやる気とかがなくなるっていう話、本当だったんだなー……っていててっ!」

  勢い余って机も蹴り飛ばし、足の指に鈍い痛みが走る。そして見上げた天井には、アフターバーナーを吐き出しながら急上昇するイーグルのポスター。


「あれも、そのうちはがさねぇとなぁ……」

 届かなかったその夢に、手を伸ばしてみる。

 俺は窓から差し込む夕日に目を細め、初めて実物を見た航空祭の景色を思い出していた。

 やっぱり、イーグルはカッコよかった。

 出来ることならば、俺もあの灰色の機体で日の丸を背負い、空を飛びたかった。


「……やめだやめ」

 でも思い出せば思い出すほど、今の自分が惨めになってくる。

 沈みかけた心と頭を切り替えるために、窓を開け空気を入れ替えようとしたその時だった。


 電源を消したはずのパソコンが突然起動し、メールの着信を知らせたのだ。

「えっ? 確かに消したはずだよな?」

 まぁでも、プログラムの更新とかで再起動したのかもしれないし。

 ビックリしなかったといえば嘘になるが、俺は特に焦ることもなく再び椅子に腰掛けてメールブラウザを開く。


「なんだこれ、ブルー・ストラトスフィアから、橘涼介様に青空へのチケットを……?」

 送信元のメールアドレスは、いつもお世話になっているブルストの公式アドレス。


 世界一になった俺に、なにかおめでとう的なメールだろうか?

 なんの疑いもなく、そのメールを開いて内容を確認すると……


「アンケート? 二問だけ? あと、部隊名とTACネーム入力欄……」


 たった三問だけの、シンプルなアンケートだった。

 世界一おめでとうございますとか、いつもお世話になっております的な文面は、何一つ記されていない。


 でもまぁ、ウイルスでもないだろうし、とりあえず質問内容に目を通す。

「なになに? あなたは、本物の空を飛んでみたいと思ったことはありますか? だと? そんなん当たり前じゃボケェ」

 一つ目の質問の『YES』の欄にレ点を入れ、画面をスクロール。


 二つ目の質問。

 

「……あなたは今でも本当に、心の底からその夢を追いかけたいと思いますか?」


 すぐに答えることができなかった。


 一度、諦めたからなぁ。

 今でも戦闘機に乗りたいとは思う。

 でもその思いが本物なのかと言われると、即答することができなかった。


 部屋を見回すと、なにも並んでいないディスプレイ棚が目に入る。

 昔はあそこに、飾りきれないほどの飛行機模型が並んでいたんだけどなぁ……。


 天井に残されてしまったポスター以外、全て押し入れの奥底だ。

 視力が落ちてぼやけた視界に映るそれらですら、もうアレらの本物に乗ることはできないんだということをまざまざと思い知らされるから。


 でも、でもやっぱり。架空機だってのはあるけれど、それでも戦闘機は戦闘機。

 だけどブルストをやっていたのは……


「YES、と……」


 その後、ゲームで昔から使っている部隊名『イカロススコードロン』と、俺自身を表すTACネーム、『ブロークンウイング』を入力し、送信する。


 だからといって何があるというわけでもないだろうが、やったからには送ったほうがいいかなと。

本当に、他意はなかった。


 その瞬間だった。

『ようこそ! 異世界のエースパイロット! 蒼空の星、ブルー・ストラトスフィアへ!』

「うぇっ!??!? ウェェェェェェェエエい!!!!?」


 突然聞いたことのない声があたりに響き渡ったと思いきや、視界を閃光が支配する。

 思わず目を瞑るが、瞼の裏に焼き付いた閃光はなかなか消えはしない。


 また、あの声が響き渡った。

『太陽に近づきすぎ、地へと落ちた若い勇者と、壊れた翼。うん! いいね! 実に君らしい!』

「なっなっ、なになに!? 誰!?」


 そして今まで体を支えていた床の感覚がなくなり、その代わりに俺の体を支配したのは、今まで味わったことのない浮遊感。


 それもその筈、

「う、うわああああああああああああああああああああああ!!」


 目を開いてみればそこは、はるか眼下に真っ白な雲海の広がる大空の、ど真ん中だったのだから。



二話に続く

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