第2話 承
3
僕は弥生土器のような茶碗に入れられたスープと同じく土器のスプーンをもらうと、適当な砂の上に座って食べ始めた。
うまい。特にこのぶ厚いのが……何のキノコかは一切分からないが、コリコリした歯ごたえで噛んでいると濃い味がする。
「やあ、今年のやつの味はどうだい?」
見上げるとさっきの青年だった。僕と同じようにスープを手にしている。
「うまいよ。何のキノコかは良く分からないけど」
「そうか、そりゃいい」
青年は隣に座ると、スープを食べ始めた。
「ありゃあ、インチキだよなあ」
青年は顔をしかめてそう言った。
「ああ、あの配分は変だと思ったけど……やっぱりそうか」
僕は答えた。
「きっとあれは……事前に係員にうまいキノコをたくさん渡したに違いねえ。……ポポコの野郎、大量に食用キノコを持って行って係員を買収しやがったんだ!」
青年の手はスプーンをへし折らんばかりにわなわなと震えていた。
買収するのもキノコでなんだな……そう思ったが黙っておいた。
おそらく、あの良さそうなキノコばかり手にしていた男が「ポポコ」なのだろう。今思えば、確かにあの男はずるそうな顔をしていたような気もする。
「ひどい話だけどさ……係員がぐるじゃ、分が悪いな。まさか1人だけってことはないだろう。他の係員もいるから、みんなぐるかもしれない」
「ああっ! ひゃあああああああ!」
青年は奇声とも怒声ともつかぬ声を上げると、むさぼるようにキノコのスープを食べ始めた。
僕も同じようにむさぼる。……が、青年の方が食べるペースがかなり早く、後から食べ始めたにもかかわらず先に食べ終わっている。
「ふっ……あああああぁ……やるぞ! 俺はやるぞ! このナイフであいつののどをかっ切ってやる!」
そう言うと、なぜかスプーンを握りしめて、奇声を上げながら走りだした。それは異様なほどの勢いで、またたく間に砂丘の向こうに消えてしまった。
確かあのあたりには、受付をした天幕があったような気がするが……。
後には、空の器と僕が残った。
僕は食べ終わると、自分の器と一緒に彼の器も片付けようと手を伸ばした。
その時、背後で声がした。
「あいつ、急に走り出して、どうしちまったんだ?」
「さあ……もしかして、手を洗うのを忘れて毒キノコの毒にやられたんじゃないのか? 時々、居るからな……そういう奴も」
「ああ、そういや俺も手を洗ってないな」
僕もだ。
「ところで、今年のスープには、なんで卵が入っていないんだろ?」
4
結果発表の時刻となった。
あの後、しばらくあの青年を探したが見つからず、その時刻になって青年はようやく戻ってきた、担架に乗って。
意識は割とはっきりしているようだったが、その担架に乗せられるまでに色々とあったらしく、服が何ヶ所か破けていた。
青年は僕と目が合うといたずらっぽく笑った。僕が大丈夫かと訊くと、これはこれで楽しかったと答えた。
担架に担がれて去っていく時に、なぜか僕に「おめでとう」とつぶやいていた。
今、目の前には壇が用意され、3人の審査員が上がっている。
「皆さん、お静かに!」
係員のそうわめく声が耳ざわりだった。
審査員の中で、ベレー帽の老人が叫んだ。
「12番、35番、59番、78番はこちらに来なさい!」
78番は僕だ。向かおうとした時、妙に周囲がざわめいているのに気が付いた。
「今年は4人か?」
「特別賞か何かか?」
そんな声があちこちで上がっている。
僕が壇上に上がると、他の3人は既にそこに居た。他の3人、細い目の娘、角ばった顔の男、それから例のずるそうな男だ。
「これより、授賞式を始める!」
またあの老人だった。他の2人の審査員は後ろに控えているだけのようだ。
「まず1位! 59番!」
その声に返事をしたのは、細目の娘だった。老人は娘の首に青紫のガラス玉のようなものがいくつも連なったネックレスをかけた。それから、本人にだけ聞こえるように耳元で何かつぶやいていた。
僕の隣では、あのずるそうな男、ポポコがせわしなく手を動かしている。
2位は角顔の男だった。老人は同じように青緑色のガラス玉のネックレスをかけ、同じようにつぶやいていた。
3位は僕だった。黄色いガラス玉のネックレスかと思ったが、間近で見ると角度によって銅のようにも金のようにも輝く不思議な物質だった。
それから、前の2人と同じように僕の耳元でもつぶやいた。
「おお、おお……見事だった。技術的には劣るところもあるが、あの発想はなかなかに素晴らしかった。……ダ・アム・アミ。タ・セケ。イーム・アイ――」
最後の方は何かの呪文のようで、それ以上は良く聞き取れない。
それが終わりかけた時、ポポコが金切り声を上げた。
「1位から3位まで全て他にやってしまって、私には何もくださらないのですか!?」
それを聞くと、老人の後ろに控えていた審査員の1人、ガマガエルのような腹をした男がにやにやしながら答えた。
「いやなあ、お前さんは特別賞だから最後なんだよ。そのかわり、特別な賞品を用意してあるからな」
「ほ、本当ですか!?」
ポポコは目を輝かせている。賞というよりは賞品が目当てのようだ。
「さて、これで1位から3位までを終わった訳だが、今回は特別賞が居る!」
そう叫ぶ老人の背後で、審査員の1人、細長い男が係員に何か指示をしている。
「その前に、今回のキノコスープに入れ忘れていた卵を皆さんに差し上げよう!」
係員がかごに入った卵を選手たちに配り歩く。もちろん、壇上の選手たちにも、だ。
「さて、ここで悲しいお知らせがある! 毎回公平を期して行っていた大会であるが、今回は不正を行ったものが居る!」
とたんに「殺せ!」とか「叩きのめせ」とかいう声があちこちで上がった。そしてその視線の多くは壇上のポポコに向けられている。
ポポコが青ざめているのが分かった。これでは賞品をもらっても、公開処刑は免れないだろう。
そんな中で審査員の細長い男は、空のかごを持った係員の何人かを壇の前に集めていた。その男も、カエル腹の男もいつの間にか卵を手にしている。
「だから、その不届き者たちを一番の被害者である我々が裁こうではないか!」
老人の声が響く。
もう、皆分かっている。その不届き者とは、壇上の男と壇の前に集められた係員だということが。
それでも、彼らは逃げられない。下手に逃げようとしたら、もっとひどい仕打ちが待っているからだ。
僕は手の中の卵をいじくりまわしながら、その時を待った。
「それでは、始め!」
グシャ!
真っ先に審査員の1人が放った卵がポポコの後頭部に直撃した。それに続いて選手たちも力の限り投げつける。
グシャ……グシャグシャン!
辺りには悲鳴と怒鳴り声が響いている。
イカサマ選手と共犯係員は既に全身が黄色くてドロドロしている。もう逃げ回っても無駄だろうが、それでも必死に悲鳴を上げて逃げ回っている。
僕は自分の手を見ると、いつの間にか手にした卵はなくなっていた。どうやら勢いに任せて投げつけてしまったようで、いつ投げたのか記憶になかった。
例の男と係員だけでなく、気が付くと僕のズボンにも黄色いものが付いていた。いや、僕だけではなく、周りの人間の皆そうだった。皆、自分にも当たっているのに笑っていた。
例の男はまだ悲鳴を上げていた。逃げようとしても包囲されていて遠くには逃げられないようだった。
それがもう訳も分からずに数分間も続くと、ようやく包囲が解かれ、ポポコと共犯者たちはよたよたと逃げ去っていた。
人々はその様子を笑って見送っていた。
誰かがぽつりと言った。
「あいつら、こうでもしなかったら、殴られるだけじゃ済まんだだろうなあ」
こうして、大会は数名の犠牲者を出したものの、無事平和に終わった。
僕は他にすることがなかったので、選手や観客が去った後も、係員が片付けるのをぼんやりと見ていた。
「おう、おったおった」
背後から声がかかった。振り向くと審査員の1人、ガマガエルのような腹をした男だった。
「何か用ですか?」
僕は少し不思議に思いながら尋ねた。
「いやなあ……用という程でもないんだが、良かったらワシの弟子にならんか?」
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