No.7 【再録】天上の国の問題

 僕は飽き飽きしていた。自分で言うのも妙な話ではあるが、随分長いこと、死んだような目で窓の外を見ている。


「ってなわけで、問☆題です!」

「こんなアホな展開あってたまるかアホー!」


 思わずアホと二回言ってしまうくらい、我が友人、野島アカリはアホである。

 側から見た状況としては、高校生が四人、放課後の教室で駄弁っているだけなので、別にアホな話をしたところで問題はないのだけど。

 というか、問題って何なんだ一体。脈絡ない展開について行けない。


「野島の相手をまともにしたら死ぬぞ。アホの集中砲火を受けるからな」


 そんなことを俺に言って、サムズアップしたのは西木戸ジン。こいつも相当、言語センスがやばい。


「もう、西木戸くんはすぐそうやって茶化すんだから。千田くん、困ってるよ」


 自らの眼鏡を上げつつ胸を揺らした、この天使オブ天使は神崎マナミ。語ったら長くなるので割愛するが、とにかく可愛い。所謂姫カットの黒髪に、大きくクリッとした目が可愛い。そして、デカすぎず小さすぎない良いフォルムで……いかん、話を戻すとしよう。

 ちなみに千田こと千田ワタルとは、俺である。特筆事項なし。

 以上、登場人物のご紹介でした。


「みんなさー、アカリに冷たくなーい?」

「ん? 気のせいじゃね?」


 片倉がすっとぼけると、野島はぷくっと膨れて拗ねた。これはこれで、しばらく面倒臭い。こいつは拗ねると長いからな。

 さっきはあんなことを言った俺だったが、仕方なしに野島に言った。


「……黙ってねえで出せよ、問題。言いかけたところで黙ったら気になる」

「え、いーの?! じゃ、改めて問☆題ですっ!」


 ジャジャジャン!


 なんていう効果音をつけてから、野崎は語り出した。


「地上に、王国A、B、C、D、Eがありました。

 天上の国から降りてきた、天使の遣いたるドラゴンが、それらの王国にこう言いました。


『我が背中に乗り、10往復以内にすべてのものが天上の国へと行けたなら、美しく平和な天上に移り、永遠の魂を得る権利をお前達に与えよう』


 さて、どのようにすれば全ての王国の者を天上へと連れて行けるでしょうか。

 なお、以下のような条件があるものとします。


 ①王国Aには翼の生えた猿が13匹いて、ガチョウを食べます。嘘はつきません。

 ②王国Bには金の卵を産むガチョウ8羽いて、トランプ兵を襲います。嘘はつきません。

 ③王国Cにはトランプ兵が11枚いて、翼の生えた猿を仕留めます。嘘はつきません。

 ④王国Dには美しい魔女が3人いて、自国に1人でも魔女がいるなら、ドラゴンの背中にいる1種族を守護する魔法を2回(片道で1回)までかけることができます。しかし、以上の種族たちから嫌われていて、魔女2人以上と他種族は同時にドラゴンの背中にいることはできません。嘘はつきません。

 ⑤あなたは王国Eの人間です。人間はあなたを含めて3人います。また、人間は誰とでも行動ができ、1人で2種族間までの対立を阻止できます。一度天上の国へ行ったら戻ることはできません。とても嘘つきです。

 ⑥ドラゴンが同時に乗せることができるのは4体までで、必ず2種族以上乗っていないと誰彼構わず食べます。嘘はつきません。

 ⑦ドラゴンの上や天上の国でも、以上の対立関係は働きます。


 ……さてさて、みなさん、答えはなんじゃらほーい☆☆」

「いやいや、待て待て待て」


 俺は思わずツッコンだ。


「西木戸、お前今の問題分かった?」

「……分かってるツラに見える?」


 男の渾身の変顔を見せつけられたところで嬉しくもない。


 そんなわけで、俺たちは野島からもう一度問題内容を聞いて、各々書き出した。ルーズリーフの裏だったり、日本史のプリントの裏だったり、英語の教科書の余白だったり。

 やれやれ、トンデモナイところに書いてやがる。かく言う俺も、現代文の小テスト裏だ。悪いな梶井基次郎。檸檬食べて元気出してくれ。


 そしてしばしの沈黙、もといシンキングタイムが訪れた。

 神崎は頬杖をついて小首を傾げている。胸が机の上に乗っていた。繰り返す。胸が机の上に乗っていた!!


「千田ぁ、顔がスケベだぞ☆」

「こんなややこしい問題出す野島が悪い」


 我ながら理不尽な発言である。


「たくさん情報があるから、まず整理しなきゃだな。ってか、嘘をつくかどうかっていらなくね?」


 お、西木戸がまともなことを言った。ところが、野崎が首を振る。


「いるよー。いるから言ったんだよ。問題文は大事だから一言一句目を通せ、よく読めって、中川センセも言ってたじゃん」


 ちなみに中川センセというのは、我がクラスの担任で、盆栽が趣味のじいさんである。職員室の机が盆栽で森のように見えるという理由で“タタラバ”とも呼ばれている。発想が明後日に飛躍しすぎである。


 しかし、意外だった。嘘をつく云々は俺もいらないと思っていたんだが。何かのヒントか?

 ここで神崎が手を挙げた。


「えっと、質問いいかなぁ」


 可愛い。


「私考えたんだけど、ドラゴンは、復路にも誰かを乗せていって良いのかなって……」

「おお!? まなみん鋭いね〜!」


 天上へ行くという目的から見落としがちではあるが、確かに復路、つまり天上から地上へ向かうときに関する制約はない。最終的に天上にいれば良いだけで、地上に戻ってはいけないなんていうルールは、野島の口からは出ていないのだ。


 そう考えるとやりようはかなりあるように思うが、まだ疑問もある。


「ああ、えっとさ、俺からも質問。魔女が使う守護の魔法についてもう少し具体的に説明を頼む」

「例えば、王国Eに魔女が1人いて、猿とガチョウを同時にドラゴンに乗せたとするじゃん。本当だったらガチョウが食べられちゃうんだけど、守護の魔法でガチョウを守ることで、事なきを得るのであーる。ちなみに魔女が魔女に守護かけるのはなし。分かったかね、諸君?」


 なるほど理解した。


「理解はしたけど、こっから考えるの大変だよなあ」


 西木戸、それを言ったら元も子もないぞ。

 とはいえ、正直に言えば俺自身はこの問題を少し楽しんでもいた。



 ◇



「まっっったくわっかんねー!!」


 空が夕焼けの赤に染まる頃、つまり野島が出題してからだいぶ経った頃、俺は教室の窓を開け放って叫んだ。問題を楽しめるかどうかと、解けるかどうかは全く別問題である。というか、もうここまで長時間考えていると、楽しむ楽しまないの次元じゃなくなってくる。


「正解分かったから、俺帰るわ〜じゃあな〜」

「ん、じゃあな……じゃねえな? ちょ待て、本当は分かってねえだろ、西木戸てめえ」


 西木戸は鞄を持って小首を傾げた。可愛くねえ。


「じゃさ、私が西木戸の結論聞いたげる♪ 本当に正解ならゴーカクってことで帰ってよーし! 正解するまで帰ることは出来ないのだ!」

「合格だよ、俺。たぶん」


 心なしか、西木戸の表情がやたら神妙に見えた。まあ、確かに奴は思考がぶっ飛んでいるからあっさり合格するかもしれ、


「うわあ、スゴイ! 正解! 合格でーす」

「めっちゃ声でか!? ブブゼラか」


 野島に耳打ちしていた西木戸は野島から素早く離れて耳を塞いだ。


「んん、まさか西木戸に負けるとはなあ」

「な、泣かないで、千田くん。私もまだ分からないから一緒に頑張ろ」


 凹んだ俺の頭を神崎が撫でた。天使がいる。紛れもない天使だ。

 ちなみに泣いてはいない。断じて泣いていない。


「最後にこれだけ言っとくわ」


 退出を許された西木戸は教室のドアに手をかけつつ振り返った。


「一番初めから考え直せ。アホの集中砲火は無視しとけ。そうすりゃサムズアップ&溶鉱炉ダイブだぜ」


 いやいや、溶鉱炉ダイブはマズイだろ。

 そんなツッコミを言う前に西木戸は行ってしまった。開け放ったままのドアが少し寂しい。


「はてさて、お二人には解けるかな?」


 悪魔のような笑みを浮かべて、野島は言った。


 窓の外をまた見やる。

 茜空の向こうを今日もドラゴンが飛んでいく。ついでに言えば、猿やらガチョウやらトランプ兵やら魔女やら、なんだかんだで今となっては仲良く暮らしている。

 眼下に広がる雲海の更に下に、地上に、想いを馳せる。地上がどんな場所だったか、正直もう覚えてはいない。


 思い出すには、あまりに時間が経ち過ぎた。


 しかし、こんな問題に、こんな教室に、何万年も囚われている僕のようなアホな人間なんぞより、実は地上の方がいくらかマシだったんじゃないだろうか。


 まあ、今更そんなことを考えたところで仕方のないことだった。

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