第132話 凪の叱責


「反逆を企てていたからだ。その証拠に、兵士たちが屋敷に踏み入った時には、屋敷じゅうにおぞましい臓物が散らばっていた。嘘をついて、怪しげな薬で王太子を害しようとしていたに違いない」


 王がかろうじてひねり出した言い訳を、なぎは簡単に見抜いてにっこり笑う。


「おいおい、そんな冗談で釣れるのは、単純なうちのあきらぐらいだぞ。嘘か真かはどうでもいい。本当は、単に気に入らなかったんだろ? あの学者、インヴェルノ伯の息がかかってたからな」


 凪が立て板に水の勢いですらすらと言う。王の頭に、血液が上った。


「黙れ」

「あいにく、俺は人から命令されるのが大嫌いでね」


 凪はからかうように、肩をすくめて紅色の舌を出した。


「王が散々探したものを、よりによって一番の政敵があっさり見つけるかもしれない。そう思っただけで我慢できなかったんだろ? おまけにパーチェはあんたが放逐した博士の娘だ。間違っていれば良いが、もし万が一にも合っていたら二重の意味で名声に傷がつく。彼女は生きていてはならなかった」

「──だから、父親の研究ごとなかったことにしようとしたのかね」


 魔術師が聞く。彼の声にも、わずかに嘲りの色が混じっていた。


 凪はうなずく。


「そうだ。正しい正しい大王様にとっちゃ、自分が負けたなんてことは絶対に許せない。父の二の舞と言われるからな。……お前は知らないだろうが、パーチェは本当に危ないところだったんだぜ」


 魔術師は凪の愚痴を聞いて苦笑した。


「皆に後ろ指を指され、王座を去った父。その背中を見つめた息子は、ああはなるまいと思った──なるほど、ありそうだ」

「ふん、下らん」


 男たちの指摘を、王は鼻で笑い飛ばす。


「己の間違いなど、どうして恐れるものか。王太子の命がかかっているのだぞ」


 王はよどみなく言った。しかし男は、それを聞いて微笑む。


「どうかな。その子供、本当に王太子か?」


 今度こそ、王は本気でせせら笑った。


「苦しくなって、とんでもないことを言い出したな。オーロが私の実子でないと主張したいのか? 物語ならともかく、現実は大変だぞ。私にそっくりな瞳の子をどこで探す? その親兄弟の始末は? 身ごもっていない王妃について、どう説明する? それから──」

「るっせえな」


 まくしたてる王の話を、凪が途中で遮った。


「誰もんなこた気にしちゃいねえよ。オーロは確かにあんたの子だが……性別が違うんだろ。もうバレてんだよ」


 王は口を開けたまま、固まる。王宮でも限られた者しか知らない秘密を、どうしてこの男が知っている、と内心で葛藤していた。


「お、いいねえ。その人を呪い殺せそうな顔。図星だな」

「……博打のようなカマをかけるねえ、君は」


 魔術師が呆れたように言う。凪は失敬な、と言いたげに胸を張った。


「よく考えて結論に辿り着いたんだよ。Ⅰ型糖尿病は女性の方が多いし、骨格が男にしちゃ妙に華奢だったからな」

「にしても大胆な」

「こいつには負ける」


 凪は不遜にも、王に向かって顎をしゃくった。


「男の子ができない王、と思われたくなくて、女を無理矢理王太子に仕立てた。しばらくはそれで良かったんだろう。が──病気が全てを変えてしまった。用心しても世話に必要な人間が増え続け、いずれ誰かがオーロの性別に気付く可能性も上がっていった」


 凪は言いながら、皮肉な笑みを浮かべた。


「残念だが、それならいっそバレる前に死んでくれればいい、と思い始めたんじゃないか?」


 冷ややかな視線が、王に向かって降り注いだ。


「馬鹿だねえ。本当に」

「ろくでもないゴロツキが。お前にそんなことを言われる筋合いはない!」


 声をあげ、王は剣を抜く。普通なら止まることなく突進していただろう。しかし、奥に控えている魔術師の存在が、足を鈍らせた。結果誰も斬ることなく、凪によけられた刃が空しく宙を舞う。


「今まで散々間違いまくってるくせに、まだ自分が完璧だと思ってる。これが馬鹿じゃなくて、なんだ?」

「私は今まで、間違えたことなどない!!」


 得体の知れない凪に呑まれないように、王は声をあげた。


「国民から不満が出ていたろうに」

「酒のことか? あれは彼らの健康のためだ! 今は苦しくとも、十年・二十年先には、私に感謝することになる!」

「まったく冗談きついぜ、おっさん」


 凪は聞き分けの悪い子供をなだめるように、わざと優しい声を出した。


「酒の撤収がどれだけ命取りか、分かってないのか? 王宮と違って、この国じゃ、井戸を持ってない家は良質な飲料水なんて飲めない」


 賭場の主人は客に茶を出していたが、あれは地下に井戸があるからだ。そして酒よりも結構高いのだが、わざわざ晶には言わなかった。


「貧乏人は薄い酒を、水代わりに飲んでたんだよ。それをやめさせたら、何が起こると思う?」

「流行病が広がるね。そして弱い者から死んでいくことになる」


 男の後を、魔術師が引き取った。


「さて、そうやって民は死んでいく。数少ない楽しみかつ生命線を奪われた恨みは深く、街はがたがたになって行政にも影響が出る」

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