第129話 海の男を怒らせるな

「パーチェは船倉に隠れてて。僕たちだけで大丈夫だから」


 あきらの提案を聞いて、イゾラは首を横に振った。彼の目は、船内の見取り図に向いていた。


「いや、二人とも仕込みを手伝え。人手は多い方がいい」


 低いつぶやきは意味ありげだ。そして壁際から、晶たちに武器を放ってよこす。


 イゾラの作戦はシンプルで、すぐに飲み込めた。


「分かったか?」


 晶は剣を、パーチェは長棒をしっかりと抱えうなずいた。


「利口な子供だな。しくるなよ」


 近くまで敵が来たらしく、争う声が外から聞こえてきた。晶たちは部屋を出て、移動を開始する。


「急げ!」


 イゾラから指示されたのは、甲板にある舵の横。そこに晶たちは陣取り、息を殺した。やってきたイゾラは、何やら真っ黒い水晶球を持っていた。


「いけるか」

「いつでも」

「もう隠れるのはこりごりよ」


 晶とパーチェは、そろってささやいた。


 それに一拍遅れて、鬨の声をあげながら、剣を持った兵士たちが舵めがけて押し寄せてきた。だが、彼らの威勢が良かったのもわずかの間だけだった。


「うわっ!」

「どこだ、小娘はどこにいる!?」


 イゾラが水晶を少し撫でると、周囲一帯──直径数メートルの範囲が闇に包まれた。明るい甲板から急に暗い空間へやってきた兵たちは、当然視力を失いたたらを踏む。


「今だ、かかれ!」


 イゾラの小声の合図で、晶とパーチェは左右から飛び上がり、武器をふりかぶった。


「小娘はここよ!」


 パーチェが声を張った。その声を聞きとがめた兵士が引き返そうとしても、もう遅い。彼女の武器が男の急所をとらえ、敵が床を転がり回る。


 押し寄せた後続がそれにつまづき、被害はさらに拡大した。晶は手に力をこめ、すくんでいた残りの兵士を殴り倒す。


 敵の動きが止まったのを確認し、目のきくパーチェが縛り上げる。これで暗闇の中に動ける敵はひとりもいなくなった。


 そしてそのまま、晶たちは外の様子をうかがった。砲撃の音は、すでにやんでいる。しかし斬り合いの音はまだひっきりなしにしていた。


「砲弾庫と食料庫にいる連中はどうした」


 その音に混じって、会話が聞こえる。


「家具で防壁を作って、たてこもってます」

「早くしろと伝えろ!」


 兵士たちも、大事なところを攻めあぐねているようだ。それを聞いたイゾラが、嬉しそうな声をあげた。


「ふん、そうだろう。うちの連中が、それくらいのことに気が回らないと思ったか」


 あの船の小ささからみて、敵は大軍ではない。──ということは、乗り込んできたとしても一気に押さえられる場所は限りがある。


 そんな状況で真っ先に狙われるのは、武器・食料・火薬の置き場と、舵。船員たちは相手の考えを読み、先に防御を固めていたのだ。


「舵はどうなった。あそこを押さえれば、連中はどこにも行けん」

「まだ報告が……」

「ええい、まだるっこしい。術士に連絡しろ。横手から攻撃して、沈めてやる!!」


 隊長らしき兵が悔しげに叫んだ。


「持ってろ、小僧」

「ええ!?」


 それを聞いたイゾラが明るく言う。彼が放り投げた水晶球が、晶の懐に落ちてきた。


「めったにお目にかかれん魔法道具だから、大事に扱えよ」

「じゃあ投げないで下さい!!」


 晶の抗議を無視した船長は立ち上がって、身の丈ほどもある大きな舵に手をかける。


「馬鹿共め。でかい船に喧嘩を売るとどうなるか、教えてやる」


 イゾラが外をにらみながら舵を動かすと、船が左右に大きく揺れる。晶は水晶を抱いたまま、つんのめって床に膝を打ち付けた。これで乗ってきた兵士を振り落とすつもりなのだろうか。


「くそ、揺れるぞ!」

「ロープに捕まれ!」


 しかし兵士たちは、すぐに対応策を見つける。甲板には、つかまるものも沢山あるし、揺れる・傾くといっても船が垂直になるほどではない。そう何人も落ちるほど、敵もうかつではないだろう。


 では、何のために? 晶は考えたが、いい答えが浮かばない。


 すると先に気づいたらしいパーチェが、笑いながら肩をたたいてきた。


「大きなものが、水上で跳ねたら何が起こると思う?」


 晶はその映像を思い描き──そして、すぐに気付いた。


「波だ」


 晶は水晶をパーチェに預けて表に出た。


 外を見やると、白く波が立っているのが見える。水は近くの物体に当たると、自由自在に形を変える。泡立ち、さざめき、そして時には周りの物を飲みこむ。さっきまで凪いでいた海が、嘘のように動き始めていた。


「あんな小船、横波には弱いだろうなあ。まともな竜骨もないし」


 術士は船に残っていた。イゾラ船長はそこを狙ったのである。


 その狙いは当たり、大波で転覆した船から術士が振り落とされていた。彼らは辛うじて波間の間から頭を出しているだけで、構える余裕もなさそうだ。これで遠距離から魔法を撃たれることはなくなった。


 うろうろせずに、晶は闇の中へ戻る。そこでことの次第を報告した。


「さすがですね」


 しかし褒め言葉を聞いても、イゾラは気に入らない様子だった。

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