第128話 追っ手はすぐそこに
まるで天然の芸術品のようなそこへ向かって、細長い岬が伸びている。この国には南から乾燥した風が吹き込むため、船はゴルディア北部、またはもっと北の国に向けて進むと速く着く。
温暖な気候のここは冬でも凍ることはないため、一年中荷を下ろす船がひっきりなしにやってくる。そう、
その言葉を裏付けるように、北へ伸びた岬には小型の漁船がたむろしており、それを見下ろすように大型船が少し離れたところに並び立つ。
「柱が白い船を探して!」
「あった!」
港に横付けになり、雲を貫くほど高いマストを持つ帆船。その柱は白く、大きな三つの帆を支えている。喫水線の上には大砲がいくつも顔を見せ、船尾には大きな青い傍が揺れている。今までいくつもの険しい海を乗り切ってきたのか、船首の紋章盾には大きな傷が入っていた。
船に必要な物資や娯楽品を売ろうと、小舟がひっきりなしに行き交っている。晶とパーチェはその中の一隻に乗り込み、グランデ・リッティーザを目指した。
船に近付くと、船から垂らされたロープをよじ登った。パーチェはあまり上手くなかったが、晶が手を貸してなんとか甲板に到達する。
晶は船に登ると、持っていた知識を総動員した。確か船は後ろの甲板の方が高くなっており、そこに士官や船長など身分の高い人たちがいたはずだ。
足を進める。晶は、自分の読みが正しかったことを悟った。大きな帽子に、ぎょろりとむかれた隙のない目。帽子の横から伸びた編み髪と耳飾りをつけた屈強な男を、誰もが「イゾラ船長」と呼び、敬っていた。
「ん? そこのガキ、どうした。俺が死ぬ前に早く用件を言え」
イゾラが怪しげに言うので、晶は慌てて彼の前に進み出た。パーチェも一緒だ。
「あの……探していたコウモリを、捕まえてきました」
晶が言うと、イゾラはニンニク臭い息を吐き出した。それを嗅いだパーチェが光の速さで遠ざかる。
「なるほど。確かに、そのようだ」
イゾラは、煙草に火をつけてそれをくわえる。それから、どんどんと甲板を踏み鳴らして部下を呼びつけた。
「コウモリが乗った。出港するぞ。今のうちに、少しでも距離を稼ぐ」
船員たちが、威勢の良いかけ声とともに動き出す。錨が巻き取られ、船がゆっくりと岸を離れた。今まで走り詰めだったパーチェが、ぺたりと床にしゃがみこむ。
「大変だったな、嬢ちゃん。しかし、このグランデに乗ったからにはもう安心だ。ラム酒ならたっぷりあるが、飲むか?」
イゾラが、大きな胸をたたく。そう声をかけられて、ようやく晶も肩の荷が下りた。
「終わった……」
インヴェルノ伯が信頼する船長なら、腕に関して心配はいらないだろう。ゴルディアからは陸路となるが、そこまではゆっくり旅を楽しめばいい──そんな気の緩みを見透かしたかのように、神は晶の足元をすくい上げてきた。
「船長! こっちへ向かってくる船が!」
船員の声がする。空を眺めていた晶は、はっと顔を元に戻した。
「大型船か? 今更追いつけるもんか」
「いや、漁師が使う小舟に近いですが──風もねえのにでたらめに速えんです」
「僕にも見せてください」
じっとしていられず、晶は階段を駆け上がった。晶たちを追ってくる刺客かもしれない。
上甲板では、砲が唸りをあげている。しかし、その音に混じって船員たちの愚痴が聞こえてきた。
「くそ、当たりゃしねえ」
「何者だあいつら、速すぎるぞ」
どう考えても事態は宜しくない方へ進んでいる。
晶は海面を見た。確かに、手こぎボートに毛が生えたような木造船が、海を疾走している。想像していたより、はるかに速かった。帆もないのに、船はモーターボートのような勢いで追いすがってくる。
「魔法を使ってる!」
小船の最後尾には、およそ船乗りに見えない大きな杖を抱えた男が乗っていた。彼らが杖を振る度に、船はくねくねと水面を走った。
『王妃の集めた連中の中には、魔術の素養がある者が混じっている』
黒猫の言葉が、晶の脳裏に蘇る。それが本当だったとしたら。
「なんだ坊主、知ってるのかあいつら!」
「王妃の追っ手です……」
息子を失った母親のすさまじい怒りが押し寄せてくる気がして、晶は身震いした。勇敢なはずの船員たちも、たじろいでいる。
「船に寄せてくるぞ!」
「兵が来る、登らせるな!!」
敵味方の声が入り乱れ、騒がしくなってくる甲板をよそに、晶は船長室へ降りた。黒く磨き抜かれた木机と、赤い皮張りの椅子がどっしりと構えている。一見応接室にも見えるが、両壁に大砲があるのがいかにも勇猛な船らしい。
「しくったな」
入ってきたイゾラが腕組みをした。
「幸い、上がってこようとしてるのは剣を持った兵士ばかりみたいですけど……」
「魔法使いは、あんまり数がいないから船を守ってるみたいよ」
外を確かめていたパーチェが言った。
「せめてこの間に、魔法使いだけでも倒したいですね」
晶は言って、パーチェを振り返った。
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