第125話 因果のない罪

「教えてあげよう。そちらのお嬢さんは、王に治療方法を教えたね?」

「ええ。本気にされなくて、追っ手までかけられたけど」

「……本当にそれだけで、あそこまでされたと思うかい」

「え?」


 黒猫の言葉に、パーチェが息をのんだ。


「君が辞去してしばらくしてから、王太子が亡くなった。それが全部、君のせいだということになっている」


 あきらは話の流れについていけず、ぶるっと身震いをした。目の前が真っ暗になる。騒がしいはずの街中が、一瞬静かに感じた。


 オーロが死んだ?


 それがなぜ、パーチェの責任になる?


 事実が理解できず、ただ晶は圧倒されていた。


「あそこにいた学者の中に、王妃のお気に入りがいてね。君の話をよく理解せず王妃に伝えてしまった。彼女は、犬の臓物を与えれば治ると思い込んで、その通りにしたんだよ」


 パーチェは大きく口を開けたまま、固まってしまった。当然だろう、彼女はそんなこと一言も言っていない。


「結果、王太子は感染症で亡くなった」

「そんな……」

「自分に都合のいい部分、できそうな部分だけ信じたんだね。よくある話さ」


 王妃は、情のある人だ。──ただ、悲しいまでに医学的知識がなかった。悲しいまでに、愚かだった。だから、パーチェに八つ当たりした。悪いことに、彼女にはそれを許す権力があった。でも、だからって。


 立派な人だと思っていたのに。そう王妃を罵倒したい気持ちを、晶はなんとか押し込めた。


「でも、息子が死んだらパーチェのせいってのはひどすぎるよ」

「間違っていたと認めたら自分を許せないから、無理にでも正当化する。これもありふれているね」


 黒猫があくびをした。


「もう起こってしまったことだ。悔しがっても憤っても仕方無い。そんな泣きそうな顔をするんじゃないよ」

「……わかってる」


 晶は我慢して、即座に頭を切り換えた。今は野蛮な兵隊や無知な王妃から、パーチェを守ることが最優先だ。


 黒猫はそんな晶を見て、嬉しそうに笑った。


「だんだんたくましくなってきたね。見直したよ。これなら大丈夫だろう」

「……おかげさまで」

「現在、別件で調査していてね。力は貸せないが忠告しておこう。王妃は怪しげな呪術師を集めたが、その中には多少魔術の素養がある連中が混じっている。しょぼいが魔術で攻撃してくるかもしれないし、剣の攻撃を防御するかもしれない」

「え」


 晶は呆然とした。敵は思った以上に本気だ。


「あくまで多少だから、そんなに長い時間はもたないがね、気をつけたまえ。最後まで油断するな。頑張って切り抜けるんだよ」

「うん」


 黒猫はそう言い残すと、一瞬の後に消えた。その場には再び、風だけが残される。


「悪夢を見てる気分だわ……」


 晶はパーチェの震える手をしっかりつかんだ。


「事情は分かった。……気をつけて行こう」


 市場までは、細い道をたどって問題なく行けた。しかし人通りが多い場所に近づくにつれ、道も広くなり、それを見張る衛兵の数も増える。


「いい、帽子をしっかりかぶっててね」


 この世界でも、ピンク髪の人間は珍しい。それを衛兵に見られたら、間違いなく特定される。晶は注意してから、周りとペースを合わせて歩いた。


 市場には、以前見た露天商もぽつぽついる。まさかとは思うが、河岸を変えて営業する彼らが晶を覚えていたら、注目を浴びてしまう可能性があった。晶は慌てて人並みに隠れる。


 寿命を削るようなじりじりした歩みがしばらく続く。それでも誰にも気づかれず、ようやく市場の半分くらいまで来た時、ついに恐れていたことが起こった。


「そこの子供、止まれ」


 野太い声の衛兵に呼び止められる。威圧的な声におびえたのか、パーチェが晶の手を握ってきた。


「……なんでしょう?」

「何をしていた」

「うちに帰る途中ですが」


 努めて穏やかに、晶は答えた。今更逃げられない。


「同じような年頃の子供を追っている。珍しい桃色の髪をしていてな。見なかったか?」

「顔はどんなですか?」

「……妙な器具で顔を隠していたから、詳しくは分からん」


 眼鏡のおかげだ。髪さえ見られなければ、言い逃れは可能だと晶は悟る。


「さあ、知りませんね。そんな変人、会ったら忘れませんけど」


 晶が言う。パーチェもそれに調子を合わせて、細い肩をすくめてみせた。


 その時、ちょうど荷物を大量に引いたロバが通りがかった。持ち主にとって大事なものらしく、強そうな男たちがロバの横を固めている。


 晶はそれをよける振りをして、荷台の陰に隠れた。帽子を取れと言われる前に、この場から立ち去るつもりだったのだ。


「おい、そこのガキ! この前はよくもやってくれたな!」


 しかしその前に、怒気をはらんだ声が晶めがけて降ってくる。反射的に、晶は一歩後ろへ飛んだ。


 目の前すれすれを、黒光りする鉄棒が通り過ぎていくのが見えた。振り回されて壁にめりこんだ棒が、ごつっと鈍い音をたてた。


「きゃっ!」


 晶は避けると同時に、パーチェの手を離してしまっていた。急に支えがいなくなった彼女が、バランスを崩して倒れる。


「しまった!」


 後悔しても遅い。倒れた衝撃で、パーチェの帽子が飛んだ。

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